悪と正義の紙一重
俺は牢獄の中で思った。
世の中で俺は『悪』として認識されているのだろう
きっと、俺を捕まえたあの警察官は『正義』として慕われているのだろう
『悪』の俺に擁護してくれる仲間はいない
『正義』のあいつに味方する奴らはアリの数より多い
それに今更文句をつけるつもりはない
俺は冤罪などでもなく、ちゃんとした犯罪者なのだから
でもいつから考えるようになったのだろう
本当の『悪』とはなんなのだろう
本当の『正義』とはなんなのだろう
俺はこれからそれを探す旅に出ようと思う
囚人服に身を包んだ仲間達に別れの言葉を言い俺は牢獄を出る
あとで罰せられるかもしれない
あとで刑罰が重くなるかもしれない
でも、そんなんで抑えられるほど俺の好奇心は弱くない
前々から準備していた。
今日この日のために
なんで脱出しようと思っていたのかはわからない
ただ、自分の持っている『悪』やら『正義』やらの答え合わせをしたかったような
この胸の痛みを取り払ってくれる人がいたような
「久々のシャバの空気はうまいねー」
俺は深呼吸をしながらそう思った。
「にしても脱出だけならこんな簡単にできるのね」
人生でおそらく最初で最後の試み
俺は罪悪感とともに少しだけの高揚感を持ってこの作戦を実行した。
一体どんな試練が待っているのだろうと、
でも、看守たちも雑談をしている上、看守そのものの数が少ないため、逃げ出すのは意外にも容易だった
でもなんでこの監獄から人が逃げないかって?
「あっちは断崖絶壁で、あっちは海か、、、」
知ってはいたし、何回か外に出されたときに見たことはあるんだが、『脱獄するぞ!』という意気込みを胸にこの景色をみると少しげんなりしてくる
この監獄自体が森の中にあり、少し北に行くと海、少し南にいくと崖、それ以外に行くと警備に見つかる
実際に何度か仲間が実行しようとしてきたが、直前で気が引けて戻ってくることが多かった。
でも今回の俺は他のやつらとは一味違う
右手に握っているのはロープ。左手にはゴーグルを持っている
ちなみにこれらは刑務所の作業中に材料をこっそり盗んで、俺とジョンが作った自作ものだ
「これを胴体に巻きつけてっと、」
俺は何度もシミュレーションしたように、胴体にロープを巻きつけ、もう片方を木にくくりつけてゆっくりと崖を降って行くことに。
この崖を降って、再び登れば、俺のミッションは達成となる
ゆっくりと、ゆっくりと枝が折れないように降りていく。
しばらく続けていると、自分の体に少し衝撃が走った。
「ん?なんだ?」
これ以上はどう頑張っても下にいけない。まだ地面まで20メートルはあるというのに
視線をロープを伝いみると、ロープがピンと張っているではないか
ー 長さ、、、足りなかった、、、か、、
作戦変更だ
崖がダメなら海に行けばいい
俺は自作のゴーグルを装着し、勢いよく海にダイブする
すると、ゴボゴボという音を立てて、ゴーグルの中に水が入ってくるではないか
「なんで?!ジョンが着けたときはこうならなかった、、、」
これ、俺がジョンの頭につけながら作業したからジョンサイズだ、、
調節機能なんて便利機能は自作の為備え付けられていない
「ふー」
俺は再び息を大きく吸ったあと、
「よし、帰ろう」
そう思い、牢屋の脱出口に向かおうとしたところ
遠くの方から大きな音がした
まるで、メディアが自分の家の扉を叩いてくるような
ドンッ、ドンッという感じの音が
砂浜で呆然と立ち尽くしていると
「あれ?なんでこんなとこまで海水が?」
先ほど帰るために少しだけ陸の方へ歩いたと思っていたが、足元に海水が当たる感覚がした
まあいい、干潮満潮とか色々あるんだろ
そう思い、脱出口の方へと戻る
「ジョン〜〜やっぱ無理だったよ、、ってジョン?」
牢屋に戻ったはずなのだが、ジョンの姿がない
ていうか他のみんなの姿もない
よくみると、牢屋の鍵が空いている
ー まさか、全員正面から脱出したのか?!
そう思い、俺も牢屋から出て(ちゃんとした出口から)入り口の方まで出た
「看守たちもいない?」
そこには看守たちの姿もなく、俺は再び呆然と立ち尽くした
「おーい。みんなーー。看守の人たちもーー脱出しちゃうぞーーー」
そう声をかけるが返事が返ってくることはない
一体どうなってるんだ?
ぴちゃ
そんな音を立てて俺の足元が濡れる感覚がつたわってくる
なんだこの水?匂いを嗅いでみると、
「海水?!」
舐めて確認するが間違いない
これは海水だ
なんで!?
