section.4_人狩り
空襲警報が鳴り響く。
レーダー車両が上空に機影を捉えたのだ。
「撤収!撤収だ!!ノロマは置いていくぞ!!」
「部隊長が真っ先に逃げてんじゃねえよ!」
再三アイアス軍からは越境行為の警告が入っていた。仕事のため無視していた訳だが。
部隊長が乗っている装甲車が真っ先に離れていくのを見て、護衛のMⅢパイロットは悪態をつく。続いて商品を乗せた輸送トラックが後に続いていった。
「MⅢは殿を務めろ!積荷を守れ」
「クソが!」
碌でもない命令が下され、男は再び悪態をつく。
「盾にするなら泥臭い奴隷を盾にしろよ!」
「あんなもの、金になっても盾にはならん」
同じ命令を下された相方のMⅢから返事が帰ってきた。護衛のMⅢは2機。小隊は本来3機編成だが、森林地帯に入る際に逃げ道の確保のために置いてきた。
「ったく、外の人間なんてウチの領地にもいるじゃねえか。なんで越境までしてこんな事やってんだよ」
「カルコサ領地内の原始人は狩り尽くしてしまったそうだぞ」
カルコサでは奴隷売買は合法だ。だが、市民が借金を抱えて奴隷落ちする人数など限られている。
売買するにしても商品が無くては成り立たず、結果として城塞都市の外側に狩りに出る状態になっていた。
「廃都市に行けば何かしらいるだろ!」
「誰も奴隷狩りに命なんぞ張りたくない」
「今!命を張る状態になってんだよ!!寝ぼけてんのか!」
「寝ぼけてるのはお前だ。足下の連中の話だよ。機影が見えたぞ」
相方のMⅢは大型のライフルを装備していた。ライフルなどと言うが、MⅢサイズの武装のため口径は戦車砲クラスだが。
対して、男は腕部にはマシンガン……機関砲と小盾、肩関節には対戦車ミサイルを背負っている。どちらも中遠距離戦闘と索敵に重きを置いた装備だ。
「通常カメラでも視認できた。クソ。前より出てくるのが速くねえか!?」
そのため、近付かれると勝ち目がない。誘導火器は協力だが、弾幕を張られてしまったらどうしようもない武器だ。
保護ハッチから頭を出したミサイルに1発でも当たればおしまいである。
「そろそろ無駄口をやめろ。仕方ない。警告をまたず先制するぞ。ライフルのレーダーで誘導するからミサイルを……」
目視していた機影が光ったかと思うと、相方の言葉が爆音で遮られた。
MⅢの横にあった鬱陶しいボロ屋がクレーターに変わっている。
「警告無しかよ!!」
淡々と話す相方が声を荒げる。
クレーターの発生から大幅に遅れて射撃音と思しき炸裂音が響き渡った。
相方は迎撃するため射撃体勢に入るが、焦っているのだろう。重要なことを見落としていた。
照準レーダーのアラートは鳴っていないが、相手はすでにこちらを狙撃できている。
「待て!ここはいったん逃げ……」
2射目。
相方のMⅢの上半身に風穴が空く。
貫いた弾丸は機体正面に開けた穴では飽き足らず、コクピットブロックの後方ハッチを吹き飛ばし血潮を撒き散らした。
現実味のない光景に呆然としていると、再び大きく遅れて少し間の抜けた炸裂音が響いてきた。
威力に対して発射音が小さすぎる。
「レールガ……」
MⅢに衝撃が走り、赤い警告表示と共にアラート音が響き渡った。
モニターのMⅢ脚部の状態表示が暗転……破損ではなく完全にパーツが消失していることを示していた。
緊急脱出装置にエラー。衝撃で断線したかフレームが歪んだか。機体がバランスを失い倒れ伏した。
「無反動タイプとは言え、なかなかの威力と精度だ。これで単独狙撃できないのは惜しいな」
2機のMⅢの大破を眺めながら、メイアは独りごちる。映像は狙撃ライフルの望遠カメラの映像のものだ。
しかし、射撃したのは彼女のMⅢではない。
ジャックのMⅢレックスの上半身が大口を開けるように上下に開いていた。後方に飛び出た四角い棒状の砲身が内部に戻っていき、前方に先端だけ顔を出した。
「ビーグル3、戦術リンクを解除だ。全機降下準備」
「ビーグル2了解」
「ビーグル3了解」
メイアの号令でレックスは砲身を上半身の中に収納した。上半身はまるまる複合砲台のような作りになっているようだ。
コクピットブロックとホバーエンジン、システム関連のユニットは下半身に集約されているのか。
クレアは同僚の機体を眺めながら訓練でどう戦うかシミュレートしていた。あれがゼロ距離でも撃てるというのだから末恐ろしい機体だ。
近接専門のクレアにはそれだけやることが無かった。
メイアの指示に従い、MⅢレプスのホバーエンジン出力を最大にし降下態勢に入る。
