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奠(四)

大商業都市である奠の内側では、星の数程いる商人達が、終わりの見えない仁義なき戦いを毎日切磋琢磨しながら繰り広げていた。安いと思った物をさらに値切って買い、次の日には素知らぬ顔でそれを買値の三倍で売る。今日は店じまいで安売りと宣伝している店がいっこうに閉店しない。今日は特別な安売りだと、毎日うたっている店がある。こんなことを繰り返しながら、奠の賑わいは夏元一と言われるまでになったのである。

商売を始めようとする者は、どこに住んでいようが、いつかは奠に自分の店を出したいと夢見るものである。奠は言わば商人にとっての聖地であり、奠で成功することは、商人の中の商人になるということであった。

そんな奠において、一代で莫大な財を築き、確固たる地位に昇りつめた二人の豪商がいた。奠で商売をする者達の生きた教本とも言うべき二人の男は、その商売のやり方の違いから、龍と虎と呼ばれ、

「奠に龍虎あり」

と、夏元各地の商人からも一目置かれる存在であった。

奠で龍の異名を持つ孝傑は、まさに善の人である。

その商売は誠実で、決して約束を破らない事で有名であった。また、根本的に弱い者の味方であり、いくつかの慈善事業も手掛けていた。何よりも人と人との繋がりを重視する経営方針は、他が安いからといって取引先を替えるような利益至上主義の世界では異質であり、直接的な利益を生み出さないやり方には反対意見も多かった。

例えば、金融分野においての孝傑の考え方は、他が決して真似をしないものである。

孝傑は金を貸しても利息を取らず、返済期限も特に設けなかったのだ。この手法は、金を貸すのは利息を得たいからという本来の目的にはそぐわず、さらに、返済期限がない為に計画的な運用も出来ず、さもすれば借りた金を返済しない者まで出てくるように思えた。一見悪い所しかないように思えるこの手法だが、孝傑はこう言って周りを驚かせた。

「金に困っている人を助けて何が悪い。私が貸した金で、その人が助けられるなら嬉しい事ではないか。そうやって助けられた人々は、いつか私の店で何かを買ってくれよう。また、その人々は孝傑の名をあちこちで触れ回ってくれるであろう。どうせ同じ物を買うなら、孝傑から買ってやってくれと」

つまり孝傑は、貸した金が宣伝費になると言うのである。しかも大変効果的であると。孝傑はこうも言った。

「中には返せなくなる人もいよう。だが、それは利息や返済期限がある時に比べれば僅かである」

孝傑は返済出来なくなる理由は、利息と返済期限があるからだと言うのである。それら二つがある為に、人は返済を断念すると言う。孝傑は燈県などの主立った従業員から猛烈な反対を受けた。が、結局押し切った。結果、財よりももっと大事な、一生離れない客を掴んだのである。

「今、火事で全財産を無くしたとしても、それ程の痛手とは思わない。なぜなら我々には支えてくれる多くの人々がついており、いつでも再生出来るからである」

孝傑に助けられた人々は、天の助けだと思い、いつしか天の使者である龍と重ね合わせたのである。

一方の賀矯はまさに悪の人である。

孝傑とは正反対な商売手法の為、龍と対する虎、しかも人食い虎と呼ばれるようになったのである。無慈悲、外道、脅しや騙し、あらゆる手を使い、貪欲に競争相手や他の商人らを飲み干していく様は、まさに虎であろう。そうして得た販売網は巨大であり、結局は他店にない品揃えと価格とを実現しているのであった。

「手に入らないではない。手に入れろ」

「売れないではない。なんとしても売れ」

「こちらの値では売れないだと。夜半に火をつけると脅せ」

「この賀矯に逆らう奴は、容赦するな」

賀矯は厳しく言い放つ。徹底した利己主義がそこにはあるからだ。

孝傑の客の中心が比較的貧しい庶民や農民に対し、賀矯の客は貴族を中心とした富裕層であった。しかしいくら客層が異なると言っても、ばったりと同じ席に着く事もある。その場合、犬猿の仲である当の二人だけでなく、互いの店の者達までが、激しくやり合うのであった。


