174. 旅行
主張も心意気もない日々感じた事柄についてのエッセイ、というか駄弁りです。
視聴番組のCM中にでも見れる(読める)程度の時間と内容を想定してます。
いつでもどこからでもどーぞ。
ご注意: 口語的語りとしています “い”抜き、“ら”抜き、その他文章定義はご容赦くださいね。(あ、誤字脱字も……)
【日くらし】
174. 旅行
世は卒業式シーズンでございますが、最近は卒業と言えば“卒業旅行”が当たり前のような感がありますね。
以前は大学生、中でも比較的パリピ(古い?)、陽キャ(これも古いか)の仲良しグループでといったイメージでしたが今では高校生や何だったら中学生あたりでも普通に行ってたりするみたいです。
それらカテゴリーと対照的な(陰キャでオタクな)私などは当然そんなイベントに参加した事はないのですが、それ以外での旅行も数えるほどの記憶しかありません。
そもそも“旅行”欲求というものが皆無でして、「どこそこに行って」という時間があれば自宅でダラダラしていたいという方です。
特に寒いこの時期なんて、家の中でも末端細胞が凍えるほどなのにわざわざ外に出るなど選択肢にも上がらないわけで、冷え性で出不精なデブ症とは私の事でございますよ。
ですが世の多くは“旅行に行きたい派”のようで、もうGW(後ひと月ちょっとなんですね早いなー)の計画を立て始めていたりして失礼ながら全くご苦労な事だよなぁとか思ってしまいます。「行きたい」というより最早「行かねば!!」みたいな勢いに驚きですよ。
この人間の“旅”に対する欲求というのはいつ頃からなのか?と考えますと、古くは「伊勢物語(平安時代)」、「海道記(鎌倉)」などありますからかなり昔から人気のコンテンツであった事が窺えます。
ただこのあたりはまだ“娯楽・趣味”的要素は薄いイメージ。
江戸時代に入りまして、「奥の細道(芭蕉)」や「東海道中膝栗毛(弥次さん喜多さん)」などが出てくるとようやく庶民レベルへ浸透していった感じでしょうか。(ちょっとカテゴリーは違いますが「雨月物語」などもよく旅の描写が出てきますね)
ネットやインスタ依然に、画像・記録媒体の無い(絵くらい)時代では見知らぬ土地や風光明媚な場所などは「行って見る」しかないわけですからなんとなく「どんなものか見てみたい!」と旅に出る動機は理解できますが、それら情報が溢れるこの現代でもこれほど多くの方が毎年色々なところへ出かけるのを見ると、やはり現地でしか得られない体験や感動があるからなのでしょうね。まさに“百聞は一見に如かず”という事ですな。
なるほど、これは私も足腰が立つ内になるべく色々なところの見聞を広めなければならないようです。
とりあえず、ご当地グルメのお取り寄せで「(仮想)日本一周」をシミュレートしてみますかねぇ……
じゃーにー (うーんこの)
今の私の精一杯




