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「お城へ?」

「そうなのよ。これを坊ちゃんに届けてほしいんだよ」


 そういって渡されたのは、茶色い小包。


(坊ちゃんって、あの人よね・・・・)


 異世界での初めてのおつかい。場所も場所だが、相手も相手なので正直気が引ける。


「今日は私も旦那も忙しくてね。手が離せないんだよ」

「いえ、私でよければ行ってきます!!」

「そうかい!!助かるよ!!」


 そんな心情はいっさい見せないところがイチカである。いつも通り笑顔を浮かべて快諾する。


 そのまま、城への行き方を聞き、どこに目的の人物がいるかを聞く。


 行きは、ハンナの息子が仕入れのついでに城まで送ってくれるらしい。帰りは、誰かが騎士の人が送ってくれるだろうとのこと。


「最近物騒な事件が起きているらしいからね、気をつけるんだよ!!」

「はい。行ってきます」


 身支度らしい身支度も必要ないので、さっさと準備して出かける。


「よろしくお願いします」

「・・・よろしく」


 ハンナの息子であるトマス。


 イチカより30㎝は大きい身長に、がっしりとした体躯。ハンナと同じ栗色の髪に、栗色の瞳を持つ青年だ。


 彼は庭師をしていて、屋敷の庭を管理しているのだ。


(・・・・年下かしら?)


 見た目で年齢を判断す出来ないので、なんとも言えないが、確か上にもう一人息子がいると言っていたから、多分年下だと思う。


「・・・・揺れるから、気を付けて」

「はい」


 寡黙な青年と、特に会話もしないまま、イチカは城へとゆくのだった―――――――。




 

 そして城に着いたイチカ。しかし、現在の状況はあまりよくはない。


「坊主、こっちも頼む」

「はい!!」

「次はこっちも」

「はい!!」


 お使いの目的である小包を持ち、目的の場所までやってきたのに、目的の人物に会えていない。しかも、なぜかお手伝いとしてつかわれてしまっているこの現状。


 小包と応急手当の入った救急箱を抱えるように両手で持ち、汗だくで倒れる騎士たちの間を右往左往する。


(もう、あの人どこにいったのよ!!)


 イチカをここまで案内してくれた騎士は、なんとハンナのもう一人の息子だった。屋敷の庭師である弟よりもさらに高い身長と、さらにがっしりした体。目と髪の色が同じで、どことなく顔立ちが似てなければ兄弟には見えないだろう。熊のような男だった。


 その彼が、イチカを門で拾いここまで連れてきてくれたのだが、用事があると言ってどこかにいってしまったのだ。待っているように言われたイチカだが、ただ何もせずに時間を過ごすのが苦手なので、ついつい訓練中の騎士の怪我の手当てをしてしまったのだ。


 そして、今の状況に陥るのである。


(しかも、みんな性別間違えてるし・・・)


 男の子の服を着て、髪も短いから仕方ないとはいえ、ちょっとショックである。


「ううっ、いってぇ~」

「消毒しますから、我慢してください」


 剣の稽古だと思う。本物の剣ではなく、木の棒のようなものを手にしているが、たぶん木刀のようなものだと思う。騎士たちの年齢も若そうだし、多分下の方の騎士たちの訓練だろう。上官であろう騎士に、いいように遊ばれているようだ。ときに剣を放られ、ときに突かれ、ときに地に沈められる。打撲に擦り傷のオンパレードだ。


 がむしゃらに、目的に突き進む彼らの姿は、とてもまぶしく見える。


 自分の理想の姿に向かって、望む未来に向かってひた走る姿は、誰でも輝いていると思う。


(・・・・すごい、な)


