2章-3
家の中に入ると外の寂れた感と同じくお世辞にも綺麗とはいえなかった。
家具も長年使ってきた証として傷や違った色の木で足が補修されたイスなどあるが、
蝋燭はちゃんとあるし奥の部屋に続く入り口、上の階に続く階段がある。
これでもスラムの中で一般的な家なのだろうが、自分の城と比べるとどれほど豪華か……
「さぁ、座っておくれ」
言われたとおりに座るとギィッ、とイスが今にも壊れてしまいそうな軋む音がなる。
「遅くなったけど自己紹介するよ、あたいはシリン。
パンサー型魔獣の血を引いている半魔獣人間さ」
「俺の事は分かっていると思うが魔王だ。
挨拶はここまでにして何を言いたいのか教えてもらおうか」
「それがねぇ、何から話せばいいものか」
思案するようにシリンは女にしては筋肉がついた両腕で腕を組み、
本人はあまり気にしていないだろうがただでさえ大きめの胸が寄せられ大変なことになっている。
「そうね、この街を見てどう思った?」
「城があり立派な家々が立ち並んでいると思ったら、丘を超えるとスラム街だったな。
他の町では魔物も人と一緒に働いているとも聞いたが……」
スライムが普通に働いていたりゴーレムを市場で買い食いさせても周囲の目線が一切気にならない。
確かに魔物は数百人に一人程度と殆ど見なかったが、
差別されている節もなければスラムに住まなければならないというほど金に困ってそうな魔物はいなかった。
「まず階級制度を教えたほうがよさそうね。
この街、いやこの国では女神派教会の人が一番偉くてで次に王や貴族と続き、
一般人と魔物はその下。
でもこの更に下があって奴隷の次の世代と、魔獣の血を引くあたいたち半魔獣人間。
人権は保証されているけど本当に最低限だけ保証されて殆ど奴隷と変わりない、
働ける場所も肉体労働だったり性を扱う場所しかないわ」
シリンは激しく歯をかみ合わせぎりぎりと音を立てている。
聞いていた通り魔物自体の待遇は問題ないらしいが半魔獣、
つまり魔獣との子供ということは望まれて生まれてこなかった人が殆どを占めているのだろう。
忌み嫌われ殆ど奴隷と同列に扱われるようになった経緯も容易に想像出来て気持ちも分かる。
「だから大人のあたいたちだけじゃ子供を養うのにも限界がある。
それを見ている子供たちも馬鹿じゃないわ。
自分より幼い子のために働こうとして仕事を探しても、大人でこの有様なのにあるわけがない。
やりようの無くなったこの子たちはやってはいけないことに手を染めてしまう。
そして昨日のようなことが起きスラム一同で庇うためにあなたを殺してしまった」
手に拳を作り行き場のない怒りを抑えているようだった。
周りで話を聞いていた大きめの子供たちも悔し涙を流していたり、
歯を食いしばっていたりと普段の生活がどんなものか分かる。
「ふむ。
それで魔王を名乗る俺に全員養ってもらい皆ハッピーって話か?」
「違う!」
拳を振り上げ机へ行き場の無くなった力を振りかざし、テーブルが悲鳴を上げる。
「……すまない、取り乱した」
シリンは気持ちを落ち着かせるように大きく深呼吸をひとつした。
全く関わりたくなくて煽るように言ったのも確かだが、内心助けてやりたくないわけではない。
だが全てはいそうですか、と手を差し伸べて全てを救えるわけではないし特別扱いすることも出来ない。
「ここは孤児院じゃない、それなのに子供が沢山いる。
なぜだか分かる?」
「流行病で大人だけが死んでしまったとかか」
「そういうことも勿論あるけどここにいる子は違うわ。
ある日、教会の施しで半魔獣のあたいたちにも出来る大量の仕事を作ってくれた。
賃金も普通の2倍は出してくれるって話だったさ。
最初はこれで暫くは子供たちに心配を掛けさせず安定して暮らせると思った。
しかしその大人たちはいくら待っても戻ってくることがなくついにスラムから数百人が消えていった。
その消えた人の子供がこの子たちなの」
「話がようやく見えてきたな。
つまりその行方不明者を探しだして欲しいということでいいんだな」
シリンはようやく現状から打開できるのではないか、といった安堵と期待に大きく頷いていた。
この世界に来て暫く考えていたことがある。
なんで態々俺なんかを転移させ魔王なんかと変えたのだろう、真実は偶々とかしょうもないことなのだろうが。
それでも運命というものを信じれば自分が選ばれたのには理由があるはず。
元いた世界では朝6時前に起きて工場長のパワハラを受け夕方8時に帰宅する。
それも週休二日という響きに騙されほぼ毎週日曜日しか休みがない。
殆ど関係ないが今まで彼女もいなければ学生時代女子生徒と会話すらほぼなかった。
そんなくそったれな世界から開放されたのだ、
ならば常識や社会などに反抗するため、エゴを通すために最高の魔王を演じようじゃないか。
「こんな依頼を受けるなら当然それ相応の報酬を貰うのが当然だ。
しかし! 我は世界を征服する魔王である。
全ての同胞に安寧と幸せをもたらせるのが我が宿命。
スライム!」
隣の部屋で幼い子供の相手をしていたスライムを大声で呼び戻す。
先ほどの会話が隣まで声が届いてた様子で、
何を行うか分かっているといった表情のスライムが近くまで寄ってくる。
「いかが致しましたか魔王さま」
「この者に1000万ゴールドの証文を与え配下に加えるまでのスラムで生きる者の一時金として渡せ。
シリンはそれでこのスラムの皆を我が配下にするまでの一時しのぎとして使え。
我らは大人たちを連れ戻してくる。」
