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《剣士 VS 用心棒2》

「何なの、これ!?」

 耳に響いたのは相棒の、悲鳴に近いような驚愕の声だった。

 やや半身になって視線を自分の背後、シルファーンのいる方へと伸ばすと、その声の正体は確認するまでもなくそこに存在した。


 ――――『黒い球体』。


 そうとしか言いようがない『何か』が、シルファーンの前、魔術師がいた位置に立ちふさがっていた。

 普通に考えれば、アレは魔術師の仕業という事になる。

(でも……)

 アスパーンは思わず眉を顰める。


 だが、『アレ』は何だ?


 アスパーンの知識の中で、『アレ』に合致する魔術は存在しない。

 ザイアグロスでは、日頃相手にする敵が敵であるだけに、住人の魔術に対する造詣は決して浅くない。寧ろ、実戦で連携することの必要性ため、魔術に関してはその辺の魔術師よりも特性を理解しているつもりだ。勿論、それは相棒たるシルファーンにしても同じである。


 だが、『アレ』は何だ?


 近くに魔術師の姿がないことを考えれば、『アレ』は魔術師を中心に展開されている結界のような魔術なのだろうが、一言で結界と言うには禍々しいほどに混沌としている。

 そこに存在してはいけないものを無理矢理に見せられているような、開けてはいけない扉を無理矢理に開いたような、そんな違和感を覚える球体だった。


 本当に、『アレ』は何だ?


「シルファーン、離れろっ!」

 思わず声を上げた。

 『アレ』は近寄ってはいけないものだ。

 反射的にアスパーンは後退し、左回りにシルファーンを追いかける。

 シルファーンも危険を察知したのか、アスパーンのいる方向へと跳ねる様に後退する。

 背中合わせに焦りを感じる相棒に、声を掛けた。

「このままじゃ駄目だ。アレには多分……」

 魔力だとか、精霊だとか、そういった『力の種類』は恐らく関係がない。

 そこまで言わずしても、通じた。

 あの球体の存在自体が『何も受け付けない』という意欲に満ちているかのように、完全に異質なのだ。

「でも、それじゃ……追いつけないかも」

 最大の問題ネックはそこだ。

 アスパーンが走っていては恐らく襲撃者たちには追いつけない。

 そして、シルファーンが精霊に追いかけさせては、あの魔術師を『抜く』事が出来ない。

「『アレ』を何とかすればいいんだろ」

「『気合』で何とか出来るの?」

「出来ないよ。……多分」

 確証はない。

 だが、奇妙な確信。

 そして、『アレ』をあのままにしておくわけにもいかない。

 それも、奇妙な確信。

 足止め、という目的で発生させられた以上、魔術師が『アレ』をコントロールできないという事はないのだろうが、『アレ』は長くこの場に留まらせて置いてはいけない物だと、直感が告げている。

 だが、同時にあの形状であるからこそ、試せる事がある。

「シルファーンは剣士の方に魔術を撃って。撃ったらすぐにダッシュして魔術師の脇を抜けて。俺は退がりながら、追いかけてくる剣士を何とかする」

 小声で囁く。

「……なるほど、的を増やすのね」

 シルファーンは頷いて、了承を示すと、すぐさま精霊を呼び出しに掛かった。

 召喚の動作に入った事に気付いたリチャードが、次の動きがあることを察し、剣を構えて間合いを詰め始めた。

 だが、シルファーンの方が早い。


 パチン!


 シルファーンが詠唱をしながら、『指を弾く』。

 それを合図に、周囲を照らしていた二つの光源、『光の精霊』が、リチャードに向かって突進する。

 その突然の突進が、後から現れたがゆえに、『その場の光源』が、シルファーンの呼び出した精霊である事を意識していなかったリチャードの不意を突くには十分だった。


 ――――人間は基本的に、光源の位置が移動すると本能的にそれを目で追ってしまうように出来ているからだ。


 シルファーンは直後、詠唱を保ったままダッシュを開始。

 アスパーンは敢えて数秒、シルファーンと並走する。

 黒い球体の動きが、一瞬、だが、確かに止まる。

 突進してくる人数が二人になった事で、一人を止めれば良かった状態から不意を突く形で状況を変えたのだ。

 あの形状であるからこそ、一人で『抜く』のは難しい。

 だが、あの形状であるからこそ、二人で相手にすれば『抜く』事くらいは可能なのだ。

 最初に光の精霊を使って不意を突く一瞬さえ外さなければ、一度だけだが確実に作れる隙だった。

(……抜けた)

