217. 時代考証
視聴番組のCM中にでも見れる(読める)程度の時間と内容を想定してます。
いつでもどこからでもどーぞ。
ご注意: 口語的語りとしています “い”抜き、“ら”抜き、その他文章定義はご容赦くださいね。(あ、誤字脱字も……)
【日くらし】
217. 時代考証
サブスクのストリーミング配信の有難いところは、かなり古い作品も観れるところでもありまして“あなたにお勧め”なんてリストアップされますと(ホントイイトコついてくるんだよなぁ)つい懐かしさも手伝って観てしまいます。
で「え?このアニメもうこんなに前のなの??」ってなるのが、話のそこかしこに漂う”放送年代の面影”です。
「あーこんな事もあったねえ……」って当時の時代的描写に、懐かしくもあり
「当時はこれで最先端だったんだよなぁ」なんてちょっと物哀しくもあり、複雑な想いで観る事になったりします。
最も分かり易いところでは電話機でしょうね。
”スマホかガラケーか?”ってあたり。
ガラケーであれば十数年以上は前となりますし、折り畳みのを「スチャッ!」ってシングルアクションで開いてるシーンとか見ると、私などはもう共感性羞恥と言いますか「お願い止めてー!!」となりがちです。(かぐや様はネタ枠ですけどガラケーがまだシャレになるギリギリの年代ではあるでしょうね)
その他お店や車やファッション、言葉や社会制度など各所で見られる現在との“時代感”の差で、当時と同じ想い、熱量で観れないのがなんとも切ない……。
日常モノだけでなく、SF作品でも長年に渡って連載が続いている作品はこの辺りの考慮もさぞや大変であろうと思いますよ。(磯野家なんて黒電話スタートだからなぁ…)
随分前に某国営放送で「モンゴルの鷹匠を目指す少女」のドキュメンタリーを観ました。
男は外で狩りや放牧仕事、女性はゲル(ウリとも?)内で家事、というのが伝統的JOB概念で、女性が鷹匠になる事は風習的にも考えでも無かったけれど、鷹匠であるお父さんに憧れた娘さんと、それを叶えてあげたいお父さんとによる奮闘の記録。
終始広大なモンゴルの大地をバックに、馬や家畜と共に在る昔ながらの生活風景の映像が流れ、私達日本人の想像する“いかにもな『モンゴル』”がそこにはあります。
単独で狩りを成功させれば晴れて一人前の”鷹使い”と認められる見定め(試験)の日。
一人荒野に聳える岩山の頂上で、じっと開始の合図を待つ不安げな表情の娘ちゃん。
見ているこちらも心配になってきます。(大丈夫かなぁ……頑張って!)
すると娘ちゃんがおもむろに懐から何かを取り出して耳に当てています。
「あ、お母さん?……うん今から、…うん、大丈夫(笑)」
ええー……
ではまた(スマホ…)
いやまぁそーなんでしょーけども……ねぇ?




