(3)
「あっ、戻ってきた。おーい!」
秋穂はバスの中であまりよくない想像をしていた。そんな心持ちでレノンの帰りを待っていたもんだから彼の姿が見えた瞬間、思わず秋穂は席から立ち上がって外に見えるように大きく手を振りながら叫んでいた。彼もそれに気づいたのか笑って秋穂に手を振って返した。そしてバスの中に入ってくる。
「ごめん、ごめん。用事があってさ」
彼は運転席に座る。
「それってさっき言ってた仕事のこと?」
秋穂も運転席の後ろの席へと移動する。
「まぁね、そんなところだよ。じゃあ修理が終わったら日本に帰ろうか」
そう言って彼はキーボードに秋穂では理解できない文字列を打ち込んでいく。
思わずその言葉に秋穂は呆気にとられてしまった。
「帰れるの?」
秋穂はうわずった声で聞く。
「何もなければね」
「やったー!」
秋穂の感情が高ぶったのか秋穂は大きく両手を上げた。
「まぁ、修理が終わったらだけどね」
「いつ頃、終わるの?」
秋穂はぐいっ、と彼が座っている運転席へ前のめりになりながら尋ねる。
「だいたい四十八時間から六十九時間だから、二日、三日はかかるね」
「そんなかかるんですか……」
秋穂はがっくしと肩を落とす。
「まぁ、逆に三日間くらいここを観光できると考えようよ」
「はい……」
秋穂はさっきとは違って声のトーンを下げて言葉を返した。
「うわー、綺麗」
展望台の窓に手を当てながら秋穂は外の景色を見ると、海が広がっていた。砂浜にはたくさんの観光客らしき人々。そして澄んでいるためか遠くからでも水の中が見えそうだった。
「カバーナ海岸もだいぶ変わったな」
レノンは呟く。
昔はここもスラム街だった、しかし今は立派な観光地となって治安も良くなっている。ただ観光地から出るとまだ治安は昔と同じ水準である。
「あー、海入りたいなぁ」
秋穂が小さな声で言う。
「うーん。じゃあ百レアルあげるから下の服屋で水着を借りてくればいいよ。ここの入り口で待ってるからさ」
そう言って五十レアル札を二枚秋穂に渡す。
「ありがとう、行って来るね」
嬉しそうに言って、エレベーターへと走っていく。
レノンはタバコを吸って一服する。
「そろそろ下に行くか」
一度腕時計で時間を確認した後、近くにあった灰皿にタバコを捨てる。そして、レノンが下へと向かおうとエレベータに乗り込もうとすると、下から最上階へと来た人達が慌てて出てくる。
「奴らが人をいきなり撃ち殺していってる!」
慌てて出てきた人がそう叫ぶと周りがざわつき始めた。
――どういうことだ?
そう考えていると電球の明かりが消えた。
――ここを管理しているところの判断で電気が使えなくなったのか?
とりあえずエレベーターでここには来れないだろう。非常階段でもここに来るのは三十分以上かかる。だけどあまり警察にも頼れないだろうしな。せめてあいつがあればな――まぁ、秋穂に関して考えても今はどうにもならない。
レノンは携帯を取り出してユンに電話する。
「おい、どういう状況でこうなってる」
いらついた口調で言う。
「急ぐな、急ぐな。まずはそっちの状況はどうなってる?」
ユンは尋ねる。
「俺にもよく分からない。とりあえず最上階では何も起こっちゃいない。電気が消えたことと下でおそらくどこかの馬鹿が暴れ回ってるぐらいだ」
「はぁぁ、マスコミに売れそうなネタはないっぽいな」
ユンの落ち込んだ声が電話ごしに聞こえる。
「――ユン、そういう話は後でしよう。外はどうなってるんだ?」
レノンはいらいらを抑えようと落ち着いた声で言う。
「さっきお前が言ったどこかの馬鹿ってのはヴィラの連中だよ」
「なんであんなでかいところがこんな事をしてんだ」
「連中っていってもただの仲間割れさ。幹部級の二人くらいが下っ端引き連れて親とけんかしてるんだよ。いい役回りさせてもらえないからって、こんな事しても無駄なのにな」
ユンは苦笑しながら言う。
「で、親のエスコはどうするつもりだ」
「知らん。でも、ここまで面子つぶされてたらな――まぁ、警察と組んでるらしいし、今回は馬鹿だけつぶして後は助けるだろ」
「そうか、金の話はまた後で」
「しかし、お前はどう思ってるか知らんが、お前の親でもあるからな。とりあえず気をつけろよ」
「……」
「じゃあ、生きてたらまたな」
そう言って電話が切れた。
――さて、どうするか……。
レノンにとっては別に秋穂のことはどうでもよかった。むしろ、いなくなったほうがありがたいのかもしれない。が、いなくなった後にどんなめんどくさい事が起きるのか、レノンはそれだけが気がかりだった。
「とりあえず、見てくるか」
レノンは足早に非常階段のほうへと向かう。