 アスパーンの確信と共に、シルファーンが、魔術師の横をすり抜ける、その瞬間。


 『黒い球体』が消滅した。


「「っ!!/なっ!?」」

 突如として消滅した『黒い球体』と、入れ替わるように姿を現した魔術師に驚き、アスパーンと、そしてシルファーンも、思わず足を止めてしまった。

「『アル・アブラ・マルブランダ

  万物の根源マナの流れよ、わが命に従いて総てを捕らえる魔手となれ』

   魔力の網レテ・デ・マナ 」

 突如、球体の中央に当たる位置に出現した魔術師は、シルファーンに向けて魔術を放つ。

 魔術師の杖から白く糸を引く何かが放射状に放たれ、シルファーンを捕らえるべく覆いかぶさる。

 恐らく、『魔力の網』の魔術だ。

 これに捕らえられれば、追跡は不可能になる。

「わが友、風の精霊よ! 我が意に沿いて『切り裂け』!」

 直ぐに状況を理解して立ち直ったシルファーンは、精霊の門を開く為に蓄えていた自らの魔力を、別の命令で開放する。

 召喚主の声に応えた風の精霊は、シルファーンの声に応えて魔術師の放った『魔力の網』を切り裂いて、精霊界へ帰還していく。

 精霊界への門を開き、且つ、対価となる魔力を渡す、という作業は、一度種類を決定してしまうと、急に数や種類を増やすことは出来無い。

 別の命令を下すには、もう一度魔力を用意しなければならないのがことわりだ。

 シルファーンが風の精霊に追跡をさせるべく用意していた魔術は、今ので無駄になってしまった為、もう一度魔力を用意しなければならないという事になる。

 つまり、また詠唱分の時間を無駄にしたということだ。

(……どこまでも余計な真似を!)

 アスパーンは黒い球体から姿を現した魔術師に、斬りかかる。

 しかし、魔力の網がシルファーンを捕らえられなかったことを悟った瞬間に、再び黒い球体を展開した魔術師に、アスパーンの攻撃は届かない。

 アスパーンの手元には何かに飲み込まれたような奇妙な感覚だけが残り、魔術師がいた位置を確実に薙いだ筈の一撃には何の手応えも無かった。

 シルファーンの精霊を一瞬にして『飲み込んだ』ように感じた経緯から、アスパーンの剣もまた飲み込まれたかという思考が脳裏をよぎったが、幸いにしてそのようなことはなかった。