賀矯の顔は一言で言えばのっぺらぼうである。目鼻立ちに印象があまりなく、中肉中背で、一回会うだけではまず記憶されないであろう容姿をしていた。しかし反対に、彼の声には特徴があり、一度でも彼の声を聞いたことがあるならば、決して忘れないであろう。

「私の店の者が、奠の近辺でその子供とあの李兄弟が一緒にいるのを見ております」

初老の男とは思えぬ女性のような甲高い声である。容姿を見ずに声だけを聞いた者は、賀矯の性別がどちらであるのか悩むであろう。口調は完全に男のものであるが、それを否定させるぐらい声質は女性的であったからだ。

「私の調べた限りでは、あの孝傑は京南の大賊である李兄弟と取引があるのです。いえ、はっきりと申し上げれば、李兄弟の後ろで彼らを操っているのが孝傑なのです」

近くで賀矯に耳を向ける苓紀子の表情は冴えない。

「私めの店の者も、何度か李兄弟に襲われたことがございますが、今から思えばそれらは孝傑の指示に違いありません。奴、奴めは、あろうことか、他の商人を賊に襲わせ、盗んだ物を売って、利益をあげているのです。許されるべきでは、ございません。即刻孝傑を、捕えるべきでございます」

途中から賀矯の声は感情的なっていた。目は憎悪でできているかのように底暗い光を放っている。苓紀子はまるでそんな賀矯の視線を避けるように、必要もないのに室内を行ったり来たりしていた。

馬鹿な事を言うわい――。

内心では賀矯を快く思っていない。苓紀子はどちらかというと孝傑よりであった。ただ、仕事柄どちらとも仲良くしなくてはならなかった。孝傑には主に情報面で世話になっており、賀矯には沢山の有力貴族がついている。二人の実力者は奠において既に商人という枠を乗り越え、司冦である苓紀子をも凌ぐ力を持っているのであった。

「司冦様、聞いておられますか。曖昧な対応ではなりませんぞ。あの少年を拷問にかけて、李兄弟と孝傑の隠れ家を吐かすのです」

「まあ、待たれよ。まだ小さな子供ではないか。拷問などせんでもよい。二、三日此処で過ごさせれば、自分から話し始めるだろう」

苣乎は奠内にある監獄に収容された。

「服を脱げ」

看守が威圧的な口調で言う。苣乎は言われた通りに服を脱ぐと、看守はいきなり苣乎を投げ倒し、首を掴んで無抵抗な少年を荒々しく押さえ込んだ。呻き声が苣乎の口から漏れた。

