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「嬢ちゃんを連れてきたぞ」
「ああ、ご苦労だったんな」
部屋に入るなり声をかけてきた部下に、イージスもすぐに答えを返す。
長身のイージスよりもなお高い背をもち、よりがっしりとした体躯を持つ彼は、イージスの腹心にして屋敷の使用人の息子、ベルツだ。
彼に頼んだのは、屋敷に最近居候としてやってきた少女をこの騎士棟に案内すること。ハンナに頼んで城に小包を届けるように少女を城に来させ、ベルツにここまで案内するように頼んだのだ。
「ホントに小さいんだな。今度抱き上げる練習に付き合ってほしいくらいだ!!」
「・・・・・好きにすればいい」
「ああ、でも急に抱き上げたら、泣いてしまうだろうか?」
ベルツは新婚だ。しかも、子どもが妻のお腹に宿っている。
「子供というのは小さいんだな!!加減を間違えないようにしないと、恐ろしくて手も握れん!!」
むしろ、その体の大きさに子どもは恐怖するだろう。
ベルツの中で、少女はいくつの子どもになっているのだろうか。
ぬるくなった空気を引き締めるように、イージスは窓辺に寄る。2階にあるこの執務室からは、騎士棟の訓練場がよく見えるのだ。
同じように横に来たベルツと共に、窓から下を見下ろす。
そこにはベルツが置いてきた少女が、どうしようかと途方に暮れているわけでもなく、これ幸いとばかりに城内に足を向けるでもなく、騎士たちの間を右往左往する姿があった。
「ん?なにしてんだ、あの嬢ちゃん?」
どうやら応急手当てをしてまわっているらしい。小包を放置するわけにも行かず、呼ばれれば断るわけにもいかず、救急箱と小包の両方を抱え、あちらこちらへと走り回っていた。
(・・・・・・)
これは、ある種の試験でもあった。
自分がどこから来たかわからない少女。彼女を、全面的に信用するには少々情報がなさすぎる。けれど、彼女から情報を引き出すのも難しそうだった。
ならば、彼女が信用できる人間であるかをどうにかして確かめなければいけない。
あのスカーフは、身分を証明する役割もあるが、少女がなにか問題を起こした場合の責任がイージスに来るものでもある。
そこで、彼女をこの城に呼んでみることにしたのだ。
あのスカーフがあれば、この城に簡単に入れる。しかも、イージスの色は有名だ。止められることはあり得ない。
そこで、彼女がスパイのような動きをすれば、彼女が他国からの諜報員である可能性は増す。
が、どうやらそういう心配はなさそうだ。
『イージスも悪趣味なことするね』
この計画を告げた時、アルフォンスに言われた言葉を思い出した。
『まあ、仕方のないことだと、僕は理解しているけどね』
イージスはこの国の騎士だ。この国を脅かす存在を、見過ごすわけにはいかない。
窓から見える彼女の様子は、ハンナからの報告通りだと言えた。
『あの子は働き者ですよ。むしろ働きすぎるくらいです。言われたことはきちんとやるし、文句も言わない。与えられる以上のものも望まない、欲がないというか、なんだか一歩引いた感じですかね』
そういってハンナは眉尻を下げていた。
しばらくそうして彼女が動くのを見ていたが、特に一人の騎士と長くしゃべるわけでもなく、次々と打ちのめされる騎士の手当てに奔走していた。何か探りを入れるかとも思ったが、どうやら杞憂のようだ。
「いつまでほっとくんだ?」
「・・・・・・」
ベルツの言葉に、イージスは窓際から離れる。
「予想通りの行動だったんだろ?」
「・・・・・」
「母さんが太鼓判押してるんだ、悪いやつなわけないだろ?」
そういって豪快に笑うベルツ。ついでに肩を叩かれ、イージスは眉間にしわが寄るのを感じた。
「さて、嬢ちゃんを回収しに行くかね」
「ああ」
まだ完全に疑いがはれたわけではない。が、今日はこれ以上の収穫もないだろう。イージスはベルツを連れて執務室を後にした――――――。