「追えるかっ!?」

「走れるわ!」

 シルファーンは一言だけで応えて、そのまま逃亡した奴らを追跡するべくダッシュを開始する。

「頼む!」

 一瞬の攻防があったものの、取り敢えず魔術師を抜く事だけには成功した。

 アスパーンはその場に残ると、シルファーンの行く道をリチャードと魔術師から塞ぐように立ちはだかった。

 それに合わせて、アスパーンは一つ、大きく息をつき、視線で二人を威圧する。

 数秒間、沈黙が支配した後、アスパーンは口を開いた。

「……立場逆転だ。間に合うかはともかく、追わせないよ」

「剣よりも魔術の方が射程は遥かに長いですよ」

 黒い球体が、再び魔術師に姿を変える。

「『ウィニー・マリエラ・ル・オ・ラー・オーマ

  我が声に応え現れよ、光の矢!』

   力の矢サジタ・マルス・オムニ

 魔術師の杖の周辺に二本・三本と現れた魔術の矢が、遠ざかっていくシルファーンに放たれる。

「舐めんなっ!」

 アスパーンは愛用の長柄の長剣バスタードソードに『気合』を込めると、魔術師の放った魔術の矢を総て打ち落とす。

「っ!?」

 魔術師が衝撃を受けて息を呑む。

 通常、魔術による攻撃は、回避する以外に防御の方法はない。

 だが、アスパーンは長柄の長剣バスタードソードに『気合』を込めることで対応し、それを撃ち落としてみせたのだ。

「アンタのその『黒いの』が何なのかは解んないけど、次はこれで斬る!」

 正直な所、本当に『斬れる』とは思わないが、しておいても損のない、都合のいいハッタリだ。

 実際のところ、アスパーンはシルファーンが魔術師の攻撃範囲から逃れたら、さっさと退散するつもりでいる。

「そういう人にはそういう人なりの相手の仕方がありますけどね」

 魔術師は杖を片手に、再び集中に入る。

(……甘い)

 アスパーンは魔術師に駆け寄る。

(……その魔術の先を取る!)

 呼吸とともに込めた『気合』を込め、マレヌに斬りかかる。

「……マレヌ!」

 しかし、その後ろからリチャードが割り込み、大剣グレートソードでアスパーンの剣を抑えた。

(……またっ!?)

 内心で舌打ちしつつ、アスパーンは標的を即座にリチャードの方へ切り替えた。

 抑えられた剣先を翻すと、そのまま逆にリチャードの大剣グレートソードを抑えながら擦り上げるようにリチャードの右腕を狙う。

 しかし、リチャードは落ち着いて手首の角度を変えてアスパーンの剣先を弾き返すと、鍔迫り合いの形に持ち込んだ。剣先を上に跳ね上げられたため、今度は流石にアスパーンも潜り込めない。

 加えて、リチャードの膂力で跳ね上げられた剣先は、思いの外大きな遠心力を受け、アスパーンを振り回すかのような軌道を描こうとしている。

 だが、アスパーンも、伊達に子供の頃から自分よりも身体の大きい相手と訓練を繰り返してきたわけではない。

 リチャードに受けた遠心力を利用して、そのまま後方へ剣先を流すと、逆にその勢いを利用して左脚を軸に回転して、リチャードの左肘をブーツの爪先で蹴り上げる。

「なっ!?」

 驚愕の声とともに、リチャードの左肘が跳ね上げられ、一瞬脇が開いた。

 本当ならばそこに付け入りたかったのだが、流石に大きく回転しながらの蹴りだったので、状況はイーブンに近い。

 アスパーンもリチャードも、次の一手を探るように微妙な間合いを保ったまま同時に相対する事になった。

 退くことを考えていた。

 退くつもりで隙を伺っていた。

 だが、その瞬間、先に考えたのは。


――――『入れ』る!


