2章-2
「おっほ~。
リザードの串焼き、マンダ実の蜂蜜漬け、フォル魚のフライ。
どれを見ても美味しそう、ぐふ、ぐふふふふ」
「こらこら、ユダレを垂らしてはしたないですよ。これで拭いてください」
ゴーレムに好きなだけ買い食い出来るよう手持ちのゴールドを分けてやり、
半ば自由行動を取らせたのが間違いだったのだろうか。
スライムが自らお目付け役を買って出てくれてるからまだ良いものの、
やってることはどう見ても幼児そのものである。
しかし、そうなってしまっているのも仕方ないと言えなくもない。
屋台といえど、どれもがいい香りを漂わせ財布の紐が緩んでしまう。
口の端すら緩んでしまうのも、
いや、それでもゴーレムほど緩むのはやはりどうだろうか。
「マオー。お金無くなっちゃった。でももっと食べたい」
「もう2000ゴールドも飲み食いしたのか……」
普通の食事を腹いっぱい食べても余るであろう額を、
歩き始めて市場の中ほどまで進むまでに全て使い切ってしまっていることに、
この体のどこに入っていっているのか不思議で仕方がない。
「仕方ないな。ほら、これで最後のゴールドな」
「わーい」
元はといえばゴーレムのお金、
といえば少し変だがゴールドはまだまだ余っているので懐からお金を渡すためゴールド袋を取り出す。
すると、
「っと、危ないな」
その光景を見計らっていたのかのように人混みからタイミングよく、
頭までローブを被った人がゴーレムとの間を走り抜けていった。
「っはぁ!?
メシ代があいつに持ってかれた、追いかけろ!」
「私のごはーん!」
命令するまでもなく人混みの中を縫うようにゴーレムはローブ姿の人を追いかける。
そのゴーレムの後を追いかけるが市場は人がごった返しており、行く手を阻む人が邪魔過ぎる。
「くっそ、人が邪魔すぎて追いかけるのがきつい。
スライム。ゴーレムとの中継になってくれ」
「分かりました」
スライムは人型から少し崩して体の一部を自分に渡し、
人が通れそうにない隙間すら抜けてゴーレムを追っていった。
「魔王さま。聞こえていますか?」
「おう、聞こえているぞ。今どの方向に向かっている?」
「市場を抜けて坂のある路地を上って行っています」
スライムが渡してきた体の一部からスライムの声が聞こえた。
どうやらトランシーバーの代わりにらしい。
魔法でもおそらく可能だろうが本を最後まで読んでいないため今はまだ使えない。
なんとかスライムの声を頼りに人で溢れる市場を抜け、路地や時折大きめの道を丘の上へと上っていく。
「どこまで逃げる気だあのローブ野郎。スライム、まだ追いつきそうにないのか」
「ゴーレムが必死に追いかけていますが不慣れな土地なため追いつきそうにありません」
入り組んだ路地を追いかけること数分、坂を登り切ると丘の頂上付近は豪華な屋敷が立ち並び、
丘向こうの家々も変わらず2階建てや3階建てが多かった。
だが、どこか活気が感じ取れない。
そのまま追いかけ坂を降り続けていると道に隣接する家は汚く、そしてボロボロになっていった。
「魔王さま。急ぎ向かってきてください!」
「どうした、何かあったのか?」
何か起こってしまったのか返事を要求するが応答がない。
街中で魔獣が出るわけでもないし追っていたマント姿の大きさから、
スライムどころかゴーレムも負ける要素が見当たらない。
「大丈夫かゴーレム!」
曲がり角を折れるとそこにはガードした両腕の岩甲と、
素足部分には鋭い棘が何本も突き刺さったゴーレムがいた。
スライムはゴーレムの背中を守るため自ら壁となって地面に先端が溶けた棘が落ちている。
「マオー、ローブの人逃がしちゃったごめんね」
「そんなことはどうでもいい、足の棘痛くないか」
「大丈夫と言いたいけどだいじょばない。ちょっと痛いかも」
駆け寄りゴーレムの状態を見たが、
痛々しい棘が結構な深さまで突き刺さっているものの、
動脈に傷がいってないようで血はあまり出ておらず、命に別状は無かった。
すぐさま治療のために治癒魔法をかけようとした時、
