制服
昼過ぎ、小さな店舗に二時間ぶりの客が来た。初めて来る客だ。
ここでバイトするようになってまだ二ヶ月ちょっとしかたってないけど、利用する客は大体決まっていることが分かってきた。新しい客なんて滅多に来ない。その滅多が今だ。
「いらっしゃ」
「これ、お願いします」
特に急いでいる様子でもないのに、入ってきた20代前半くらいの女性は俺の挨拶にかぶせてそれを出してきた。カウンターの上に置かれたのは惣菜屋のロゴが印刷されたビニール袋で、中には事務員が着ているような制服が見えた。
「制服、ですか」
「そう」
取り出して見ると、紺色のベストに同じく紺色のスカート、社名などは入っていない、シンプルなデザインだった。
「あの」
彼女は前のめりになって俺の手元を見る。スカートだ。
「それ、中が破れてるんですけど」
「中?」
裏返して確かめてみると、確かに裾の近く、つるっとした布が破れている。何かにひっかけたのか、穴になっているが外からは分からない。
いっそ縫っちまえば良いのに。そう思いはしたけど口には出さない。
「私が支給された時からそうだったんで、気にしないでください」
彼女はそう言った。その顔が、笑っているようにも見えて、怒っているようにも見えて、俺はつい、見つめてしまった。
スカートが破れている。クリーニング中に破れた場合は賠償問題にもなるが、元々破れていたのならそれは店の責任じゃない。だが客が帰ったあとでそういう破れなんかを見つけたときは、最初から破れてましたよね、という確認の電話をする羽目になる。だから、今回みたいに先に言ってくれれば、こちらとしては助かる。助かるんだけれども。
「あの」
思ったよりもしっかり見つめていたみたいで、彼女は怪訝そうな顔になった。
「あ、すんません」
うちに来るのはやはり初めてだという彼女に、名前と連絡先を聞いて新規のデータを作る。
「仕上がり、いつになりますか」
レジから出てきた伝票に目を落とす。一週間後の日付が出ている。それを彼女に伝えると、少し安堵したようだった。
「急ぎますか」
そうでないことは何となく分かったけれど、敢えて聞いてみた。彼女は今日この店に来てからの一番の笑顔で笑った。
「いいえ」
そしてクローバーのモチーフが付いた財布から小銭を取り出す。500円玉と10円玉2枚を受け取る。
「仕上がりの日に取りに来られないかもしれないんですけど、大丈夫ですか」
「大丈夫です、しばらくは預かります」
「そう、良かった」
と、彼女は笑った。
最後に「お願いしますね」と付け加えて、彼女は店を出て行った。
今日は平日、制服だって仕事で使うんだろうに、一週間もかかって大丈夫なんだろうか、とか、もう一枚洗い替えがあるのかもしれないとか、彼女の制服を改めてチェックしながら考えた。
それでも、彼女は最後、笑いながら店を出て行ったのだから、きっとこの制服のクリーニングが早く仕上がることを、彼女は期待していなかったんだろう。むしろ、時間がかかってほしいとさえ思っていたのかもしれない。
「……ちゃんと、取りに来るかな」
彼女の笑顔を思い出して、俺は不安になった。
終。