軍師躍動(二)
雷楽が各地に使者を出してから、二ヶ月が経とうとしていた。夏元全土で二十八ある州の内十七までは大京に入貢してきた。態度を示さぬ州が五つあり、六つの州が抗戦の意を表した。これは託岱が予想した構図とぴたりとあっている。
「兵二万を与える。早々に亦、部、范、斜を討て」
雷楽は託岱を将軍に任命し、夏元西部の征圧に乗り出そうとした。しかし、側近らから、
「今回のことで託岱殿に功があるのは分かりますが、兵二万を預けるというのは如何でしょうか」
と、反対意見が多数出た。軍事経験のない新参者にはせいぜい三千が妥当な数であり、足りない分は道中で手に入れろということであった。
「道中には広支や赫といった既に我が軍に服従した州もあります。それらの諸侯に援軍を出させましょう」
宰相の雷操にもそう言われると、雷楽は強行突破を諦め、託岱に発言を促すように視線を投げた。
「援軍は必要ございません。それに兵は三千で十分でございます。夏元統一に向けた第一歩でございます。我が軍のみで進軍し、いかに茗の兵が強いか、他州に見せる良い機会でございましょう」
そう言った託岱は、自信に溢れた声とは反対に、頭を低くした。これで審議は終了し、託岱は早速軍の編成に着手した。
「態度を示さぬ部と范はともかく、亦は一万、斜は五千の兵は出せよう。三千では勝負にならぬように思えるが、軍師殿は何か策がおありか」
出兵の要請に来た託岱に、超孟はそう言葉を返した。話の内容は生死を分ける重大なものである筈だが、超孟の表情や声は明るい。まるで軽い冗談を言うように口調は軽やかであった。
異例の昇進を遂げる託岱を妬む者は少なくない。出る杭は早めに打つ必要が、彼らにはあるのであろう。託岱が戦死してくれれば、好都合ということである。
「若輩の私が率いれる軍勢は三千が限度でございましょう。従っている諸侯は私にではなく我が君に従っておられるのですから、私の指揮下に入ることをよくは思わない筈です。統率のとれぬ大軍よりは統率のとれた小軍の方が戦えます」
三千という兵数は、託岱が事前に予測した数と同じである。小軍で大軍を打ち倒すことは、茗軍がいかに強いか、託岱がいかに優れた将軍であるかを、天下に示す良い機会でもあったのだ。
「どうやら意中に策ありのようですな。私の一千の兵をお預けしましょう。むろん私も出陣しよう」
他州が隣州との争いで兵を消耗している間、茗は兵を鍛え上げていた。戦争になれば茗兵は一人で三人を相手にすることができるであろう。託岱は屈強な茗兵の中から精鋭三千を選抜し、夏元西部へと出陣した。
夏元最西部の海に面した地域が亦である。亦を治めるのは諸侯唐司である。六十歳になった唐司は雷楽の謀反を知って、
「これで大義名分ができたわい」
と、喜色満面で独り呟いた。
唐司は雷楽の使者を前に自らを亦王と名乗り、謀反人である雷楽を撃つことを宣言して使者を殺した。雷楽への宣戦布告であった。亦は海で採れる塩によって、莫大な利益をあげていた。その為物資が豊富で、この時代には珍しい鉄の武具を揃えていた。隣接する斜とは現在同盟中であり、唐司は直ぐに斜に軍を要請した。
唐司の呼び掛けで集まった総勢二万の亦斜連合軍は、雷楽に降った綿壌の邑を襲いながら、東へと進軍していった。
大京を出発した三千は全て騎馬である。行軍速度が一日に八十里と言われる騎馬であるが、この軍は緩慢で一日に二十里しか進まなかった。託岱は数里進めば休憩させ、邑を見つければ食糧を補給して宴会に興じた。ただ、託岱が偵騎をかなりの速度で先行させていたのも事実であったが、兵らは知るよしもなかった。