「どうした」

後ろで控えていた別の看守が寄ってきた。

「この餓鬼、懐に短刀を隠し持っていやがった。もう少しでやられるところだったぜ」

息荒く短刀を奪うと、看守は目に怒りを浮かべた。横たわる苣乎の小さな体が二度宙を飛ぶ。看守の強烈な蹴りが苣乎の腹部に食い込み、小さな体を床から押し上げたのである。

短刀は苣乎が李空と奠に向かっている最中に、弥が護身用にと苣乎に渡した物であった。奠に着いた後も、

「危険はまだ去っておりません。そのままお持ち下さい」

と、弥に言われた為に持っていたのである。まさかそれが苣乎の立場を悪くするなど、弥は思いもしなかったであろう。

監獄の外で待たされている弥は、彼には珍しく落ち着かない様子であった。燈県とも特に会話することなく、監獄の門から中を覗いてはやめ、辺りを意味もなく動き回っていた。

「弥よ。そう心配せんでよい。直ぐに誤解は解けよう」

「旦那様が李兄弟に誘拐されたと、すんなりと信じてくれるでしょうか。あの賀矯のことです。根も葉も無いことを司冦様に言うに違いありません」

「だから心配するな」

弥の肩に手を置いた燈県は、苓紀子が決して凡庸ではなく、賀矯の毒に侵されることなく公平な目で判断してくれるだろうと、自信満々に語った。

燈県殿は分かっておられぬ……。弥の心配は、燈県の知らぬ事実に起因している。

苣乎様は私の弟などではなく、昇王朝の血をひくお方なのだ。

もしそのことが露見しようなら、苣乎様のお命はない。心でそう呟いた弥は、次の瞬間はっとした。苣乎は孝傑や孝傑と密接に関わる者達にとって、紛れも無く危険な存在であった。何と言っても此処は、昇王朝に牙を剥いた雷楽らいらくの本拠地、奠であるからだ。既に雷楽が苣乎の行方を探しているかもしれない。弥は胃にきりきりと痛みを感じた。


大京がある帯振と奠がある茗の間にある地域を於湶よせんと言う。

於湶は帯振や茗より遥かに広大であるが、夏元最大の河川である大江たいこうを始め、夏江かこう来河らいがなどの大きな河が連なっており、実質的に人が暮らせる面積は大きくない。農業が生活の中心であるこの地方は人口も少なく、生活水準も高くない。ただ、夏元の首都である大京と、大商業都市である奠に挟まれている恩恵はしっかりと受けていた。於湶には河が流れている以外に、人も流れているのである。人の行き来は絶え間無く、於湶には多くの宿場が作られるようになった。

大江のほとりに、酔いの亭と言う大きな宿屋があった。規模は辺りで最大であり、大江を渡る為の舟も出していた。宿屋の主人であるとくは、今日も繁雑な仕事に追われていた。

「舟が足りないだと。えっとなんだ、あそこのを使えねえのか。あっ、いや、違う。だからさっきから言ってんだろ。とにかくちょっと待たせとけ」

今日はやけに忙しいなぁ。額から落ちる汗が目に入り、涜は思わず身をよじった。

忙しいったらありゃしねえ。今日は何だってんだ。使用人の少年が涜に近付いてきて、耳元で囁いた。

「俺に客だと。それはそうだろうよ。みんなが俺の客に違いねえ」

涜は余りの忙しさに、もう笑うしかないと、高らかな笑い声をあげた。

「違うだって。特別な人だから会った方がいいって。分かった、分かった。会えばいいんだな」

もうどうにでもなれとなっている涜は、今ある仕事を放りだし、案内をする少年の後についていった。

「あなた様は――」

来訪した人物を見て、涜の表情が一変した。商売人がよくする、あのにこやかな顔になったのである。

「これはこれは、よくお越し下さいました」

両手を揉みながらその男に近付くと、

「その格好はどうなさいましたか」

と、涜は男のぼろぼろの衣類に目を留めて聞いた。が、男はその質問には答えず、向こう岸まで渡りたい旨を伝えた。

「生憎今は舟を切らしておりまして、一刻ばかりお待ち頂かなければなりませんが……」

男は渋い笑みを浮かべて頷くと、

「水と食糧、それによく走る馬を頼みたい」

と言って、近くに腰を降ろした。

「分かりました。それで、どこに行かれるんですか」

男は疲れているのか、ゆっくりと目を閉じ、

「奠」

とだけ言うと、後は動かなくなった。

急がねば……。男は焦る気持ちを抑え、その態勢のままで一時の眠りについた。かなり疲れていたのか、男は回りの騒音にも全く反応せず、死んだように眠った。男が奠に到着するのは、これより三日後のことであった。

太陽は頂上に昇り切り、一日の中で一番暑い時間帯であった。今日は最近では最も暑い一日になるのであるが、此処酔いの亭には、河川から気持ちのよい春風が流れ込み、滞在客には過ごしやすい一日になるのであった。


苣乎は苓紀子の問いに、沈黙でしか答えられなかった。弥の出身地や両親の名前、いつから奠で住み、奠のどこで住んでいるのかなど、苣乎が答えられない事は多い。配下に任せず、自ら質問役を買って出た苓紀子は、段々と疑いの色を濃くしながらも、根気よく質問を続けた。