 その輝きが眩しすぎて、イチカには少し居心地が悪い。


「すまん、こっちも頼む」

「はい!!」


 一瞬、感情が出そうになった。けれど、それを隠すことも、イチカにはもう慣れたことだ。


 それに、体を動かしていれば、余分なことを考えずに済む。


 次に向かった騎士の怪我は、少し深いものだった。


「これは、一度洗い流した方がいいかもしれません」

「ちょうど手をついた先に石があったみたいでな」


 その騎士は、手首と肘の間に一筋の切り傷を負っていた。運悪く、倒れた拍子に肘をつき、そこにたまたまあったとがった石で切り裂いてしまったようだ。


「近くに井戸がある。悪いが、そこまで手を貸してくれないか?」

「はい。大丈夫です」


 足も捻っているらしい。びっこを引く彼の杖がわりになりながら、彼のいう井戸までむかう。


「・・・・・井戸??」


 そこにあったのは、見たことのある形をした井戸らしい(・・・)ものだった。


 形は井戸の形なのに、水がこんこんと湧き出ており、あとからあとからあふれては地面に吸い込まれていく。鶴瓶が本来はあっただろうに、それは取り払われたのか水をくむためのものがいっさいない。


 井戸の形をした噴水、という表現がぴったりかもしれない。


「ここは割と高位の水の精霊が住み着いたみたいでね。年中水があふれるようになったんだ」


 精霊がいるといわれる世界に来ながら、今までそれを目の当たりにすることがなかったイチカにとって、これが初めての精霊というものとの出会いだった。


「すまないが、もう少し近くまで連れて行ってくれるかい?」

「は、はい」


 ただの水、けれど精霊が宿る水。


『会いたかった!!』

『どうして人間になってるの??』

『わぁい!!』

『一緒にあそぼ』


(えっ?)


 子どものように高い声と、男性のように低い声と、老人のようにしわがれた声と、幾重もの声が重なって聞こえる。


(あの時と、同じ声?)


 違う。あの時と同じように耳を打つのに、あの時と同じ声じゃない。


「誰?誰なの?」


 思わず聞き返していた。


『誰かって?』

『私たちは水の精』

『人は精霊って呼ぶの!!』

『――――様と一緒!!』


(精霊?)

 

「???どうした・・・・っ!!」

「きゃっ!!」


 騎士の声が、激しい水の音に遮られた。


 同時に、井戸から水の柱がたち、まるで意志をもった巨大な手のように、イチカに向かって伸びてきた。


(捕まる!!)


 とっさに騎士が手を引いてくれたが、水の力は強かった。あっという間にイチカたちを包み、イチカだけを捕まえてしまった。


(・・・息が!!)


 とっさに口を押え、息が漏れないようにふたをする。


「おい、待ってろ!!今、術師を呼んでるからな!!」


 騎士の声が、水を通してくぐもって聞こえる。


 けれど、それよりもイチカの耳には無数の声が響いていて、騎士の声がかき消されていた。


『どうして人間といるの?』

『人間、嫌い?』

『好き?』

『どうしてここにいるの?』

『遊ぼう!!』


 子供の声で、大人の声で、甲高い声で、低い声で、いろいろな声がイチカの耳に響く。


(なにこれ、何なの?何?)


 気づけば、口を塞いでいた手で耳を塞いでいた。それでも聞こえる声に、イチカはパニック状態になっていた。


(誰?やめて、うるさい・・・・・耳が痛い・・・・頭が)


『私は好き!!』

『僕は嫌い』

『精霊は、人が好き?』

『精霊は、人が嫌い?』


(やめて、やめて!!うるさい!!)


 耳を塞いでも、止まない声の嵐。言葉の内容なんて理解できない。ただの騒音が、イチカの耳を打つ。


『―――様、前と違う?』

『ホント、違う?』

『―――様?』

『違う?人間?』

『どっち?』


(お願い・・・・もうやめて・・・)


 イチカの限界が近かった。


(・・・誰か、助けて・・・)


「イチカ!!」


 騒音の中で、他に何も聞こえないと思っていたのに、聞こえた自分を呼ぶ声。


「イチカ!!」


 知らず閉じていた目を開けば、揺れる水面越しに見える誰かの手。


 伸ばしかけた手が、一瞬止まる。


 暗い過去の記憶が、イチカの手を止める。


 鎖のように体に巻き付いて、離さない過去の記憶。


(・・・・掴めない、掴んじゃいけない)


 心の中で助けを呼びながら、その手を取れない自分に、イチカは絶望した。その瞬間、肺の中の最後の空気が口からもれる。


「っ・・・・」


 力と共に、意識も失いかけたイチカの手を、誰かの手が包み、その体を引き寄せたのだった。

 


 




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