「私は資源プラントの様子を見てくる。2人は残敵掃討だ。捕虜は不要とのことだ」
分離ボルトが炸裂するとともに、機体が宙に投げ出された。
ホバーエンジンの推力が機体の重量を受け止め、ゆっくりと降下させてくれる。ホバリングし続けるほどの推力はないため飛行というより滑空に近い。
跳躍と組み合わせれば立体的な起動も可能だが、空中に投げ出された状態では徐々に降りていくことしかできない。
脚部で衝撃を受け止められる安全高度に達すると、ホバーエンジンの出力を落とし2機は着地した。
「隊長がいないと気楽だな」
「油断した時に限って通信が来るから気を付けろよ」
ジャックの軽口に、クレアは釘を差した。
MⅢレックスが獲物の品定めするように倒れ伏したMⅢを眺める。1機は上半身が無事なようだが動く気配がない。
転倒の衝撃で意識を失っているのか、死んだのか。
「わざわざ開けて確認する必要もないか」
レックスは片脚をもたげると、倒れているMⅢのコクピットブロックを踏み付ける。重要部位のため、流石に容易く踏み抜ける構造物ではない。
こちらは少人数のため、わざわざMⅢの外に出て確認するのはリスクが高い。また、死に体を撃つために弾も使いたく無かったクレアは口は出さなかった。
ホバーエンジンの出力を下げているのだろう。踏み付けられたコクピットブロックのフレームが軋み歪んでいく音を集音マイクが拾った。
「まっ、待ってくれ!!」
倒れているMⅢのスピーカーから悲鳴のような声が響いてきた。どうやら死んだふりをしていたらしい。
「と、投降する!何でも喋る!だから助けてくれ!」
「……」
「捕虜はいらないと指示を受けている」
レックスの首だけこちらに向けて確認来てきたジャックに代わり、クレアが答えてやる。
「そんな!!同じ都市連合の仲間だろ!?」
「敵対的な越境行為を行ったのはそちらだ」
「俺達はお前等の代わりに危険な奴等を掃除してやってただけだ!!」
「ここはうちの木材資源プラントだ。そんな連中が何処にいると言うんだ。教えてくれないか?」
「俺達が捕まえたからだ!!ゴミを回収した仲間もあっちにいる!!」
倒れたMⅢがかろうじて動くマニピュレーターで方角を指し示す。そこには不自然に森林の切開かれた個所があった。
「そうか。ビーグル3もういい」
「了解した」
「まっーー」
ブチンッと倒れたMⅢのコクピットブロックが潰れた。仲間を売るクズに興味を失ったクレアはオペレーターに方角データを送った。
「こちらビーグル2。この方角に何かあるか?」
「衛星が逃走する車列を捕捉したわ」
「まだウチの領地内か?」
「領地内よ。ただ、この悪路じゃMⅢでも追い付けないわよ」
「……了解。リアルタイムの座標データだけリンクして欲しい」
アンナからデータが送られてきた。確かにまだアイアスの領地内のようだ。
「お前は優しいな」
「本当に優しい人間はあそこまで助けに行く奴だ」
ジャックの軽口を否定し、クレアはメイアに通信を繋いだ。
「ビーグル2よりビーグル1へ。逃走中の敵座標を捕捉。射撃の是非を問う」
「こちらビーグル1。弾の無駄だ。だが……レールガン2発までなら許可する」
「ビーグル2了解」
メイアとクレアの通信を聞いていたジャックがレックスの上半身を上下に開く。四角い砲身の先端が顔を出した。
「賭けるか?」
「いや、賭けないけど……クソ野郎共に1発でも当てたら機械義手のオイルを奢る」
「ふむ……なら真面目に狙おうか」
ジャックはレックス姿勢を可能な限り低くすると、レールガンを地表と水平に構えた。
相手との距離がレールガンの弾が放物線を描くには近すぎる為だ。
1射目。砲撃にしては魔の抜けた炸裂音と共に、砲身がレックスの上半身後方にスライド、マズルブレーキの光が瞬いた。衝撃波と砲身が大地と木々を丸く抉り飛ばした。だが、手応えはなかった。
2射目。同様にレールガンは衝撃を殺し弾を撃ち出す。間髪入れず、爆音が響いた。
「イーグル……であってるか?」
「よくは知らないが、オイルは楽しみにしておく」
レックスが砲身を格納して立ち上がる。どこか誇らしげに見えるのは、人狩りなどに明け暮れるクズの尻を叩いて気がすく思いだからだろうか。
「ビーグル3より全機へ。敵は尻に穴を空けられても逃げ帰るようだ」
「ビーグル1より全機へ。了解した。資源プラントの市民に人的被害無し。残骸の回収は別班に任せる。こちらに合流しろ。我々は撤収するぞ」
