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「おかえりなさいませ」
「・・・・おかえりなさいませ」
このところ、屋敷に戻るとハンナとともに例の少女も出迎えるようになっていた。
ハンナの子の服を着る少女は、一見少年にも見える出で立ちだ。
イージスには姉が一人いる。もう嫁に行ってしまった彼女の服もあったのだが、少女が拒否した。曰く、こんな高価なものはいただけない、と。
自分がなぜここにいるのか分からない。
そう言いながら、取り乱すこともなく、泣くこともなく、媚びうることもなく、淡々としている少女に、イージスはまだ疑いを消し切れていなかった。
マントだけハンナに預け、帯剣したまま屋敷に入る。少女が来てから、屋敷でも剣を預けることはない。部屋まで帯剣し、そのあとはナイフを常に身につけている。
(・・・・・次から次へと、面倒ばかり起きる)
正直、少女だけにかかりきりになれるほど、イージスは暇ではない。
巷では、精霊を使った事件が多発している。王宮術士たちと連携をして犯人を捜してはいるが、なかなか相手もしっぽをつかませない。
疲れていない、といえば嘘になる。
食事を終え、自室に戻ったイージスの耳に、控えめなノックの音が響いた。
「・・・・誰だ?」
「・・・・サエです。お茶をお持ちしました」
「・・・・入れ」
失礼します、といって入ってきた少女の手には、確かに茶器の乗った盆があった。
サイドテーブルの上に盆を置き、左手で紅茶をそそぐ姿をぼんやり見つめていた。
――――サエからすれば、一挙一動見張られているように感じたが。
右手に巻かれた包帯。その下には、ずいぶん古い傷跡がある。
(そういえば・・・・)
ふと、その包帯を見て思い出す。
窓から落ちたとき、彼女はとっさに右手を窓枠にかけてはいなかったか?
普段、彼女は食事の時も左手を使っていなかっただろうか?今も、茶器を持つのは左手だ。
利き手、というのは、矯正できなくはない。左利きを右利きに矯正する話はよく聞くし、両方使えるように訓練することも可能だ。事実、イージスは両方剣を使えるようにしてある。
しかし、いくら訓練しようとも、なにかの表紙にとっさに出るのは生来の利き手である。
ということは、あの状況で右手を出した彼女の利き手は、右であると言うことだ。
「・・・・・」
茶器を持ってくる彼女。仕事中だったイージスの手には、羽ペンが握られていた。
それは、確認だった。
茶器を机においた彼女が手を引く瞬間、イージスは手から羽ペンを落とす。
「あっ」
彼女がとっさにだしたのは右手で、けれど手のひらに落ちたそれをにうまく握りしめることができず、床に落ちる。
「す、すみません」
「いや、俺が落としたんだ」
左手で拾うその姿に、疑問は確信へと変わる。
右手に残る古い傷。それは、彼女に傷を刻んだだけでなく、その機能をも損なわせたらしい。
少女の手からペンを受け取り、イージスは仕事を再開する。
退出する少女の気配を感じながら―――――。