《用心棒》
寄り合い所帯で仮住まいしている宿『渡り蜂亭』が、俄に騒がしくなりつつあった。
「……何か騒がしいな」
リチャードの言葉に、傍らで本を読んでいた長衣姿の青年が本から顔を持ち上げた。
「……ん、何か?」
「あぁ、なんか雰囲気が、な」
ため息混じりにリチャードが答えると、長衣の青年が何かに気付いたように眼鏡をツイと持ち上げる。
「なるほど。……確かに、何か始まるようですね」
出入り口近辺の動きが正面から見やすいのは、実は長衣の青年の方だ。
しかし、直接目を向けずとも、背後を行き来する人の気配や、何かを耳打ちしあう人の動きというのは伝わってしまう。
結果、リチャードにも概ね何かが起こっていることがはっきりしてしまったのだ。
「やれやれ。何とか食い扶持にありついたかと思ったら、下準備の段階でなにか起こったわけじゃないよな」
「どちらにしても、期間労働で契約してしまったからには、僕らはクライアントの意向には沿わざるを得ませんけどね」
明日から移籍の発掘に用心棒としてついていくということで、声を掛けてきてくれた盗賊ギルドの連中と契約は済んでしまっている。
報酬は、大きな宝物でも見つかった場合の交渉権、その他諸々、主に出発までの生活に関わる費用の負担だ。
リチャードは出来るだけ関わり合いにならないように視線を逸らしたが、相手のほうはそうも言っていられないような雰囲気だった。
「あぁ、居ましたね。予定外で申し訳ないんですが、ちょっと仕事ができたんで、手伝っていただきたいんですよ」
――――ほらきた。
リチャードが深くため息を付くのと、相方である長衣の青年が眼鏡を押し上げてから本を閉じたのは、ほぼ同時だった。