鼻息荒く軍の見回りから戻った超羽は、託岱に軍紀の乱れを訴え、進軍速度を上げるよう迫った。
「途中で志願兵が加わり、我が軍は今で三千五百。志願兵の大半は徒歩であり、戦が初めての者も多い」
託岱の返答に超羽は納得できない。茗軍は精鋭揃いである。素人兵が幾ら加わろうと邪魔なだけである。そんなことも気付かない託岱もまた、初めての戦であることに気がつき、超羽はやる瀬なくなった。
超羽は父である超孟を訪ね、不平不満を爆発させた。父なら分かってくれる、そう思っていた超羽であったが、
「軍師殿が休めというならお前もそうしろ」
と、父の反応は冷たかった。
何たることか、これでは全滅してしまう。超羽は再び託岱に馬を並べた。
託岱は超羽の言を制し、軍を停止させた。
「よいか、我が軍の行軍は囮である。このままゆっくりと西へ進み、北から回って来る茗の主力軍一万と、南から回って来る菟軍五千とで、唐司軍を三方から挟み撃ちする」
と、託岱は一兵卒にも聞こえよう言い回った。
いつの間に……と唖然としている超羽に近づいた託岱は、耳元で、
「途中参加した志願兵で、軍を離れる者がいるか見届けよ。見つけても止めずともよい。が、直ぐに私に知らせよ」
と、小声で超羽にだけ聞こえるように言った。
翌朝になり、志願兵の中で姿を消した者達がでた。超羽は意味も分からないままに、託岱にそのことを報告した。
「超羽よ、途中から参加している志願兵には此処で置いていくことを伝え、騎馬三千にはこれより全速力で西進することを伝えよ」
託岱は超羽にそう言うと、自らも軍中を回り、兵士らに出発を促した。
精鋭である茗軍の中にも、これまでの雰囲気に呑まれ、緩慢な動きをする者も幾人かいた。託岱がその中の一人を軍律違反として処刑すると、場の雰囲気は一変した。元々が精鋭揃いである。もはや無駄口を叩く者はいない。託岱の指揮の元、茗軍は風の如く西走したのである。
亦の宰相乾丹の元に、茗軍に潜り込ました間者らが皆得意満面な顔で戻ってきた。
茗を出発した三千の騎兵は宴会三昧で戦意がなく、指揮する託岱は兵に休憩ばかり与える無能な将であると、間者らは見たままを報告した。さらに、実は主力一万が新たに茗を出発しており、菟軍五千と共に我が軍を挟撃する作戦である、と興奮を隠さずに告げた。
乾丹はそのことを唐司に報告する為に、直ぐに唐司の天幕に向かった。
「茗を出発した三千は囮であるか」
唐司は急報に胸を踊らせた。
「さようでございます。茗の主力は今頃苧支を疾走しております。菟軍五千も南の道を進んでおります。東征する我が軍を、恐らく西関盆地で挟撃する腹でございましょう」
「うむ。直ぐに準備を致せ。この戦で茗軍を完膚なきまでに打ち倒してくれよう」
唐司は二万の軍を三つに分けた。一万二千を北に、五千を南に出発させた。
「君がおります軍が三千では少々心許ないような気が致しますが」
「心配はいらん。西関盆地に堅固な陣を張り、陣中に我が軍の旗を有りったけ並べれば良い。敵は我が軍が三つに別れたのを知らぬから、たかだか三千で二万の軍には攻め込むまいよ」
茗軍の作戦は、北西南の三方から挟撃しようとするものである。
中央を進む三千は囮であり、南北からの援軍があって初めて突撃を開始するのである。
茗軍三千が援軍が現れぬのを知る頃には、南北で大勝した亦軍が戸惑う三千の茗軍を背後から襲う手筈であった。逃げ惑う茗兵の姿を想像し、連日唐司は上機嫌で宴会を催した。唐司はまさか茗軍三千が、予想を遥かに上回る速度で東進していようなど考えもしなかったのだ。この時点で既に勝敗は決していたと言えるだろう。
