出会い2
先ほど一花がいた部屋とは別の一室に、彼らはいた。
「どういうつもりだ」
「どういうって、こういうつもりだよ」
そう言って紅茶を嗜む目の前の男に、イージスは不快感をあらわにする。
「何故あの娘を保護する必要がある」
「えっ?もしかして本当は斬りたかった?」
「・・・冗談でも、口にしていいことと悪いことがある」
「ごめん。今のは悪かったよ」
紅茶のカップを戻し、アルフォンスが顔を引き締める。
「彼女の言うことを、すべて信じることは出来ない。けれど、僕の名前を聞いてもなんの反応もないところを見ると、この国の事を知らない、という事は間違いない」
「・・・演技、だとは」
「それはない。演技するなら逆の演技だよ。僕の身分を知っていれば、哀れな少女を演じて取り入ろうとするはずだ。何せ、フロイライン王国の王子だ。取り入れば甘い蜜を吸い放題だ」
そう、アルフォンスはこの国の王子。上に王子と王女が一人ずついるとはいえ、皇位継承権第三位の身分は馬鹿に出来ない。たとえ、王位は継がない、継承権は放棄すると公言しているとしても、王の血を引いているというだけで、彼に群がる奴らは絶えない。
「それに・・・・」
「・・・・・なんだ」
珍しく歯切れの悪い彼の様子に、イージスは眉をひそめる。もっとも、鉄面皮と評される彼の表情の変化はごくわずかで、それを見つけられるのはごく少数に限られるのだが。
数瞬何か考えたあと、アルフォンスはもう一度紅茶で口を湿らせてから口を開いた。
「彼女の周りには精霊が溢れていた」
「・・・・精霊術師か」
「いや、彼女は僕の精霊が見えなかった」
「・・・・・どういうことだ」
この世界には、人の他に、精霊と呼ばれる種族が住んでいる。
火、風、水、土を基本にすべての自然を司っていて、その姿を見ることは出来ない。
いや、見ることの出来る人間もいる。
魔力を持つ人間。精霊と契約する資格を持つ人間だ。
目の前のアルフォンスも、精霊と契約した術師の一人だ。
「あれだけの精霊に好かれているのに、一欠片の魔力も感じない」
「術師ではないだけで、精霊に好かれている人間もいるだろう」
「確かに。でも、あれはそんなレベルじゃない。すまない、うまく言葉には出来ないんだけど、とにかく彼女への精霊の執着心は尋常じゃない。万が一、彼女の身に何かあったら・・・」
「どうなるんだ」
「・・・・分からない」
本当に、歯切れが悪い。深くなる眉間のしわに、アルフォンスは苦笑する。
「あまり、良くない事が起きそうな気がする。それだけしか言えない・・・」
「彼女は、何か知らないのか?」
「フレイが?う~ん、聞いてみてもいいけど・・・」
『彼女』とは、アルフォンスが契約している火の精霊のことだ。契約した精霊の名は、契約した本人にしか呼ぶことが出来ない。本当に、言葉に出来ないのだ。名を呼んだとしても、それは大気を揺らすことなく、音として響かない。故に、精霊の名は、契約者にしか発音することが出来ない。
アルフォンスが囁く。それに対する答えは、あいにくイージスには聞こえない。魔力があれば、精霊も見えるし、声も聞くことが出来るのだが。魔力のないイージスには、見えないし聞こえない。
(精霊に執着された少女、か)
思い出すのは笑みを浮かべた少女の顔。笑みを浮かべて、自分を斬れと言う少女。
その瞳の奥にあるのは死への渇望。その奥に、本当の思いがある気がして、じっと見つめた。
触れれば壊れてしまいそうで、儚く、触れられることを拒む少女。
(精霊、か)
「それは、どういうこと?」
「どうした?」
困惑した声が、思案にふけっていたイージスを引き戻す。困ったように何度か話しかけるアルフォンスに、イージスはただ待つしかない。
「う~ん、ノーコメントだって」
「・・・・・なんだ、それは」
意味が分からない。
「彼女の事を、知っているのかいないのか。彼女の正体はなんなのか。どれも言えないの一点張りで・・・・」
「それは、知っている、と取っていいんだな」
「・・・・好きなように解釈しろ、って」
「・・・・そうか」
どちらにしろ、分かったことが一つ。あの少女は精霊に深く絡んでいるということだ。
「あれ、もう行くの?」
「ああ、まだ仕事が残っている」
立ち上がったイージスに、アルフォンスが言う。
「任せたよ、お前の肩に、この世界の命運がかかっているんだ」
「・・・・冗談でも、口にしていいことと」
「分かってるって。とにかく、頑張ってくれよ」
どこまで本気なのか分からない王子の言葉に、イージスはため息を飲み込むのだった。
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「これで良かった?」
『良い方ではないのか?』
イージスの出て行った後の呟きに、女性の声が答える。
正確には性別はないらしいのだが、姿が女性に近い姿をしているので、アルフォンスは勝手に女性として扱っているのだ。
「これで、とりあえずあの子に対する物理的な危険はなくなると思うよ」
『今は、それで十分だ』
「妬けるね。そんなにあの子の事が大事?」
『・・・・・世界が、必要としている御方だ』
(世界、ね)
自分と契約していて、自分の命を聞くはずの彼女が、拒んだ命令。それが、少々面白くない。が、あの少女の正体に興味が湧いたのも事実だ。
精霊にここまで愛される少女、とは。
「君は、僕が必要?」
『・・・・・契約しているのだ。当然だろう』
「違うよ、僕が聞きたいのはそういうことじゃない」
『契約以外で、お前は私が必要なのか?』
おそらく彼女には理解できないだろう。自分が何故、彼女の願いを聞いたのか、を。
「必要だよ。理由は、秘密だけど」
『それは、さっきの仕返しのつもりか』
「さあね」
のどの奥で笑いながら、アルフォンスは残りの紅茶を飲み干すのだった。