103. 研ぐ
主張も心意気もない日々感じた事柄についてのエッセイ、というか駄弁りです。
視聴番組のCM中にでも見れる(読める)程度の時間と内容を想定してます。
いつでもどこからでもどーぞ。
ご注意: 口語的語りとしています “い”抜き、“ら”抜き、その他文章定義はご容赦くださいね。
【日くらし】
103. 研ぐ
「お米を研ぐ」という言葉、カッコ良くないですか?
“洗う”でなく“研ぐ”ってところが。
“無洗米”なんてございますからつい“洗う”印象が強くて私なんぞも大量の水の中でお米をシャララ~って風に洗いがちですが、本職の方のを見ると少量のお水でギュッ!ギュッ!ってお米同士でお互いを研磨していくようなやり方で、仕上がりのお米はそれは見事なホワイトオパールの如き輝き。
「ああ、まさに”砥ぐ”なんだな」となります。
日本語のこういう助動詞の充て方って本当に素敵といいますか、カッコイイ!と思うんですよね。物騒なところでは“敵艦隊を叩く”なんていかにもアニメとかで言い始めた感じがしますが、実は日露戦争の時に日本海軍司令部が使ったのが始まりらしいですね。(『坂の上の雲』に書いてあったと思います)
“舟を編む”という三浦しをんさん原作の小説(と映画)がありますが、私はてっきり船を造るという意の言葉として以前から存在していたのかと思っておりましたら“編む”は文や物語を編集するという意味合いで、この小説では辞書を「言葉の海を渡る舟」としてその舟を“編む”という事らしいです。
そう分かるとより一層このタイトルのカッコ良さに惚れ惚れしてしまいます。
映画の方では松田龍平さんが主演をされておりまして、もちろんカッコイイわけですが、私的には加藤剛さんが一番印象に残っております。
奥様役の八千草薫さんとのやりとりとか、静かながらもお二人のいぶし銀の演技と存在感がとても心に染みた記憶があります。
宇宙でドッカン・ボッカンや、スーパーヒーローの大活劇なんかは他所様にお任せして、こういう邦画ならでは味と奥行きを大切に理解して応援していかんとなーって思いました。
映画や画像表現メディアもそうですが、根底に流れる日本(語)の“米を研ぐ”なんていう素敵な言語表現なども、常日頃からその意味や成り立ちを理解しつつ大切にしていきたいものですね……
「チン!」
あ、サトウのご飯が温まったので夕飯にしまーす。
ではまた
炊いてもいねーのか