世界征服とは何なのか、それは果たして一方的に支配するものなのか。
人を苦しめ、おのがまま欲のあらん限り支配するのか。
その全ては魔王として正しいのだろう。
つまるところエゴの塊が魔王であり、自分のような魔王がいてもそれも魔王なのだ。
スラム街からギルドに着き、
扉を開けると時刻はとっくに昼飯時だというのにアルラウネの列が以前来た時より、
更に増え最後尾を知らせる看板が立っていた。
他も混んでいると思いきやそんなことはなく列は以前より空いている。
もしやと思うがこの列に並んでいる男どもは、
昼飯休憩を口実に仕事中に並んでいるのではなかろうか。
よくよく服装を見ると今朝から塗装したと思われるペンキが服のあちこちに付いていたり、
腰にエプロンを巻いてあったり、、
中には貴族と思われる服装の男爵様と表現するのが一番しっくりくるような人物までいる。
平和で何よりといえば良いのかコメントに困るが他の列が空いてるので関わらないことにしよう。
「いらっしゃいませ、今日はまだマスターがお戻りになられていませんがいかが致しましたか」
死んでも分かるよう識別の魔法を使っているため人間でも同一人物だと分かるようだ。
昨日会って用件を伝えたことを覚えていてくれた。
「今日は野暮用が出来てな、教会に関する依頼を全て匿名で教えてもらうことは出来るか?」
何を言っているのだこいつはという顔をされ少し思慮に耽った後受付は口を開いた。
「本来そういった用件は受け付けないとマニュアルにあるのですが、
多分昨日のサブマスターさんの対応なら良いと思います。
なので少々お待ち下さい」
本来なら上司に伺いを立てて聞くべきだろうと、
同僚や優しい人なら言うべきなのだろうが生憎教えるほど暇ではない。
なぜこんな奴が受付なのだろうと見ていると、
受付見習いにしてはテキパキと資料を集めすぐに手元の資料が増えていく。
成る程、元々この記憶力を買われ雇われた裏方事務で研修か何かで受付もやっているんだな。
などと考えていると全て集め終わったのか受付嬢は資料をドサリとカウンターに置かれた。
「おそらくこれで全部だと思います」
「量が多いな、そこの机で確認させてもらってもいいか?」
「予備の資料がないので持ち出しはやめてくださいね」
受付の了承を得て机にて片っ端から目を通すことになった。
簡単なものはポーション制作のために薬草採集から日給2万ゴールドのシスター代理募集、
教会のお偉いさんを他の町に護送するための護衛、
墓場の死体を荒らしに来る賊や魔獣の退治等、
全部で20種ほどの依頼がある。
しかしその中で関係ありそうなものがこれといって見当たらない。
もしかするとあの受付ならば機密情報でも漏らすのではないかとカウンターに並び直す。
「もし話せるのであればでいいんだが、知り合いの半魔獣が教会の仕事を引き受けてな。
会うついでに教会か近辺の依頼を受けようと思っているんだが、この中にないか?」
「んー。多分鉱山の町についての依頼かなぁ~?」
受付嬢はどの依頼か独り言を話しつつ模索するように考え始めた。
考えている姿は唇に指を当てこれでもないあれでもないと非常に可愛らしい。
「でも半魔獣でしょ。と、なると。
……分かりました、おそらくですが鉱山の町に関する依頼ですね。
2ヶ月前に教会からの依頼で特に半魔獣を優先して雇ってくれと言われています。
その付近ですと、この山でしか取れない魔獣に寄生する特殊なきのこがありまして。
1つあたり10万ゴールドとなっております。此方でよろしいですか?」
「それを貰おう」
「分かりました。それでは此方の地図と依頼の控えをお渡ししますので少々お待ち下さい」
言い終わると控えを書くための書類を用意して、なかなかに綺麗な字で素早く書かれていく。
全て書き終わると地図と控えの2枚を見せてきて最終確認の後、
お気をつけての声を背にギルドを後にしてスラム街へ向かった。
「シリン、いるか?」
ノックをして扉を開けるとワッと幼い子供たちが迎えてくれる。
「おにーちゃんなにそれー、なんだか良い匂いがする」
手に持っていた焼きたてのいい匂いを発する包を、子供たちはクンクンと嗅いでいた。
「これか、これはお前たちのおやつにと思って買ってきたものだ。食べると良い」
そう言って包を開けるとクッキー生地を玉状にして油で揚げ、
砂糖をまぶしたそれは外はカリカリで中はふんわりと甘い、
市場で試食してくれとせがまれ仕方なく買ってきたこの街の名物であるおかしが湯気を上げ顔を見せる。
「わぁ!おにいちゃんありがとう!」
包みを受け取った子供は他の子にも分けるためか、
奥の部屋へシナモンの香りを残しながらしながら入っていった。
それと入れ替えで二階に続く階段からシリンとスライムが降りてくる。
「態々子供のことまですまないね。
それとスライムからちゃんと証文の控えを預かって、
信頼できる仲間に預けてスラム全土にゴールドをまわしてもらってるよ」
「それでいい。こっちはギルドで大人たちがどこに連れて行かれたか大凡の見当がついた、
明日からそこに向かおうと思うが、お前はどうする?」
「それなんだけど、あたいも付いて行っていいかい」
シリンの目を見ると確固たる決意に満ちている。
子供のこともスラムの団結力からして問題無いだろう。
「分かった、共に行こう。
明日明朝に街の西入り口で待ち合わせだ、よろしくなシリン」
「あぁ、よろしく頼む魔王」
こうして魔王、スライム、ゴーレム、そして半魔獣人間であるシリンの4人は、
スラムの大人たちを連れ戻すため鉱山の街へといくのであった。