お題:雪 約束 キャラメル
これを書いた次の日に本当に雪が降った。
偶然ってすごいですね。
ここ数年、雪が降らない。
と言ってもライトノベルによくあるファンタジーな何かがあるのではなく、ただ単純に東京で雪が降らないだけだ。
別に、北海道などの寒い地域に行けば雪なんて毎年見られるだろうし、そうでなくともスキー場に行けば毎年冬には雪がある。
だが、僕には東京で雪が降らなければ意味がないのだ。
雪が降るかもしれない季節に他の場所に行く気はなかったし、他の場所の雪は僕にとってあまりに空虚なものだった。
話は変わるが、学校での僕のあだ名はキャラメルという。
これは僕のバックの中には必ずといっていいほどキャラメルが入ってることが原因である。
別にこれは僕がキャラメルが好きだからというわけではない。
いや、いつでも食べられる状態のキャラメルを持っているために毎日のようにキャラメルを食べているのだから好きなのかもしれない。
なぜここまで頑なにキャラメルを持ち続けているのかと聞きたい人は多いかもしれない。
それに対する答えは一つ。約束だからだ。
いや、実際には約束なんて言えるほどの物ではないのかもしれないが、僕はそれを守り続けていた。
話は最後に東京に雪が降った時に戻る。
その時僕は小学生の低学年で、駄菓子屋だかからの帰りでキャラメルの箱を持っていたのを覚えている。
小さな公園の前を通りかかった時のことである。一人の少女が反対側から走ってきて僕のすぐそばで見事にすっ転んだ。
少女はそこで大泣きをはじめ、それを見た僕はオロオロと戸惑っていたが、幼い僕は何を考えたか自分の持っていたキャラメルを差し出して、これをやるから泣き止んでくれと頼んだのだ。
しばらく少女はキョトンとしていたが途中で涙を拭うとニコリと笑って、
「ありがとう」
といった。
少女は僕からキャラメルを一つ受け取ると口の中に放り込む。
「また、雪の日にこの公園で転んだらキャラメルをあげる。だからもう泣かないで」
照れ隠しということもあったのだろう。僕はそう言って少女と別れた。名前も、どこの誰かということも知らないその少女と。
次の日、雪はすっかり溶けてしまい、その日からあとに東京に雪が降ることはなかった。
だが僕は、その日からいつ雪が降ってもいいようにと、常にキャラメルを持ち歩いているのだ。
そして今に至り――――
朝。
その日の朝は、目覚ましが鳴るよりも先に冷気によって目が覚めた。
「……寒い」
どうやら布団を蹴飛ばしていたようだ。
部屋を出てリビングに降りてくると母親がキッチンで朝食を作っていた。
「おはよう。今日は早いわねぇ」
「寒くってね」
そう言ってふと窓の外を見た。
そして、そこにあったのは――――
――――一面の銀世界だった。
「雪だ!」
「あぁ、そうそう。久しぶりよね、雪が降るなん――」
母親の言葉も聞かず、慌てて服を着替える。
そのまま玄関に走って行きバックを引っ掴むと靴を履こうとする。
「どうしたの?」
「ちょっと出てくる」
「え!? ちょっとご飯は?」
「いらない!」
玄関から勢い良く飛び出した。
――あの公園へ
その少女と出会った公園についた。
否。公園があった場所、だ。
ついてみて愕然とした。その場所には公園は無く、そこにはただ、小さな更地があるだけだった。
「は……は」
そうだ、あれから何年経った。
あんな人も来ない公園が残っている可能性はそう高くないはずだ。
「……………………っ」
少し泣きそうだった。
別に、特に理由があったわけではないし、最初のうちは次はいつ雪が降るのだろうと待っていたが、最近はただ習慣で持ち続けていただけだ。
だが、自分が何年も続けてきた何かを、ただの一瞬で否定されたような気がしてしまったのだ。
「…………帰るか」
きっとあの少女は覚えていまい。
そもそも約束と呼べるようなものではなかったし、あれだけ言って走り去ってしまったので、あれがもう一度会おうという言葉だと思ってはいないだろう。
僕はその足を家に向ける。
その時――――
「きゃっ!」
ステーン、と盛大に転んだ音がした。
足を止め、後ろを振り返る。
「あの、キャラメルをくれませんか?」
そこには少し大人びた少女の顔があった。