「魔王さま! 後ろ!」
スライムの声で後ろを振り向いた。
すると鋭い棘が全身目掛け何本も飛んできている。
「フンッ!」
瞬時に魔王オーラを放出し衝撃波を飛ばして棘を弾き飛ばす。
攻撃してきた方角を見渡すが誰も見当たらず、
更に周りの家や路地、屋上を見渡すが人っ子一人見当たらない。
それでも周囲に誰か潜んでいるのは確実だった。
「我は魔王である、姿を表わせ」
と、数歩歩みだしてから名乗り上げようとした。
だがしかし、我はと言うか言わないかの寸前で両足首に熱い感覚がしたと思ったと同時に、
後ろ向きに倒れこむ。
「グッ」
「魔王さま!」
「くそっゴーレムとスライムは来るな!」
此方に向かってこようとするスライムとゴーレムに静止を掛けその場に留まらせた。
それにしても状況は最悪である。
街中だからと注意不足だったのもあるが、
攻撃を受けたのだから魔王オーラを薄っすらと防御用に張っておくべきだった。
更に悪いことに全く土地勘のない場所で敵の所在も分からず、
複数に囲まれているのか一人なのかすら分からない。
「お金有難うお兄さん。それじゃまたね」
唐突に自分にさよならを告げる声が聞こえた。
聞こえた方向に頭を向けると土中から上半身だけを出した人がいる。
その人はフードから黒髪がこぼれ落ちて顔は拝めなかったが口元には大きな鎌みたいなのが見え、
口が大きく開いたと思うと首元をハサミで切るかのごとく挟まれる。
「マオー!」
ゴーレムが叫び此方に走ってくるのが見えたが、
強靭な力により呆気無くそのまま首は切断されてしまった。
11魔王目
「おはようございます、魔王さま」
「マオー起きた? おはよう!」
目を開けるとベッドの両脇に、
スライムとゴーレムがイスに座り復活するのを待っていた。
「あぁ、おはよう。まさか地面から這い出てくるとは思わなかったな、復活までどれくらい掛かった?」
「夕方から今朝ですから、半日ちょっとですね」
「復活時間が伸びた割に強くなった実感が殆どないがこんなもんか」
「そうでもありませんよ。魔王さまの魔力量は復活のたびに増えていっています」
スライムが言うには総魔力量は増えていっているらしい。
ただ肉体の強化は全くといっていいほどなされていないため、
やはり防御用のオーラを張っていなければ一般人の攻撃ですら耐えれない。
「そういえばゴーレム、棘が刺さっていた足は大丈夫か?」
「ぬっふっふー、ゴーレムを舐めてもらっては困るよ。
伊達に魔物じゃないからこの通り、すべすべのもちもちだよ~」
「ふむ、確かにすべすべだな」
見た目は傷跡が一切無く、触ってみてもデコボコとした感触がない。
「やん。マオーのエッチ」
さらりとした太ももを傷がないかと撫でていると、
ゴーレムから頬を叩くビンタが飛んできて華麗にヒットする。
一応死亡から復活という病み上がりで心配してくれているのだから、
少しは労ってもらいたいものである。
「死後の後遺症も無くてよかったが次から手加減してくれ、
首の骨が折れてまた死んだら敵わない。
それよりこんな怪我を負わせた奴に文句を言ってお灸を据えてやらないとな。
ゴーレムは留守番をしていてくれ、スライムは護衛を頼む」
「お供いたします」
「りょーかーい」
部屋を出て階段を降りると宿の店主にいつ戻ったのだろうかという顔をしていた。
「我は魔王! 昨日ここで死んだ者だが仲間に傷を負わせたことについて話に来た。
話の分かる奴はいないか?」
大声で周囲数十メートルは軽く届くであろう声で名乗りを上げる。
するとボロボロの家や路地からぞろぞろと魔物とは違う、
人に尾や触覚、牙など一部が融合したようなものから殆ど魔獣の姿の人々が現れた。
「にーちゃんここがどこだかわかってて言っているのか、それとも気違いか?」
現れた人々の内の一人がマチェットのようなギラリと光る刃物を片手に、
犬のような尾が付いた男性が家から出てきて話しかけてくる。
「いいや、正気だ。お前たちに我が殺されるのは許しても、
配下を傷つけることは例え神であろうと許さん」
