《剣士 VS 用心棒》
厄介な事になっている。
それを認めざるを得ないほど、アスパーンは焦っていた。
何者かに襲われる。
それは昔からそうだ。
だが、ティルトは自分から身分を明かすような真似をしなければ、街の連中から目をつけられるようなことはないように計らってくれる約束してくれたし、街で役に立つ情報も色々教えてくれた。
アスパーンもバルメースに入ってから刺客に襲われるような事はないと思っていた。
襲われるならば、街の外こそ危険だと思っていた。
だが、今となってはそれが甘かったと思わざるを得ない。
現に何者かに襲われたわけだし、その中にはこれほどの手練がいる。
アスパーンとしては、ティルトの言う『身分が知れるほど目立つ事』をしたいわけではないが、今となっては刺客の手を完全に絶っておかなければ、自分がバルメースに居る事やその動向が刺客の親玉たちに筒抜けになり、結果としてバルメースに居られなくなってしまう。
それは、ここまで第一の目的地をバルメースに定めて来たアスパーンにとって、耐え難い屈辱であると同時に大きな挫折だ。
『メリス家』という名前が持つ色々な事情が、いつかはこの街を出なければならない日をいくらか早めるであろうという事は、アスパーンとて分かっている。だが、その『いつか』が、この到着したその日になる事を是とするほどのお人よしでもない。
ならば、多少の事は推してでも追うしかない。
「悪いんだけど、俺はアンタの思惑通り『時間稼ぎ』されてる場合じゃない」
「そうかい。でも、俺も契約上、あいつ等を捕まえさせるわけには行かないな」
茶番だ。
だが、そう理解はしていても、確認しなければいけない。
アスパーンはリチャードに引く意思がないことを確認すると、次の言葉を探し探し返す。
「うん。……だから、アンタがどかないなら、俺はアンタとその相棒を殺してでも行く。俺も出来れば殺しは避けたいけど、少なくとも動けなくなるくらいには叩きのめすかもしれない。それでもどかない?」
アスパーンにとって最大限の譲歩。
『どこまでやる気があるか』とはっきり言うのは、人間対人間に限って言えば、かなり有効な情報になりうる。
相手がこちらの危急を感じてくれれば良し、最悪なのは……。
「うーん。そういうのは、出来るようになってから言った方がいいと思うぞ」
このように、こちらの決意を表明しても尚、相手のほうが無条件に『自分たちの手に入れたい条件の方が上』と判断された場合。
「……そうだね」
だが、これは同時に、仕方のないことでもある。
事実として、アスパーンの攻撃は未だリチャードの頬を裂いたに過ぎない。
その事実だけを見れば、アスパーンはリチャードに危機感を与えられていない――――つまり、敵わないということになる。
それ以上、交渉の余地はないようだった。
「………………」
無言のうちに、アスパーンは正面から逆袈裟に斬りかかった。
「っ!」
リチャードはアスパーンの速度に反応しながら、それを難なく受け止める。
「っっ!!」
アスパーンはリチャードの動きを見て、剣を翻す。
弾き返される剣の勢いをそのまま利用して、今度は袈裟懸けに切り返した。
「のぉっ!」
リチャードはそれを一歩大きく下がって躱すと、受けに使った大剣をアスパーンの振り終わりに合わせて、そのまま袈裟懸けに斬りつけて来た。
剣を平に返して振るわれる一撃だが、アスパーンは鎧を修理に出している。
打たれれば只では済まない。
「………………ゅっ!」
しかし、アスパーンは、リチャードの打ち筋の速度に充分付いていけていた。
剣先を振り上げてリチャードの大剣の根元を擦り上げ、下に打ち下ろされる軌道を右に逸らす。
少なくとも、リチャードが剣を平に返しているうちは、どのように振るおうと速度においてアスパーンに敵うわけがない。
大ぶりな大剣を使っている上に、空気抵抗が大きい振り方をしているのだから、当たり前だ。
流石に、これで終わりだ。
(…………ごめんっ!!)
アスパーンはがら空きになった胴体の、脇の下に向けて『差し込む』べく、腰の後ろに差している投擲用のナイフを抜くと、体当たりするように鎧衣の脇から打ち込もうとした。
ナイフを失うのは多少勿体無いが、刺すだけで抜かずおけば、その後は後遺症もなく魔術で治癒できる。
アスパーンのナイフがリチャードの鎧を覆っている鎧衣を裂いた、その刹那。
「……っりゃぁっ!」
リチャードの肘が恐るべき反射神経で吹き返してきて、アスパーンの首筋に向けて放たれた。
「ぐっぅ!?」
アスパーンは反射的に、その一撃を肩甲骨の辺りで受ける。
先程から片鱗を見せつけていたリチャードの膂力がアスパーンを打ち飛ばし、アスパーンは回転する視界を理解して体を転がす。
そのまま地面を一回転がって、間合いを取りつつ体勢を立て直す。
実に意外だ。
まさかあの体勢から、反撃できるとは。
そして、その姿を見て納得した。
(片手で……)
リチャードは大剣から右手を離し、左手一本で剣を支えたまま右肘を打ち込んでいたのだ。
確かに、それならば間に合う。
普通ならばそれでは大剣を支えきれず放り投げなければならないし、剣を手放すと言う事はすなわちその後の死を意味するだけに、普通はそんな事はしない。
剣を手放したなら、普通は間合いを置くのがセオリーだが、リチャードの対応はシルファーンの精霊を剣圧で打ち返したあの膂力あってこその荒業だった。
――――やはりこの男、普通ではない。
しかも、普通でない以上に、面倒くさい相手だ。
こちらの攻撃は跳ね返すが、これといって何か仕掛けてくるわけでもなく、余程の危険でなければ受ける事に徹している。こうして手をこまねいている間にも、逃げる男たちの姿は遠くなり、次に仕掛ける手が通用しないようなら最早こちらが逃亡を図るより他にないだろう。
(……冗談じゃない)
折角使えそうな伝手も手に入れて、これから生活を始めようというのに。
アスパーンは長柄の長剣を正眼に構えると、次のアクションを起こすべく身を僅かに沈める。
その瞬間だった。
「何なの、これ!?」