「賊と一緒にいるのを見たという者がいるが、まことか」

「はい。ですが理由があります」

苣乎はただ黙っていた訳ではない。話すべき内容を整理していたのだ。無言の少年が初めて口を開いたことに、苓紀子は眉間の皺を解いた。

「理由があると。では申してみよ」

苣乎はゆっくりと、慎重に言葉を選びながら話し始めた。苓紀子にはそれが子供らしいたどたどしさに感じたに違いない。

「孝傑様と奠に向かっていましたが、途中で、二、三十人の賊に囲まれました。孝傑様は、連れていかれて、私は、賊の一人と、此処までやって来ました。此処で言われた金を集めて、その一緒に来た賊の所に、持って行かなくては、なりません。どうか、兄の所に返して下さい」

苣乎の小さな頬に涙が流れた。演技ではない。張り詰めていた苣乎の心が、弥と離されたことで切れてしまったのである。孤独感が無防備な苣乎を襲う。誰かに助けて欲しかった。

「真実みには、欠ける話だが……」

腕組みをしながら、浮かぬ顔で苓紀子は言った。

目の前で懸命に訴える少年が、嘘を言っているようには思えないが、果たしてあの用心深い孝傑殿が、小さな子供と二人だけで危険な荒野を移動するだろうか、と苓紀子は訝った。どう判断したらいいか決めかねている苓紀子とは対照的に、苓紀子の後ろで血管を浮き立たせている賀矯は、茹蛸のように顔を赤くして、

「司冦様、信じてはなりませんぞ。なんて餓鬼だ。虚言で我々をおとしめるつもりですぞ」

この少年をおとしめようとしているのは、お前ではないか。苓紀子は心の中で舌打ちした。苓紀子は仮にも警察長官とも言える司冦の役職に身を置く者である。正義感は人一倍強い。悪い噂の絶えない賀矯に、良い印象を持てるはずがなかった。賀矯が口を挟めば挟むほど、苓紀子は苣乎に同情を寄せるのであった。

しかしそれとは別に、苣乎の持つ、さわやかで清々しい気塊が、苓紀子の心に少なからず影響を与えていたのも事実であった。

苓紀子は思う。両親の姓名すら答えない少年は、確かに疑わしい。が、話をする時の少年には、濁りのない清らかな水の流れのような純粋さがあると。

さて、どうしたものか……。苓紀子は深く息を吸い脳に酸素を送ると、腕組みをして考えた。

夜になり、苣乎は独房に容れられた。苓紀子は苣乎の無数の痣や傷痕を配慮し、、丁重に扱うよう配下に命令した。

「二、三日独房に容れて様子を見る。例え孝傑殿が少年の言うように賊に捕まっているとしても、もはや命は無かろう。奠周辺の警備を強化し、李兄弟を捕まえる方が先決である」

苓紀子は結局のところ、李兄弟と孝傑が繋がっているとは考えず、よって苣乎にはそれほどが興味がなかった。

要は本当に近くに李兄弟がいるかどうかであった。

「近くに李兄弟の一人が隠れておる。何としても見つけ出して捕らえよ」

配下にそう命令した苓紀子の鼻息は荒い。名のある賊を捕らえれば、名声が上がりその分出世も早い。苓紀子の全神経は、李空に向けられたのである。

苣乎は現世に忘れられたように、一人独房に放置された。看守はただ無言で食事を運ぶだけであり、苣乎は無という空間と戦うことでしか、自分の存在を確認することが出来なかった。

外では弥と燈県が額に汗を滲ませながら、懸命に苣乎の救出と金策とを模索していた。

「弥乎なら大丈夫だ。直ぐに釈放されるわい。それより時間がない。一回断られた所にも、もう一度頭をさげようではないか」

燈県の言葉に、弥は奥歯に物が挟まる思いであった。苣乎のことはもはやどうしようもなく、出来ること、則ち孝傑を救う為に金をかき集めるしか選択のしようがなかった。

でも――。弥は思う。苣乎を助けてやりたいと。苣乎の秘密が露見すれば、自分達にも危難が及ぶ。そういった保身だけでなく、もっと単純な、その人の為に何かしたいという思いが、弥の中に芽生え始めていたのではないだろうか。