唐司率いる三千の中央軍は、見晴らしの良い平野に到着した。
明日には西関盆地に到着できる。夕日が赤々と大地を照らす中、勝利を祝う最後の宴会が催された。唐司軍は此処で野営することに決めたのであった。決戦は明日以降であり、その地は西関盆地であることに何の疑いも抱かなかった亦軍の陣は粗末なものであった。もし今夜敵に襲撃されれば、一たまりもないであろう。
音を起てず、一糸乱れぬ行軍をする軍影が、深夜の大地を走破していた。前方にほのかな明かりが見えた。野営している亦軍の炬火の明かりは、平坦な地でかなり遠くからでも発見することができた。
託岱は軍を自在に操った。
闇と同化させながら、亦軍に発見されないままに四方を取り囲んだ。超羽は分けが分からぬまま此処までついてきた。今回の託岱の行動に対して、多少なりとも不信感を抱いていたのも確かである。しかし、炬を点す亦の陣を迅速に取り囲む託岱の指揮振りは的確であり無駄がなく、超羽は託岱への疑念を打ち消すことになる。
託岱は自ら弓をとり、矢に火をつけた。それを合図に茗軍は一斉に矢に火をつける。大地がぱっと明るくなった。整然と立ち並ぶ明かりは、見る者を魅惑しただろう。
「射よ」
託岱は号令と共に火矢を放った。亦軍を取り囲む茗軍から三千本の火矢が飛んだ。託岱は素早く突撃の太鼓を叩いた。弓兵から騎兵に成り代わった茗軍三千は、気合いを入れる雄叫びをあげながら、ごうごうと燃え盛る亦軍に向かって矛を揃えて突撃した。
炎と煙に包まれた亦兵はたちまち大混乱に陥った。全く予期せぬ敵軍の襲撃に、亦兵は戦うことより逃げることを優先したのだ。慌てて逃げようとした者は茗軍の矛の餌食となり、何が起きているのか理解できずにいる者は茗兵の馬に跳ね飛ばされた。
襲撃開始から程なく、戦場に亦の君主唐司の首が転がった。討ち取ったのは双戈范である。
「唐司は死んだぞ」
双戈范は大地を揺るがす程の大声で叫んだ。茗兵は一斉に歓声をあげた。
「唐司は死んだぞ。降伏しろ」
主君を討たれ、混乱に拍車をかけた亦兵に、茗兵は降伏を促した。既に逃げ場を失い、敵兵が取り囲む中で四散する亦兵は、藁にも縋る思いであった。そこへ唐司の死である。亦兵は我先と降伏を願い出たのだ。奮戦を決意していた少数の亦兵も、味方の降伏を目の当たりにし、戦意を失い武器を置いた。
亦軍の死者は五百人にのぼり、残りは全て捕虜となった。一方茗軍は数十人の負傷者を出したが、死んだ者はいなった。
「大勝利でございます」
超羽は歓喜に身を震わせていた。
「超羽よ。唐司を討っただけでは、まだ勝敗は決していないぞ。何故今回の夜襲で敵陣を囲み込んだか分かるか」
託岱は大勝利の後でも表情を崩さない。超羽は託岱を尊敬の眼差しで見ている。
「よいか、この夜襲でただ一人の敵兵をも逃がさなかったことは、今後の戦に生きてくるのだ」
「今後の戦……でございますか」
「そうだ。今回の夜襲が、南北に布陣している亦軍に伝わることはない。明日には、現れることのない菟軍を待ち伏せしている南の亦軍の背後を襲う」
「菟軍は援軍に来ないのですか」
「菟軍も茗の援軍も幻よ。亦軍にとっては我が軍も幻であろう」
綿壌の君主である法克は、託岱が捕虜とした亦兵二千五百を快く引き受けた。
散々領内を荒らし回った亦兵を捕虜として引き渡すというのである。法克は小躍りするほど喜んだに違いない。身軽になった茗軍は、南方に布陣する亦軍五千の背後をつくべく出発した。昨夜の勝利で兵の士気は高い。軍内に作戦の全容が伝わると、さらなる勝利を確信した兵達は、意気揚々と馬の背に跨がった。
