139. あだ名
主張も心意気もない日々感じた事柄についてのエッセイ、というか駄弁りです。
視聴番組のCM中にでも見れる(読める)程度の時間と内容を想定してます。
いつでもどこからでもどーぞ。
ご注意: 口語的語りとしています “い”抜き、“ら”抜き、その他文章定義はご容赦くださいね。
【日くらし】
139. あだ名
古いネット語録で、“大村君がダイソン、梅村君はバイソン、若村君はジャクソン、下村君はアンダーソンと皆かっこいいあだ名がついたのに、津村君だけあだ名がバスロマンだった”というがありましたが、ネタだとしても秀逸だなーと今でも感心して(笑って)しまいます。
“バスロマン”はツムラでなくてアース製薬というオチまで完璧。
学校通いの頃はすぐにあだ名が付けられてそれで呼び合うのが普通(お決まり?)だったように思いますが、大人になりますと余程仲が良くなるとか閉鎖的内輪の関係でない限りは中々“あだ名”が付くことも、それで呼ばれることも無い様な気がします。
“あだ名が付けられる”というのはお互いや周囲との関係性における親しみの具体的表現手段であるわけですがその一方で、やもすると“いじめ”的要素も含まれることがあって人によってはかなり際どい扱いとなる場合もあります。
小学生の頃クラスメイトに多々良君という男の子がおりまして、担任の教師が勝手に“ラッタッタ”(古い原付バイクの名前なんですって)なんて呼び始めましてあっという間にクラス中でそう呼ばれるようになっていました。
今なら(当時でもそうですけど)問題になりそうな話ですが、比較的おとなしめのイメージだったその子がそれ以来チャカされながらもクラスに馴染んでいったのを思い出しますので結果オーライで良かったなと。(ギリギリですけどね)
一方、カッコイイというか羨ましいと思ったあだ名といいますと、中学生の頃カミシロさん(漢字は伏せますが)という女子がおりまして、やや冷ややかで端正な顔立ちと、加えてクールビューティな言動や雰囲気を纏い「もしかしてあちら関係の方?」と思わせる佇まいでした。
そしていつの頃からか皆が呼び始めたあだ名が(苗字の漢字もかけて)“お嬢”。
本人は「もう、何ソレやめてよー」なんて言っておりましたが、いつの間にか浸透してしまって、そうしますとなぜか更に雰囲気も立ち位置も“お嬢”になっていきましたからあだ名とは不思議なものですね。
なぜこのテーマかといいますと、先日某お好み焼き屋さんで久しぶりに店員さんのコール(そのお店特有のヤツ)を聞きまして小学生時代のあだ名を思い出しましてね。
当時のあだ名は“タヌポン”でした。
…… 今考えるとあれイジメじゃないか?
ではまた
”あだ名”でなく”二つ名”っていったらカッコ良くない?(ダメか…)