苣乎様……。弥は苣乎について思いを馳せた。苣乎と過ごした時間は短いが、弥はしっかりと、人を引き付ける苣乎の魅力を感じ取っていたのである。


苣乎が奠に来て、三回目の夜を迎えようとしていた。苣乎の開放は失念され、李空の捜索の指揮に忙しい苓紀子は、弥の面会申し入れにも、もはや応じる気配すらなかった。それどころではないというのが苓紀子の意見であり、苣乎は現世との繋がりを絶たれたようなものであった。

独房は地下にあり、明かりも入らなければ風も吹かない。

昼と夜の日に二度、看守が炬を燈して食事を運んで来る。

苣乎はそれによって時が流れていることを知り、失いそうな五感を回復させた。

独房の中は無であり、無は実ではなく虚である。

虚の中で苣乎は実であり続けなくてはならなかった。活発な時期である少年時代にこのような体験をしたことは、苣乎を大きく成長させる要因になったかもしれない。しかし今の苣乎にとって、肉体的に辛いより精神的に辛いこの時間は、何にも増して耐え難かった。後に人々から尊敬を集めるまでに成長した苣乎はこう言った。

「少年時代に独房で過ごした時間は、私にとって最も辛い時間であったかもしれない。あの経験があったからこそ、私は今こうして此処にいられるのである」

独房生活は苣乎の胸に、忘れられない時間として刻まれたのだ。

看守が四回目の食事を持って来た。炬で照らされた苣乎の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。看守は、もう三日目だから無理もない、と同情を寄せたが、声まではかけなかった。が、食事は毎食残さず食べていた少年が、全く食べるそぶりを見せないことを心配し、

「おい、大丈夫か」

と、思わず声をかけた。苣乎は看守に背中を見せた。ほっといてほしい、と少年の背中が語ってるように思えた看守は、気にはなったが、食事を置いたままにして独房を後にした。

独房での四度目の食事は、李空との約束の朝が過ぎたことを意味していた。つまり、苣乎は孝傑を助けられなかったのである。李空と数日間行動を共にした苣乎は、李空の考え方が分かっているつもりであった。李空は苣乎が戻らなければ、身の危険を感じて逃げてしまうだろうと。

それは孝傑の死を確定させることであった。

ごめんなさい。やっぱり私には無理でした。私には……私には……。苣乎は大声で泣いた。有りったけの思いを、一気に吐き出すかのように。苣乎は涙が枯れるまで泣いた。喉が限界に達し声がでなくとも、苣乎は心の中で叫び続けた。

散々に泣いた後、苣乎は廃人のように動きを止めた。

実際に廃人と言っても差し障りがなかったであろう。看守はその後二度食事を運んだが、苣乎が死んでいるのではないかと思ったほどである。苣乎は食事にも一切手を出さず、ただそこにいるだけの存在になった。心配した看守が声をかけても、苣乎は何の反応も見せない。無の空間の中で、苣乎は無と同化したのである。


突然、苣乎は何者かに抱き寄せられた。はっとして現実に引き戻された苣乎は、とても懐かしく、そして温かい声を聞いた。枯れた筈の涙が目頭を熱くした。良く知った男の胸の中で、苣乎は貧るように男の身体にしがみついて泣いた。男はもう一度、苣乎の耳元で囁いた。

「苣乎様、もう安心して下さい。苣乎様にはこの孝傑がついておりますゆえ」

孝傑は両腕でしっかりと苣乎を包み込んだ。



これまで拙い文章を読んで頂きましてありがとうございます。次話は孝傑が奠に来れた謎の解明と、いよいよ各諸侯らによる戦が始まります。宜しければ続きも読んで下さい。

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