菟軍を林の中で待ち伏せして襲う計画の亦軍は、いつの間にか三方から火が迫っていることに気がついた。
「全軍林から出よ」
軍を預かる斜の君主崔巴は、火の手が見えない林の出口へと兵を誘導した。亦軍は動揺はしたものの、さしたる混乱もなく移動を開始した。亦軍にとって、そこは黄泉への入口となることも知らずに。この時点では敵が近くにいようなどとは思いもしなかったのである。
林の出口で待ち伏せしていた茗軍は、恰好の標的となった亦軍に向けて矢の雨を降らした。林から出て来た亦兵は、ばたばたと矢に倒れていく。後方からは火と煙が迫り、前方からは矢の雨である。進退窮まった亦兵の末路は死しかない。
亦軍の死者は七割にも及び、残りは負傷して動けないところを茗軍に捕獲された。茗軍は死者どころか、かすり傷を負った者さえいない。完勝であった。ちなみに敵将の崔巴は、全身に矢を浴びて戦死していた。
勢いに乗る茗軍は、休むことなく馬首を北に向けて出発した。圧勝に継ぐ圧勝で、兵に疲労感はなかった。
北上する茗軍は、視界に亦軍を捉らえた。
託岱は亦軍を前にして、目立つように唐司の首を亦軍の旗に括りつけた。
茗兵は託岱の命令通りに、唐司が既に死んだことを叫びながら突撃した。
奇襲を受けた亦軍は、相手の数さえ把握できない現況で、自分達の大将が既に討ち取られた事実を突き付けられたのである。
戦意喪失の亦軍一万二千は、もはや戦う集団では有り得なかった。亦兵は味方を押し退けるように、ちりじりになって逃げ出したのである。茗軍はばらばらに逃げる亦兵には目もくれず、大将である乾丹目掛けて直進した。乾丹は懸命に味方の逃亡を防ぎ、戦うよう呼び掛けたが、唐司の死で反乱が失敗に終わったと決め付けた兵らの心を動かすことはできなかった。
亦の宰相である乾丹は、猛進する超孟配下一千に踏み潰される形で戦死した。それを知った時、亦兵は完全に四散したのであった。
この茗軍三千が亦斜連合軍二万を敗った戦いを、西関の戦いと言う。西関の戦いで、託岱の名は世に知られることになる。天才軍師と呼ばれることになる男の、記念すべき第一戦であった。
託岱は亦の首都亦埜を占領し、そこを西方征圧の拠点とした。
託岱は手始めに、
「反乱の首謀者は死んだとはいえ、加担した者も当然罪に問わねばならぬ。しかし、今回我が軍に参加した者は、その罪が消えることになろう。また、働きによっては恩賞も得らるだろう」
と、そう宣言して亦と斜で兵を募集した。先の戦いで命を拾った惨敗兵が、続々と亦埜に集まってきた。西関の戦いで大勝利した託岱の名と、恩賞に釣られた者達も加わった託岱の軍は、実に一万八千にも膨れ上がったのであった。
託岱は茗に対して態度をはっきりさせなかった部と范に対し、その圧倒的な兵数で迫ったのである。勝機の見えない部と范は、直ぐに和睦の使者を出した。
「今更和睦もあるまい。降伏に参ったのであろう」
部と范の使者らはいずれも老齢な説客であったが、託岱は彼らの話には耳を貸さず、そう言い放ったのである。託岱の態度になすすべがなくなった使者は、無条件降伏を呑むしかなかった。
託岱は茗を出発してから僅か三ヶ月足らずで夏元西方を征圧したのであった。託岱はしばらくは亦埜に留まり、夏元西方の安定に尽力することになるのであった。託岱は、亦、斜、部、范の地を雷楽から授かり、西方一帯を治める亦王となったのである。