(2)
秋穂はいつの間にかバスの中で眠ってしまっていた。
秋穂は重そうに瞼を開けると、外の景色は変わっていた。――草木だらけの道。遠くには廃墟のようなぼろぼろの建物とは対照的に遠目からでも人がたくさんいるのが分かり、騒がしく見えた。――その時秋穂は気づいた。
あれ、レノンがいない? アンドロイドもいない。さっき彼が言っていた例の仕事とやらだろうか……。
そう、秋穂は疑問に思いながらバスから草木の繁っている場所へ出る。秋穂は少し歩いてみたが、もちろん彼がどこに行ったのかは分かるはずもない。さてどうしよう。そんな時人間の何倍もある大きな足跡を見つけた。
――もしかしてライオンとかいないよね? でも確か南米に行くってレノンは言ってたし、南米なら居てもおかしくないかも……。
秋穂はそんな想像をしてしまい、一人きりになったせいか心の片隅に抑えていた不安が戻ってきた。
秋穂はレノンを捜す手掛かりがあるわけでもなく、だからといって、この未知だらけの道を遠くまで歩く勇気も秋穂にはなかった。
――とりあえずバスに戻ろう。
秋穂はバスへ戻っていった。
二階建てのボロアパートの中でレノンは椅子に座っていた。
そして金属製の大きなトランクケースを小さな机にドカッと置いて誰かを待っていた。
「相変わらず遅いな」
レノンは腕時計をちらりと見てため息を吐く。そんな時、埃まみれのぼろぼろの扉が今にも壊れそうな勢いで開く。しかし、開けた男は背が高いせいかそのままでは入れなかっため、ひょいと頭を大きく下げて部屋に入ってきた。
「よぉ、久しぶり。今の名前を知らないからチェンでいいな」
「別に名前なんてどうでもいい。それより遅いぜユン、遅刻した分サービスして貰わないと割に合わないな」
笑いながらレノンは話す。
「すまねぇな。こっちも出来る限りサービスはするつもりだ。これが物か」
ユンはトランクケースを開けた。その中にはたくさんの武器がぎっしりとケースに詰め込まれていた。
ユンはその武器の一つ、一つを取ってじっくり眺める。
「確かに悪くはないが、これをいくらで売りつけるつもりなんだ?」
チェンはなにも言わず右手の指を三本立てる。
「それは円でいいんだよな?」
ユンはレノンに目を細めて言う。
「わかった、これで成立だ。ここにサインしてくれ。」
机の引き出しから一枚の紙とペンを取り出した。
「ここまでうまくいくとは思わなかった。お前ならもっと値切ると思ったんだが? 最近、景気がいいのか?」
レノンは書きながら尋ねた。
「ただの気紛れだよ。うちは悪くもなく良くもない、ってところさ。チェンはどうなんだよ」
「困ってるよ、何故か十代の女がバスにいるんだぜ。どうしたもんか……」
「よく分からねぇが、そいつを売り飛ばしちまえばいいじゃないか」
レノンは首を横に振る。
「俺だってそうしたいところだよ。だけどな、俺が気づかずに乗ってる時点であいつを爆弾として見なきゃだめなんだよ」
ユンはタバコを咥えながらライターを探しているのか、ポケットに手を入れもぞもぞとさせている。
「確かに――どうするつもりだ。あれって、ステルス迷彩かかってるから普通の奴じゃ見えないはずだしな。だからって殺すのは後が恐いしな」
レノンは顎をさすって考え込む。
「――だからこの件で頼みたい。一応は帰すつもりだけど、何か裏がありそうでさ。あいつを刺激しないよう、探ってほしい」
「もう、マフィアだか警察あたりに巻き込まれたくないんだが」
レノンはいきなりサインした紙を破き始めた。
「おいっ、契約書だぞ!」
声を荒げながらユンが慌てて止めようとする。
「それが前金だ。さっきの金はいらない」
レノンはさっきのトランクを指差す。そしてレノンの視線に負けたのかユンは呆れた顔をしながら、
「――出来る限りのことはやるよ。しかしそいつをそのまま故郷に帰せた場合どうするんだ?」
やっとライターが見つかったらしくユンは咥えていたタバコに火を点けた。
「それでも――調べてほしい」
「分かった」
「恩にきるよ、じゃあ」
そう言ってレノンは踵を返し、扉を開けてこの埃だらけの部屋から出て行こうとした時、
「おいっ、契約書を新たに作るから少し待ってろ」
「そうだったな」
レノンは笑いながら椅子へと戻る。