(5)
しばらくして二人はバスへと無事戻った。
「……」
「……」
綺麗な朝焼けがバスを照らす。しかし、それとは対照的に二人は安堵するわけでもなく、レノンは眉をひそめたまま、秋穂も目を落として手のひらを見つめていた。
その時通信機の音が静寂を破った。レノンはヘッドホンをつけ、強く受信ボタンを押す。
「チェン、生きてるか」
それはユンの声であった。
「生きてる」
レノンは強い口調で言う。
「それはよかった。それにしても――よくけんかにならなかったな。あっちから手を出さなかったのは知ってるが昔のお前なら絶対死んでたぜ」
「――そうだな、自分でもおかしいくらいだ」
レノンはそう言って苦笑した。なぜ苦笑したのかはレノン自身にも分からなかった。
「まぁ、ある程度は成長したってことじゃないのか」
ユンもつられて笑い出す。
「でもな、まだ許した訳じゃないし、あっちも許してないだろう。次会う時は、どうなってるか」
「そうか、お前がくたばってない事を祈るよ、チェン」
「で、こんなことを話したいんじゃないんだろ、ユン。金の催促だろ?多めに振り込んでやるから安心しろ」
レノンは落ち着いた声で話す。
「ばれてたか。死なれてたら金も振り込めないからな。死んだら、なにもかも終わりなんだよ。どうするチェン?」
少し間を置いてからレノンは答える。
「ああ、一本とられたな。要するにヴィラの情報を買えってか」
レノンは右手で窓を軽く叩いてから、額に手をやる。
「さっきの倍でどうだ」
「分かった。で、どうなんだ?」
少し間をおいてからレノンは答えた。
「ヴィラは今、あの事件の火を必死に消してる。観光地ってこともあったしな――それでも猶予は二日くらいだ。ちょうど、あれの修理が終わるごろだな。でもあれは修理を止めてすぐに持ち出したほうがいいぞ」
「分かってる。じゃあ、聞きたいことがあったらまた連絡する」
レノンはそう言って通信を切った。
あいつを取りに行かないとな。
「少し出かけてくる」
レノンは一言秋穂に声をかけたが、秋穂にはその声は届いていないようで顔も青ざめていた。なので、レノンは今行くのは止めようか少しの間逡巡した。しかし自分が一緒に居たところで解決できるものでもないと結論づけてバスを降りた。
レノンはカバーナ海岸から出て貧民街に入り、さらに人が二人、三人がなんとか通れるほどの細い細い裏路地に入り込む。細い裏路地であるが人も住んでいる。そしていくつもの露天商があり、野菜からぼろぼろの服、さらには非合法のものまで置いてある。そんな道を通っているとどこからか少年が走って来てレノンにぶつかり、少年は勢い良く頭から地面にどすんと転んだがすぐに身体を起こして、レノンとは反対方向に駆け出した。
結構、演技派じゃないか。
レノンはそう感心しながらジャケットのポケットをまさぐる。
やはり財布が消えていた。
しかし、レノンは平然としていた。というより、レノンはぶつかった時点で財布が取られていたのは分かっていて、とっ捕まえる事は出来たのだ。ただレノンには、昔の自分と今の少年が重なり合って、それにあの財布には特別な物も入ってはいなかったし、くれてやろうとそう思って何もしなかった。
小さくても生きるにはなりふりかまってはいられないのだ。それが法に反してようと、いなかろうと。少なくとも貧民街では今の出来事はおかしい事ではない、それだけのことだ。
ただレノンは自分は心のどこかで善人面をしていたいだけのなのかもしれない、とも思っていた。そんなことを思っているうちにかなり奥まで進んでいた。奥に進むと家らしきものも見えなくなり、露天商の数も少なくなる。ふらふらして目の焦点があってないようなヤク中が歩いているし、たまにくたばっているのかいないのか、死体のような人々も散見する。それと小瓶に錠剤やすぐに危ないと分かるような色をした液体を売っている怪しげな露天商。そしてここで扱っているものは大抵ろくなものではないのだ。
奥の地域は貧民街でもこの地域で露天商を営んでいたり、ここで住んでいるほとんどが警察で長いことお世話になったことがある人種なのだ。そのため牢獄街とも呼ばれている。
しかし、レノンはそんな事を気にすることなくこの路地を抜けると木造の小屋が見えてくる。こんなところだと鍵もかかっていない。レノンは小屋に入る。小屋の中にはぽつねんと小さな机が一つ置いてあり、机がある後ろの壁に十字架が掲げられていた。
「居るかー」
「もう、閉店だよ、帰りな」
ドスの聞いた女性の声が下から聞こえる。
「まだ昼にもなってない、今行くぞ」
「分かったよ、今梯子かけるから待ってな」
床からどんと突き上げる音がした後、机の前に梯子が見えた。――実はこのスペースだけ穴になっていて、普段は床と似た色をしたふたのようなものをしているのだ。――レノンは梯子を使って降りる。
降りてみると一つを除いては普通の部屋で家具やらなにやらで乱雑になっていた。
「で、何の用だい?」
不機嫌そうな顔して老女は尋ねる。
「ジャンは何処にいるかな。あいつを取りに来たんだけど」
レノンは愛想笑いをしながら答える。
「奥にいると思うけど」
老女はこの部屋で唯一おかしい場所――穴倉を指差した。
「分かった」
老女は机から箱を取り出し、その中から鍵を取り出して投げる。それを落とさずに受け取り、レノンは穴倉へと進む。