プロローグ 2
自分で言うのもなんだが、想像の範疇を超えた出来事に遭遇した際、取り乱し、泣き叫ぶ己の姿というものは想像出来ない。
感情の起伏がないわけではないが、それを表に出すほど素直ではないと思う。だから、この状況でも冷静に我を保っていられるのだと思う。
「こいつの命が惜しければ、剣を捨てろ!!」
正直、理性と一緒に意識を飛ばしてしまえたらと、切に願う。
物騒な台詞とともに、首筋にナイフのような刃物を押しつける背後の男。
(誰か、この状況を説明してくれないかしら)
何故自分はここにいて、見知らぬ男に羽交い締めにされ、生命の危機にさらされねばならないのか。
(・・・・そもそも、私、死んだんじゃあなかったかしら?)
確かに大型トラックが眼前に迫っていた。避けることなど出来ないほどに。
なのに、男が締め付ける首は苦しいし、刃物の冷たさも感じる。心臓が動いているから息も出来るわけで、だからこうしていろいろと思考を巡らすことも出来る。故に、今の自分は生きていると言える。
ことり、と首を傾げそうになって、首筋の刃物を思い出しやめる。
「無駄な抵抗はやめろ」
「うるさい!!黙って言うことを聞け!!こいつがどうなってもいいのか?」
傍目には混乱しているようには見えない一花を挟んで対峙する二人。興奮する背後の男とは対照的に、目の前の男は冷静沈着。眉一つ動かさないで、剣を正面に構えている。
背の一房だけが伸ばされた髪は濃紺。鋭利な刃物を思わせる切れ長の瞳は、淡い蒼。すっと通った鼻梁に、彼のストイックさを現すような薄い唇。鍛え抜かれた体躯に纏うのは、物語に出てくる騎士のような衣。構えた剣は、西洋風の両刃のもの。まさに、騎士そのものといった美丈夫だ。
力量の差は、素人目からみても歴然だ。確実に、目の前の彼の方が上手だ。本気になれば、自分ごと背後の男を切るだろう。むしろ、全然自分と関わりのない一花を守る理由がないのだから、二人まとめて切り捨ててしまった方がずっと簡単だ。
しかし、目の前の彼はそうしない。
一花がどこの誰なのか分からないから、手を出しあぐねているのだろうか。
(ここは、天国?それとも、ここでもう一度死なないと、天国に行けないのかしら?)
すでに死んでいる身なので今更切られても同じはず。ならば、目の前の彼の重荷になることは避けるべきだ。死してなお、他人に迷惑をかけるのは本意ではない。むしろ、生前から極力他人との関わりを絶ってきた自分だ。最後の最後に関わるのは絶対に避けねばならない。
あとから考えれば、冷静なようでいて、かなりぶっとんだ考えをしていたのだが、この時の一花にとって、これが最善策で、最も理にかなったものだったのだ。
「あの・・・・・」
「!!何だっ!!」
突然口を開いた人質に、興奮しているのに律儀に答える男。一触即発の緊張感に、微妙な空気が流れる。
「非常に申し上げにくいのですが、私に人質の価値はないと思います」
「価値はある。おまえの身分ではなく、おまえが生きている人間である時点で」
日本人の特技である、曖昧な笑みを浮かべて告げた言葉に、やはり律儀に男が答える。その間も、目の前の男が切り込んでこないところを見ると、そこそこの実力はあるようだ。
そうなると、一花を助けるために斬りかかってこないという仮定は正しいようだ。
「・・・そうですか。では、騎士様。どうぞ遠慮なしに私ごとお切りください」
「・・・何?」
今まで一ミリも変化のなかった表情に、初めて変化が起きた。眉間にわずかにしわが寄ったのだ。よく見ていなければ分からない、些細な変化である。
一花の言葉に、怪訝そうに眉をひそめた騎士。そして、にっこりと笑ってとんでもない発言をする一花。
「私、もう死んでますから」
「は?おまえ、何言ってるんだ!!」
「・・・・・・・」
本当に、後から考えれば考えるほど、気違いとしか思えない自分の言動に、よく助ける気になったものだと思う。
「もう死んでいるのですから、今更斬られても関係ありません。それに、死人を斬ってはいけないという法もないでしょうから」
それに、彼ほど美しい青年に斬られるのなら、トラックに轢かれて死ぬより、ずっといいと思ったから。
「さあ、どうぞ遠慮しないで下さい」
満面の笑みでそう告げる一花。次に目が覚めるのは、天国であると信じて、そっと瞳を閉じるのだった――――――。
とりあえず投稿。続きは、鋭意執筆中です。