section.1_農村
木製の車輪が力強く回され、軸の金具とぶつかり音を立てる。
車輪を回すのは解れた部分が目立つ太い綱。
その太い綱を引くのは力強い動きには不釣り合いな小さな手。
その手の持ち主の小柄な少女は、手慣れた様子で綱を引く。綱の先は囲いと屋根を持った立派な井戸の中に垂れ下がっている。
少女が力一杯綱を引くとなみなみと水を携えたバケツが頭を出す。
「よいしょっ」
少女は綱を囲いの突起に引っかけて固定してからバケツを取り出した。
「ふう……」
バケツを置き、少女は乱れた髪を整えて一息つく。腰辺りまである長い髪は青みを帯びていた。流石に下ろしたままでは邪魔に感じ、青い少女は布切れで髪を上げた。
蒸れたうなじに風が通り心地が良い。
「今日もいい天気」
一息つくとバケツを運び始める。木のドアを空け、土間の水瓶に生活用水を貯める。
これを3回繰り返し満杯。そして、次は家畜小屋の飲水。鶏と豚が迎えてくれた。スコップで糞を肥溜めに。古い水と餌は捨てて新しい水を入れてやる。
家畜小屋の壁にかけてある籠を使って、鶏たちの卵を回収した。鶏が10羽もいるので、卵はそれなりの数になった。年老いてきた鶏は卵の数が少なくなってきた。痩せて可食部が減る前にしめても良いかもしれない。
卵を自分用と物々交換用に別ける。
そろそろ鶏の餌が減ってきた。古い小麦を分けてもらおう。
畑のトマトや芋を卵とともに手提げかごに詰め、少女は家のある丘を下りる。牧畜をしている少女の家は広い土地が必要なため、少しだけ村から離れた位置に建っていた。野道に木苺を摘みながら歩く。
風が木々を揺らし頬を撫でた。その木々の向こう側に白い……建物だと少女は思っているものが見える。
かなり遠くにあるのか霞んで見えるのだが、雨や曇など天気が悪いと見えなくなる。
本に出てくる城にしては味気のない見た目で、巨大な箱のようにも見える。
最近の趣味はそれを眺めつつ妄想することだ。本によると昔には、鉄の車や空を飛ぶ乗り物があったという。あの不思議な白い建物にはいまだにそれが残っているに違いない。
そんなことを頭の中で考えていると、目的地である小麦畑のある家に着いた。ドアに吊り下げられた呼び鈴を鳴らす。
「ああ、ラピスちゃんかい。こんにちわ」
「こんにちわー」
家で控えていた老婆が顔を出した。若い人たちは畑仕事をしているのだろう。
「古い小麦分けて下さい」
「あーはいはい。ちょっと待っておくれ」
ラピスから物々交換用の籠を差し出すと、老婆は一度家の中に引っ込んだ。しばらくすると、小麦の詰まった袋をずりながら戻ってきた。
「はいよ。いつも大変だね」
「ありがとう。……ちょっと多くない?」
「濡れちゃってすぐに挽けないのも入れといたよ。腐らすよりは良いだろうさ」
「ありがとう」
担げない重さではなさそうだ。ラピスが小麦を担ぐ姿を見て、老婆はため息を付く。
「ラピスちゃん。1人じゃ大変じゃないかい?」
「流石に慣れました」
また始まったと思いつつ、ラピスは愛想笑いで相槌を返した。
「早いかもしれないけど、お嫁に入ったらどうだい?力仕事は男にやらせてさ。家にも若いのはいるし……」
「お気持ちだけ、受け取っておきます」
「そうかい?ラピスちゃんはいい娘だから、いいお嫁さんになれるよ」
「あはは……」
親のいない自身を気遣っての言葉なのは分かるのだが、今のところ心に決めた相手などいないラピスは逃げるように小麦畑の家を後にした。
「結婚かぁ……」
全くイメージができない。父が流行病で亡くなってすぐは大変だったが、今では1人でもそれなりに何とかなっていた。
「それに……」
嫁に行くということは、一緒に暮らすと言うだけではない。夜の方ももちろん必要になる。
「物語みたく、幼馴染とか、旅人とか……」
そんな空想をしながら袋に入った小麦を保存するため、倉庫の扉を開いた。
「きゃあ!!」
開けた途端にネズミが飛び出してきた。突然のことに、ラピスは尻餅をつく。ネズミ達は溢れた小麦に目もくれず逃げていく。
「な、何……?」
ネズミなどいたとしても、刺激しなければ潜んでいるような動物だ。普段は扉を空けた程度で外に飛び出しては来ない。
ネズミなど、いなくなってくれて困りはしないのだが。ラピスはため息をつき、逃げていくネズミを見送りながら、溢れた小麦を回収に移る。
膝を付いて小麦を拾う。
ふと、違和感を感じた。
小石が動いているように見えた。
「……何?」
動いている、というより震え……揺れているというのが正しいかもしれない。
一定の周期で小石が揺れていた。何か音が聞こえる気もしてきた。
地響きのような音が、小石の揺れと同じテンポで響いている。
バサッと家に隣接する森から大量の鳥が飛び立った。突風のような暑い風が吹く。ラピスは思わずスカートを押さえたが、突風と異なり、その風は継続して吹き付けてきた。吹き飛ばされそうになり、地に伏せるような姿勢を取った。
いつの間にか、音も振動も大きくなっていた。
風は森から吹いてくる。
森の中に何かいる。
木々の隙間で何か光っていた。
メキメキと木々を圧し折り、それが顔を出した。
巨大な人……のようなものがそこにいた。人と言うには歪で、胸部は前後に飛び出している。所々に赤い光を発している。
暴風のような風圧は、それの足回りから噴出されているようだ。足回りは温度が高いようで、草木の葉が焦げていた。
「何これ……」
本で見た、ゴーレムという無機物でできた巨人の怪物。ラピスの頭の中でイメージできたのはそこまでだった。十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。
少女とそれの目が合った。




