89. 秋
主張も心意気もない日々感じた事柄についてのエッセイ、というか駄弁りです。
視聴番組のCM中にでも見れる(読める)程度の時間と内容を想定してます。
いつでもどこからでもどーぞ。
ご注意: 口語的語りとしていますので“い”抜き、“ら”抜き、その他文章定義はご容赦くださいね。
【日くらし】
89. 秋
すすき野を 茜掻き分け 待つ灯り
『淡黄に揺れる芒手招く小道、ふと見上げれば茜色の空にたくさんの赤とんぼが舞っていて隙間もないほどだ。ああ、今日の夕餉は何だろう、心ならずもつい家路の足が急いてしまう』
あ、今私が適当に作った句です。
なんかそれらしく見えました?見えない?すみません。。。(季節外れもごめんなさい)
もちろん私に俳句の心得なんてありませんのでこんなの夏井先生が見たらブッ殺されても文句は言えませんが、時折ふと一句詠んでみたくなるのは日本人だからでしょうかね。
(年?もしくは波平さんなのかな?私)
和歌、短歌、俳句、川柳 などなど
テーマやルール、対象者(貴族か庶民向けかとか)などによって一応のジャンル分けがありますが、いずれも極めて少ない文字数で情景や出来事、欣喜や恋情、悲哀なんかを色鮮やかに表現しているところに本当に感心してしまいます。(小並みな感想だなー)
「あーでね、こーでね」と言い訳も混じえた稚拙な言葉をダラダラと連ねた挙句、伝えたいことが全然伝わらない私としては、身の程を叩きつけられて悲しいやら恥ずかしいやらです。
さてこの“歌・句”、日本の素晴らしい伝統文学なわけですが『少ない言葉(情報)で最大限に表現する・伝える』という技術や思想は日本の創作物の在り方に色濃く影響しているように思います。
文字数の多い小説ですが、むしろ”よくこの文字数(頁数)に収めるものだなぁ”となりますし、ここ一番のところでは更に切れ味鋭い端的な言葉・セリフをブチ込んできて驚きと共に「くー!流石!!」となります。
そこに絵の加わった漫画というコンテンツジャンル。
小説における文字だけの描写の奥行、素晴らしさ、絵画・イラストにおける視覚表現の広がりと可能性、それらを高次元で融合させ、且つ最小限で最大効果を引き出す手腕は日本人の真骨頂であろうと思います。
この辺りのお話になりますと、日本のコンテンツ作品の凄さとか素晴らしさ等々、本当に思うところと言いたい事があり過ぎて易々とボケ倒せそうにありませんのでまたいつか改めてお話しさせて頂けたらと思います。有始無終でごめんなさい、本当に。
……え? “じゃあ他の話はいつもイイ加減なのか?”
もちろんそーですよ?何だと思ってたんです?
ではまた
もう書いてて色々溢れてきちゃってですね
ホントごめんなさい。