メイアから座標データが送られてきた。資源プラントの施設がある座標だ。
森林地帯なので足場が悪く障害物が多く歩行での移動になりそうだ。クレアとジャックは、まずは重機の通り道を探すことにした。
「しかし、人狩りか……」
「こいつらの所為でテロリストに協力する馬鹿が増える。迷惑この上ないな」
踏み潰した機体を蹴り飛ばし、ジャックのレックスが踵を返す。クレアもレプスを後に続かせた。ホバーエンジンの出力を上げて歩行速度も速める。森林地帯でなければホバーエンジンの出力で滑走できるが、土地に文句は言えない。
クレアは障害物を避けながら、ジャックは邪魔なアバラ家はなぎ倒しつつ進む。
市民の財産でも都市の資産でもないため避ける必要は無いが、壊す必要も無い建築物だ。もう住民もいないだろうし、クレアは小言を飲み込んだ。
だが、資源プラントの植林エリア内に住宅など建てているということは、資源プラントの職員と物々交換くらいのやり取りはしていたのかもしれない。
「待て」
単純作業のため、物思いに耽っているとジャックの機体が足を止めた。制止されたクレアも機体を止める。
「風がおかしい」
草木が不自然にたなびいていた。
何もない地点を中心に、MⅢのホバーエンジンの排気のような……またはヘリのダウンウォッシュでも受けているように放射状に草木が広がっている。
目の前に機体はいない。
「上!?」
黒いMⅢが空に留まっていた。
ヘリのようにホバリングしている。
巨大な黒い鳥が翼を広げたようなシルエット。狙撃用なのか長大なライフルも確認できた。
アルビオン・バイオニクス社のロゴが入ったエンブレム。
「企業連合の専属傭兵……?いや、実験部隊か?」
見たことのない機体だった。
だが、武器を構えている訳では無い。武装の照準レーダーを使っていればアラートが鳴り響いているはずだ。
ただ、機体の頭部はしっかりこちらに向けられている。クレアは腹を括って、オープン回線で通信を繋ぐ。
「こちらはアイアス都市軍所属のクレア・アーノルド少尉だ。企業連合の機体が我々の資源プラントに何の用だ?」
「……何も。ただの偵察」
女性の声だった。少し低いが透き通った声で淡々とした返事が返ってきた。
「……さっきのキャラバンの護衛か?戦闘は終了している。君達の通行に問題はないだろう」
「……そう。ここの人達は?」
傭兵やの中にも民兵のように義憤で襲いかかって来る者がいると聞いたことがある。
「カルコサの人狩り部隊の狼藉だ。だが……アイアス領地内であっても、ここの人間は市民ではないから救出命令は出ていない。我々は残骸を回収して撤退する」
クレアは言葉を選んで答えた。黒いMⅢの頭部がクレア達の後方に向いた。少なくとも、矛先はこちらに向かなそうだ。
地上兵器が上を取られる恐ろしさは知っている。
カルコサ軍がこの後どうなるかは考えたくない。
「シーラさん。戻って下さい」
オープン回線で別の通信が割って入ってきた。
だが、声変わりもしていない少年の声だった。
「でも……」
「僕達の任務は積荷を研究所まで届けることです。難民の救助ではないです。余計な戦闘で弾薬と燃料を使わないで下さい」
オープン回線での会話を聞いていたらしい。少年兵の方が直情的に動くイメージがあったが、声の主である少年には当てはまらないようだ。
「でも」
「長距離行軍中で、赤の他人の……生活が中世レベルの人間の受け入れなんてできません」
冷静……というよりは冷徹といった方が良いかもしれない。だが、正論ではあり、女性も何も言い返せないようだ。
「……ラルスさんも心配しています」
「……解った」
男の名前を出されて、渋々承諾したと言った感じだった。
黒いMⅢは高度を上げるとミサイルが方向を変えるように噴射口の向きを変え、木々の向こう側に飛び去っていった。
「アーノルド少尉、失礼しました。安全の確認ができた為、僕達はこれで失礼します」
少年は名乗りもせず、一方的に通信切った。
そんな少年の慇懃無礼な態度よりも、脅威がなくなった事への安心感の方が大きかった。
クレアとジャックは安堵の息を吐く。
蛇に睨まれた蛙とはこんな気分だったのかもしれない。
「……MⅢって飛べるのか?」
「飛んでいたんだから仕方ないだろう」
白昼夢でも見たような気分だが、生きた心地がしなかった。
メイア・シトウェル中尉からは、「なかなかレア物に出会えて良かったな」等と言われたが、雷が目の前に落ちて生きていた事を喜べと言われたようなものだ
。
全く嬉しくは無かった。




