(6)
穴倉の中に入ると鉄格子で仕切られた小部屋が並んでいた。――まるで牢屋だった。
昔を思い出すな――そういえば逃げようとしたのがばれて、あの婆に半殺しにされたなぁ。
その鉄格子の中には三人の子供が入れられていた。
一人は寝て居て、もう一人は女であった。少女は棒針を使ってゆっくりと、ゆっくりと何かを編んでいる。レノンが少女の目の前を通ると彼女は一瞥してまた棒針を動かす。
一番奥の部屋にアンドロイドの頭部を直している少年がいた。
「よう、ジャン。調子はどうだい」
そう言ってレノンは鍵を使って鉄格子の扉を開ける。
「もうすぐ、言われた日程には間に合うよ」
言いづらそうにレノンは顎をかく。
「どうしたの?」
それを見た少年はレノンに尋ねる。
「日程が変わってな。だから取りに来た」
少年の目が思い切り見開いた。
「でも、まだ神経部分が」
「十分使えるだろ? 完璧に直してほしいとは言ってない」
「そうだけどさ」
ジャンは小さな子供が玩具を取り上げられたかのような目をした。
「まぁ、何かやるよ。何が欲しい?」
「急に言われてもなぁ、自由かな」
ジャンは笑いながら答える。
レノンは難しい顔してしまう。
「冗談だよ、何がいいかなぁ」
少年は首を捻りながら考える。
レノンはさっきの言葉がもちろん冗談なのはわかっていた。
ここから出るには誰かに買われないといけない。レノン程度ではまず買えない。買うやつは成金のもの好きくらいだろう。だいたいこんなところで買う奴は頭のイカレタ奴である。そんなのに買われたほうは幸せになることはまずない。ただただ家畜以下の扱いを受けるだけなのだ。それは身をもって知っている。
だが――昔のことがレノンの頭の中で蠢いていた。
「――出たい、そうだろ?」
「そりゃあ、出たいけど……」
ジャンは一度、光がある方向に顔を動かし、レノンに顔を戻した。
レノンはアンドロイドの右肩を小突いた。
「なぁ、ジャン。俺はお前に貸しがあるわけだ」
「貸し?」
ジャンは首を捻る。
「ここでは正規のルートでは頼めない。かといって裏のルートってやつもやばい連中の息がかかってるんだよ。こいつを直す程の腕で、かつ安全なのはお前くらいしかいないんだよ。分かるか?」
レノンは声色を変えていた。
「うん……」
「ここでは金がすべてだ。ただ今のお前に金を渡しても意味はないし、お前を買うことも出来ない」
「じゃあ、どうやって」
レノンはささやくように方法を伝え、紙切れを渡した。
「でも……」
「お前は腕があるんだ、こんなところで終わるようなのはもったいない。あとはお前の勇気次第だよ」
そう言ってレノンはアンドロイドを連れて、手を振った。
「終わったよ」
レノンは鍵を老女に返す。
老女は鍵を机に置いた。
「あの面白い話があるんだけどよ。婆さん」
老女はレノンの頭は軽くはたく。
「婆さんってのをやめておくれよ、それで面白い話ってのはなんだい?」
「俺の知り合いに欲しいってのがいるんだよ」
「どっちだい」
老女は「話を聞いてやる」といわんばかりに椅子に腰をかけた。
「男の方だよ。年は中学生くらいかな」
もちろん嘘だ。
老女は逡巡していた。
「すると、そうだねぇ――ジャンかねぇ。で、その話でお前にどんな得があるんだい」
「子供を運ぶのさ。あんたは普通前金をもらうだろ。それをこっちによこして欲しい。それで俺はクライアントまで運んでやるのさ。win-winだろ?」
「わかった。今相手と話がしたい。連絡先を教えろ」
老女の目の色が変わっていた。――まるで金しか見ていないみたいに。
「その前にジャンを連れてくる」
レノンは机に置いてあった鍵を取って、鉄格子を開ける。
「行くぞ」
その声にジャンは小さく頷いた。
「先に上に行ってな」
「わかった」
そう言ってジャンはおろおろしながら梯子を登って行った。
「連絡先は?」
「あんた、何年ぶりだ?」
「はぁ?」
老女はまるで話が飲み込めていない。
レノンはそれを分かったうえで話を続ける。
「あんたはもう少し節度があった。すぐに決めるようなやつではなかったはずだ。だけど今のあんたは金しか見てない。確かに金が全てだがそういう人間とはもう付き合えない、利益がないんだよ」
「なにが言いたい!」
老女は怒気を強めて声を出す。
「今までの話は全て嘘だ。あんたはもう篭絡しちまったんだよ」
老女は鬼のような形相をしていた。
「お前、分かっているんだろうね」
老女が喋っているときにレノンは口の中に銃口を入れた。
本当は殺すつもりはなかったが、大幅に予定が狂っちまった。
「黙れ、今まで俺が憎んでたお前を殺さなかったのは利益があったからだ」
レノンは冷徹に言い放つ。
「思い出せないか、チェンだよ」
「もひかひ――」
老女が言葉にならないなにかを言おうとした瞬間、撃鉄が落ちた。