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9

 階下に降りたイージスたちは、騎士たちの訓練場に向かった。


「団長!!すみません!!」

「どうした?」


 と、そこにずぶ濡れの騎士が足を引きずりながら現れた。


「団長のとこの坊主が、井戸の精霊に・・・」

「・・・・行くぞ」


 最後まで聞かずとも、何か起きていることは察することができた。屋敷でのアルフォンスの言葉もある。彼女は異様に精霊に好かれる体質なのだ。


「イージス!!」

「井戸だ」


 さらに奥からアルフォンスが駆けてくる姿が目に入った。名を呼ばれ、返事の代わりに少女の居場所を応えれば、すぐに理解したのか同じ方向に走り出した。


「何が起きた」

「分からない。フレイが、彼女が危ないって言うから慌ててきたんだよ」


 並走したところで問えば、困ったように眉を下げながらアルフォンスが答える。


(また精霊、か)


 彼女だけではない。今、城下でも精霊を使った事件が起きている。


 並走する二人のさらに後ろにベルツが続く。


「なっ!!」

「まさか、ここまでとは・・・・」


 そこには、想像を絶する光景が広がっていた。


 井戸からのびる水の柱。その先は、丸い球体になっており、まるで茎の先に膨らむ蕾のようにみえる。


 その蕾の真ん中に、少女はいた。


 何かに耐えるように耳を押え、苦しげに顔をゆがめ、胎児のように丸くなった少女が。


「・・・・・っ」


 水の中に手を入れようと球体に触れてみるが、拒絶されるかのように押し返される。


「アル!!」

「分かってる!!」


 いくら水の精霊に好かれているとはいえ、彼女は人間だ。水の中に囚われ、息が出来るはずがない。


(届くか!!)


「・・・・我右手に具現化せよ、紅蓮の炎、今、我が示す先に舞え」

「・・・・・」


 アルフォンスの詠唱を背に聞きながら、球体を見つめる。


「フレイム・アロー」


 その手から放たれた炎の矢が、水面を打つ。その瞬間、蒸発した水が水蒸気となって視界を遮る。


 が、その一瞬の隙に、イージスは足を踏み出す。炎の衝撃で歪んだ球体に、手を突っ込む。


 あと少し、というところで、球体を再生させはじめた水に弾き出される。


「アル!!」

「大丈夫、もう打てるよ!!」


 すでに第2の矢を手に宿したアルフォンス。ずぶ濡れになったイージスも、再び球体を見つめる。


 水の中の少女は限界が近いのか、一層その表情を歪める。


(間に合うか!!)


 焦るイージスの耳に、聞いたことのない声が響く。


『名を、名を呼んでください!!』


(誰だ?)


 その声が誰か、ということより、その内容にハッとした。


「サエ!!手を伸ばせ!!」


 少女の意識があるうちに、こちらに手を伸ばしてくれれば引っ張り出せる。


「サエ!!」

「フレイム・アロー」


 もう一度、飛んできた矢が水面を打つ。


 再び歪んだ球体と、立ち上る水蒸気。構わず、イージスは水の中に手を伸ばす。


 その時、ふと頭によぎったのは少女に出会った時のこと。


『サエキ?珍しい名前だね。君の国では一般的な名前なの?』

『・・・・そうですね。珍しくはありません』


 他国には、名ではなく姓を先に名乗る国もあるという。


 彼女は、一度もサエキが名前(・・)だとは言わなかった。


 確信があるわけではない。けれど、あの声は名を呼べ(・・・・)と言った。しかし、今まで彼女の名前だと思っていたものが違うとすれば、彼女が反応しない理由もわかる。


 後になって思えば、どうしてその時そう考えたのか、なぜすんなりと謎の声を信用してしまったのか、イージス自身もわからなかった。


 けれど、名を呼ばなければ、という強い思いがあったのは事実だ。


「イチカ!!」


 一瞬、ほんの一瞬少女が動いた気がした。


 けれど、また水がイージスをはじく。


「もう一度!!」

「了解」


 3本目の矢が、アルフォンスの手に宿る。


「イチカ!!」


 少女の瞳が、開いたように見えた。


「フレイム・アロー」


 水面を打つ炎越しに、少女が手を伸ばしたのが見えた。


 その手を取ろうと手だけでなく、今度は上半身まで水の中に入り込む。


 あと少し、というところで少女の手が止まる。


 ―――――与えられるもの以上を望まないどころか、与えられるものすら拒もうとする少女。


 この数週間で見て来た少女の姿が、今の少女と重なる。


(・・・・ちっ)


 馬鹿な少女だ。


 人間は、欲の塊なのだ。自分のために他者を蹴落とせる存在なのに。自分の利益のために、他者を利用できる存在なのに。


 彼女は何もしない。


 手も伸ばさない。足も踏み出さない。言葉すら吐かない。


 こんな時くらい、他者に縋ってもいいというのに。


 その手を拒むことで、彼女によいことなど何もないというのに。


 今まで彼女に感じていた苛立ちの正体を、垣間見た気がした。


 その苛立ちのまま、イージスは強引に少女の手を取る。


「・・・・・っは!!」

「イージス!!」


 そのまま力に任せて引き抜けば、思っていた以上に軽い力で引き抜くことができた。。水の球は、少女が出た瞬間に弾け飛んだ。


 腕の中でぐったりとする少女を抱きながら、イージスは深く息を吸い込んだのだった。

 



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