考える暇もなく、ドアを何かが突き破る音がした
看守たちが怒ってぶち壊したのだと思っていたがどうやら違うようだ
今思うと看守の方がよかったのかもしれない
俺を、この監獄を襲ったのは
「つ、津波だ」
海水によって扉が壊され、海の方が良く見える
何メートルなんか考える余裕はなかった
でも直感することはできた
ー 死ぬ
走って逃げようにも足が動かない
心臓の音が耳元で聞こえるように感じるほど鼓動が激しくなる
呼吸がうまくできない
もたもたしているうちに、再びドン!という音とともに、今度は強い衝撃が俺を襲う
地震だ
震度は5強ほどだろうか
いや、そんなの考えてる暇などなかった
「にげ、逃げないと、死ぬ、」
脳はわかっていても、心がわかっていても体がいうことを聞いてくれるとは限らない
俺は、その日、津波という災害に飲み込まれた
目が覚めると、暖かい太陽の下で、俺は仰向けになっていた
あたりは南国のような雰囲気に包まれていたため、一瞬天国に行ったのかと思ったが、
ー 俺は生きてる、のか
戸惑いつつもあたりをぐるっと見渡す
人工物のようなものも見当たらない
あるのは貝殻が波によって擦れる音と、さざなみの音だけ
どうやらここは人の手の入っていない島、無人島と推測できる
「無人」なのかを証明する手立てはないのだが、
「ちょっくら周り見てくるか」
何分くらい歩いたのかはわからない
下手したら何時間なのかもしれない
しかし俺はここがどこなのかを知ることはできなかった
ふと休憩がてらに大岩に座るとそこには石で引っかかれてできた文字があった
丸みを帯びた感じから女性のものだと推測される
『20◯◯年 8月4日 知らない島に漂流』
それにこれは本日の日付と一致する
どうやら俺の他にも漂流したものがいたらしい
その先をいくと、黒い髪を肩まで伸ばした女性が海岸を眺めていた
そばまで行って話しかけてみよう
「あなたも津波のせいで?」
声が聞こえると同時にすごい勢いで俺の顔を見るためか振り返ってくる
すると戸惑いつつも
「ええ。そうよ。砂浜で読書をしていたはずなんだけどいつの間にか眠っちゃって。気づいたときには気絶してこの島に漂着していたの」
「助けてくれる人はいなかったんだな」
皮肉を込めるつもりかそう受け取られてしまったらしい
俺に対して、「それはあなたも同じでしょう」と言ってきた
「なあ、俺と協力してくれないか。ここから脱出するためにさ」
俺がそう提案すると
「いやよ。男ってのは性欲にまみれた獣だもの。何してくるかわかったもんじゃない」
そう言って断ると奥の方へと行ってしまう。
あやよくば可愛い子と、、、と思っていたつもりは無くは無かったが善意で言ったつもりだった
やはり俺に『正義』なんてのを語るのは早いのかもしれない
とりあえず火を起こすため、平たい木片と、木の棒、それと小枝をたくさん集めてきた。
刑務作業で鍛えられていたおかげで、摩擦熱であっという間に火を起こすことに成功した
ロープもあったため、少々森の方まではいっていき、食べれそうな木の実をいくつかとってきた
毒があるかもしれないけど、食べなかったらどのみち死ぬので覚悟を決めることに
「ぶえっ。まずう」
水も海水を何回か煮沸を繰り返し、出来るだけ塩分濃度を下げた物を飲む
泥水は夏のせいか乾き切っていて無かった
こんだけ暑いんだ。無理もない
「お前も飲むか?」
俺は後ろにいる彼女に向かってそう尋ねる
俺が気づいていないと思っていたんだろう
「何が目的なのよ」
そう聞いてくる
目的なんてない、、なんて言っても信じてくれないだろう
「体が目的、、って言ったらやらしてくれんの?」
試すように俺は問う。
すると彼女は恥じらい、腕にぎゅっと力を入れつつもコクっと頷いた
「じゃあここに座れ」
俺は座っていた流木の半分を彼女に貸し与え
「これを飲め、水を飲まないと正常な判断ができないだろ」
落ちつかない様子だったが、錆がひどい鍋に入った水を彼女はごくごくと飲み干していく
あまり見られるのは好きじゃなさそうなので、俺は星空を眺めていた
街灯も全くないところで、あるのはここの炎だけ。こんな綺麗な星が見たのは人生で初めてだ
少し感動してると、
「なんで何もしないのよ」
「無人島で弱っている女の子に何かするほど俺は腐ってない」
「じゃああれは嘘だっていうの」
「じゃないと信じてくれないだろ。俺は何もしない。それを無理にでも伝えたかった」
まだ信じきれないのだろう
唇をキュッと噛んで何かを考えている。
水も食料も少し摂取したので、賢そうな彼女なら正常な判断を下せるだろう
「、、お」
「ん?」
「りお」
おそらく彼女の名前だろう。
今の所俺を信じていると見ていいのだろうか
「君は学生かな?」
「違う。大学1年」
少し子供っぽい顔をしていたから子供だと思っていたが
よく見るとその動作一つ一つが大人びて見える
髪をかき上げる仕草だったり、汗を拭う仕草だったり、、、
「あんま見ないでよ。おじさん」
おじさん!!!