 必殺のタイミング、必殺の距離、必殺の姿勢。

 この相手にそれを言っていいのか今ひとつ自信がないが、アスパーンの知る限り、これはその気であれば間違い無く『仕留める』ことの出来る条件が全て揃った。


 ――――そして、アスパーン・メリスは、このタイミングで躊躇わない。


「……八十(旋風つむじ)」

 先んじて一歩。俊足を飛ばしてリチャードの懐、一番受け辛いであろう位置へ『入り込んだ』アスパーンは、そのまま下段からの一撃を見舞う。

 しかし、予想通りというべきか、リチャードは恐るべき反射神経で剣尖を軌道の内側へねじ込むと、アスパーンの一撃を捌いて退ける。

 だが、アスパーンとて、この一撃目は受けられることを予想した上での攻撃だ。

 直ぐさま、剣を翻しカウンターの二撃目を放つ。

「くっ!」

 リチャードが僅かに怯んだ。

 体格差がある上に下段からの一撃とは言え、予想よりも重い攻撃に反応が鈍っている。

 それでも、二撃目の軌道に大剣グレートソードの根本を差し込んでくる。

 アスパーンは、ここで変化した。

 強烈な一撃を打ち込む手法からの、フェイント。

 首筋への一撃は打ち込まれず、流れるようにリチャードの剣をすり抜け、一転して、再び下から、拝むように、リチャードの喉笛を食い千切るような突きを見舞う。

「……ぬぅっ!」

 リチャードが大剣グレートソードから右手を離し、アスパーンの剣を肘と拳で挟みこむように迎撃する。

 一瞬のうちに、勝負が決まる。

 その瞬間が訪れる直前だった。

「待った! ストップ! そこまでっ!!」


 ――――不意にアスパーンの背中に声が掛かった。


 聞き覚えのある声がアスパーンの意識に割って入ると、枯葉や砂礫を捲き上げる二人分の足音が近付いてきた。

 一つは極めて小さく、一つは力強く。

 極めて小さい方には覚えがある。

 ティルトだ。

「……間に合ったぁ」

 安心したように息をついてアスパーンとリチャードの中間に飛び込んでくると、両手を広げてこちらを制してくる。

 パーカーのフードから、相棒のラミスがこちらに手を振った。

「……ティルト? ラミスも??」

「悪ぃ、アスパーン。ちょっと待ってくれ」

 突然現れた二人に戸惑いながらも、ティルトの言葉に応じ、アスパーンは正にリチャードの喉元直前にあった剣先を下げ、リチャードは剣先を折らんとしていた拳を退けた。

「……なんだってんだ」

 思わず溜息をつく。

 ティルトの出現でアスパーンは完全に毒気を抜かれてしまったし、どちらにしてもこれ以上何かを仕掛けるタイミングを失ったこの状況ではもう、アスパーン自身は逃げる必要がなくなったような気がする。

「何じゃ、さっきの小僧だけかと思えば、相手はお前らか、リチャード、マレヌ」

 遅れて到着した力強い足音の主が、息を乱しながらリチャードに声を掛ける。

「……ブラフマン? お前こそ、何の用だ?」

 状況が飲み込めないのはあちらも同じ事らしい。

 いずれにしても、説明が必要だった。

『駄目だわ、アスパーン。人ごみに入られちゃった』

 その直後、追跡に移っていたシルファーンから連絡が入る。

 風の精霊に命じて、アスパーンのところまで彼女の声を運ばせているらしい。

「はぁ……」

 思わず二度目の溜息が漏れる。

 如何にシルファーンが優秀な精霊使いとはいえ、顔も解らない人間を人ごみの中から精霊だけに探させるのは無理がある。

 『こういう人物を探して』と言われても、特徴が何も解らないのでは捜しようが無いのと一緒だ。

 精霊と感覚を共有する方法も有るが、そうすると逆に今度は本体である術者の身体が無防備になる。

 それは、この状況ではあまりに危険だ。

 つまり、人ごみに入られる前にマーク出来なかった以上、既に追跡は不可能という事になる。

 急展開の末、いきなり水を差され、突然何もかもが終わってしまったようだ。

「こっちもちょっと状態が変わったみたい。取りあえず戻ってこられる?」

『大通りにいるだけだもの、すぐに戻るわ』

 その言葉を最後に、シルファーンの声が途絶えた。

「……何なんだ、これ」

 そう呟くしかない。

 何にしても、刺客は逃げてしまった。

 こうなっては、今度は自分が逃げる以前に、リチャード達から必要な情報を手に入れるまで、彼らを逃がすわけにもいかなくなった。

「……ティルト、どういうつもりだ。俺達は今、刺客に襲われて、邪魔が入った挙句に正体も解らないそいつらに逃げられちゃったんだけど」

 それは正しく、今後いつ襲われるか解らなくなったということに他ならない。

 少なくとも、リチャード達から情報を集めて、それから相手の組織を潰してしまわなければならなくなった。

 何人の組織かは知らないが、少なく見積もっても先程の連中と同じくらいの数は居る筈の組織を、だ。

「あー、それそれ。その話なんだけど……」

 ティルトは申し訳無さそうに頭を掻く。

「その刺客、ウチの人間なんだわ」

「………………は?」

 思わず答えたその時の顔が、自分でも間抜けな物だったと思うのは暫く後になってからのことになる。


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