焙煎士の瞳
「ふりー」はコーヒー豆も販売している。最近では「自家焙煎」はステータスでは、無くなりつつある。だが、この店で豆を焙煎するとステータスが付いてくる。
「グアテマラそろそろ店頭に出していいよ、洵」
湧水衣奈。この春、高校を卒業し、この店に雇われた期待の新人。焙煎を始めて、半年で焙煎士の世界大会で準優勝に輝いた驚きの経歴を持つ。
ただ一つ、彼女に関する悩みがある。
「ねえ、洵? 今度の日曜、予定空いている?」
「いや、予定はないが......」
彼女がもじもじと、次の言葉を口にするのをためらっている。ほかならどこか悪いのかと心配になったりするが、彼女にはそのような心情は湧かない。
「そのー、一緒に遊園地行かない?」
いつものデートのお誘いだ。問題は衣奈が俺の好みとかどういうところじゃない。衣奈は誰がどう見たって、美少女だ。俺だってどちらかと言えば、好みだと即答するだろう。しかし、彼女がこの店で働いていることに罪悪感を感じている。
彼女が初めてこの店に来たのは客としてだ。テスト前だったのか、教科書を広げ、友達と談笑しながら、ノートに問題を解いていた。高校も近くにあるため、こうした光景は珍しくは無いのだが、友達の一人が誤って、コーヒーをこぼして、彼女の制服にかかってしまったのだ。そのとき、雑巾やらで床を拭いた後、クリーニング代や彼女や彼女の友達にケーキを出した。その時はサービスとしか考えていなかったが、これが理由で彼女に恋心が芽生えたらしく、それから頻繁に来るようになった。最初は常連が増えてうれしく、世界大会で準優勝したときも、「すごいな」とただ感心するばかりだった。
だが、彼女が高校3年のとき、友人の話では世界でもトップクラスの大学に声がかかっており、それを蹴って、ここに就職するつもりだと聞いた途端、顔が青ざめてしまった。俺の勝手な加害妄想かもしれないが、世界的な天才の卵を自分が潰してしまったと考えてしまったためだ。
「すまん、用事を思い出した」
落胆する彼女の声にまた罪悪感を感じてしまう。それでも、キラキラした彼女の目を直視出来ない。