「同じ顔だと気も同じく狂うらしい。おいお前らやっちまうぞ」
この一帯のリーダー格と思われる男が号令をかけると、
集まってきてた人々はゆっくりとにじり寄るように間合いを詰めてくる。
交渉決裂したのは明白だった。
殲滅する方法を考える前になんとかスライムだけでも逃がそうと、
囲いのどこかに穴がないか、屋上に人がいないところはないかと探したが見当たらない。
スライムはそんな魔王だけでも生きてもらおうと、
ゴーレムを守った時のように健気に盾の体型に変化した時である。
「待ちな!」
声のする方を見上げると、黄色のショートヘアでしなやかな尾を持ち、
男でも惚れ惚れする足の肉付きがいい女が屋上に立っていた。
「その男はうちへの客だよ。お前さん達は散った散った」
女の命令で囲んでいた人々は、
獲物を逃したような目をしながら渋々元いた所へ帰っていった。
人々が散っていくのを確認した屋上の女は地面に降りてくる。
「まず怒らないで聞いて欲しい。昨日あんたの財布を盗んだのはうちの者だ」
「ほう、では貴様が我の怒りを収めるために、
生け贄の一つや二つ用意してくれたとでも言うのか?」
昨日のゴーレムの光景を思い出しつい威圧的に接して、更に右手に魔力を込めてしまった。
「この通りだ。全ての責任はあたしにある。煮るなり焼くなりしても構わない。
だから財布を盗んだ子やここの者達には危害を加えるのはやめて欲しい」
女は着ていた服を脱ぎ捨て正座し目を瞑って懇願した。
囲んでいた最初の人々を一言で退けたりとそれなりの顔は持っているだろうに、
魔王と分かってか恥を忍ばずほぼ全裸で許しを乞いている。
何かのっぴきならない事情があるのだろう。
「貴様がそこまでして守りたいものというのが気になった。
訳を話し場合によっては許してやらんこともない」
「分かった。ではここで説明するのも悪い。我が家にて話そう」
女からは安堵した表情が伺え、
雑多に脱ぎ捨てた服を着直しスライムと共にスラム街の更に奥へと入っていった。
「ここが我が家だ」
案内された家は今まで道中で見てきた家同様寂れてボロボロ石造りの2階建てだった。
だが、違っているのは中から活気が感じ取れ他の家より明るく見える。
「シリンおねーちゃーん。おかえりなさい!」
「ただいまっ。皆ちゃんとお利口にしてたか~?」
突如開いた扉の中から数人のケモノの耳や尾、触覚など付いた幼い子供が現れ、
女は子供たちを両手で抱きしめて子供らがあれをやったこれをやったという報告を聞いている。
「マイン! あんた謝らなきゃいけないことあるだろ!」
小さい子らの報告が一通り終わると女は扉の方に声を投げかける。
すると扉の前で佇んでいた一人の少年が重い足取りで一歩一歩確実に近づいてきた。
大方予想は付いていたが背格好から財布を盗んだ人と同じローブに背丈である。
「どうした少年、俺に何か用があるのか」
「すいませんでした。つい出来心で財布を盗んでしまいました。僕でよければ何でもします」
背丈は大人一歩前といったところだが所々まだ幼さが残る少年が、
深々と頭を下げこの世の終わりのような絶望を感じているかのように謝罪をしている。
「女ならまだしも男なら腕の一本や二本覚悟の上だよな」
ヘタれていた大きな耳が完全に萎れてシオシオにしまったがそんなことはお構いなく、
大きく拳を振り上げゲンコツを振り下ろす。
「んがぁ!」
拳を振り下ろされる時口元の顎がカチカチと音を立て瞼を強く閉じていたためか、
拳が当たるタイミングがわからず盛大に情けない声をあげていた。
「これに懲りたら邪な考えなんてやめて真っ当に生きるんだな」
「ありがとうございます。本当にすみませんでした」
少年も顔を見ると目尻に涙が浮かんでいた。
それほど強く殴った気はしないのだが、身体能力も凡人より強い程度になったらしい、
気をつけておこう。
「許してもらった上、あつかましと思うだろうが少しあたいらの話を聞いて欲しい」
「元よりそのつもりだ」
子供たちに迎えられ魔王とスライムは家へと入っていくことになった。