一応まだ26なんだけどな
ヒゲを手で触ると、ジョリッという感覚とともにひげがだいぶ伸びたなと感じる
これじゃあおじさんと見られてもおかしくないかもしれない
でも、、
「俺はおじさんじゃない。」
「名前は?」
俺のそんな発言を無視して名前を聞いてくる
「松原だ」
「それ苗字じゃん」
「いいから松原と呼べ」
「はーい。松原さん」
どうやらだいぶ俺を信用してくれたらしい
最初の険しい顔つきとは正反対に、いまは可愛い笑顔を見せてくれている
どこどこ大学だの、高校の話だのを永遠に聞かされ
正直話を右から左に流していたとき、
「松原さんはさ、なんの仕事やってるの」
唐突に俺の話へと変わっていく
俺の雰囲気や表情に出てしまったのだろう
少し間をおいて、答えたくないなら答えなくていいと言ってきた
ー こんな大学生に気を使われる俺だっせ
そんなことを思いながらも
いまの一瞬まで構築してきたこの子との関係性を壊してしまうかもと思いつつも
俺は自分の素性を明かした
「、、、俺はムショで働いてる」
「看守さんってこと?」
「いや、刑務所に収監されて、そこで刑務作業をしてるいわゆる犯罪者だな」
いま彼女は、りおはどんな顔をしているのだろうか
俺は見ることができない
いまこの場から離れて行ってしまっても、叫んで逃げられてしまったとしてもおかしくない
むしろ、、、、それが普通なんだ
するとうつむいている俺の顔をしたから覗いてきた
「うわっ」
驚いてつい声を出してしまった
そして彼女の瞳を、顔をみる
「なんで、なんで笑ってるの?」
彼女は今までのどの会話よりも純粋な笑みを俺に向けてくる
「なんで、なんで逃げない。犯罪者の俺から。みんな逃げた。家族も、妻も、子供も、、」
「逃げないよ。あなたに何があったのかはあなたの瞳が物語っている」
これ、と言ってポケットからヒビの入った鏡を渡してくる
そして俺は自分の顔をみる
やつれた顔
汚いひげ
しみだらけの肌
そして、、、濡れている瞳
「松原さんに何があったのかは知らないけどさ、私を助けてくれたことには変わりないから」
優しい笑顔でそう言ってくる
出そうにもない声を絞り出しながら、俺は自らの身にあったことを話した。
ナイフで刺されかけたため、抵抗してるうちに、つい俺が殺してしまったこと
向こうから攻めてきたという証拠はなく俺が加害者になったということ
俺が殺人犯として、メディアに追われ、生活を追われ、家族にも見捨てられたということ
俺が全てを話し終えると、ぐちゃぐちゃな俺の顔を伝う雫を拭いながら
「良い悪いで考えられる問題じゃないのは十分理解してるつもり、だからそれについては何も言わない
でも、一つ言えるのは、、、、、よく頑張ったね」
俺の顔を腕の中に入れながらそう言ってくる
一見大学生の腕の中におっさんが抱きついて泣きわめいているというのはおかしな構造だろう
でもそんなん考える余裕はなかった
誰にも理解されなかった、されるとも思ってなかった
でもしてくれる人がいた
俺はそのまま、深い眠りについた、、
「オイ、オイマサヨシ、オクレルゾ。」
明らかに日本人とは思えないような発音で俺は声をかけられる
目を開けてその姿を確認すると、
「ジョン?!なんでここに、だってここは無人島、、、、」
「ナニイッテル。チョウレイニオクレタラバツアル」
「ああ、いまいく」
あれは夢だったのだろうか、そんなことを思いながらも、
ちくっとする痛みに襲われて手のひらの中を確認する、
そこにあったのは
「鏡の、破片?」
手のひらからツーっと血が垂れていく、
痛い、でもそれは表面的な痛いであって心の痛みは消えている
きっとあれは本当だったのだろう
彼女が俺に教えてくれた
『正義』
『悪』
そんなのは誰かが思っている価値観にすぎない
一番大事なのは
自分自身を愛し、自分自身を愛してくれる人に出会うということなのだろうか、、
また会えたら答え合わせをしよう、りお




