98話 前座としての戦い
模擬戦当日の昼前。
王都の外れにある広めの訓練場には、すでに多くの騎士たちが集まっていた。
非公式、とされているものの、新設された騎士団と古参の騎士団が戦うとあれば、野次馬根性と探りを兼ねた見物人が集まるのは当然だった。
ネアは練習用の刃を潰した剣を軽く振り、重さを確認する。
(……当たれば普通に怪我するやつだよね。絶対痛いやつ)
レセルは剣の姿で腰に収まっているが、相変わらず遠慮がない。
『ところでネア、観客席のあそこ見なさい』
「え、どこ?」
『あそこよ。変なフードの子』
ネアはそっと視線を向ける。
そこには、地味なフードを深く被り、控えめに拍手している少女が一人。
一見すると、ただの若い見物客。
しかし、ネアの目には一瞬にしてわかった。
(フェリシア……!?)
銀の髪はほぼ隠れている。
服も街中にいそうな素朴なもの。
しかし、あの独特の雰囲気は隠しきれていない。
レセルは呆れた声でぼやいた。
『王国の騎士ときたら、本当に節穴ね。あの程度の変装に誰も気づかないなんて』
「レセル、あんまりそういうこと言うのは……」
『わたしの声はあなただけに聞こえてるでしょ? 大丈夫よ』
大丈夫じゃない気しかしなかった。
とはいえ、フェリシアは変装し、あくまでも一般人として見物したがっているらしい。
彼女がいれば騎士団同士の模擬戦どころではないはずだが、誰も気づかず、ただネアとレセルだけが状況を理解している。
『さて、あちらさんの到着よ』
やがて、相手方が訓練場へ姿を見せた。
蒼盾騎士団。
王都でも古参で、貴族色の強い騎士団。
その中で最初にネアの目に入ったのは、鎧の上からでもわかる引き締まった体を持つ、長身の女性だった。
二十代後半ほど。
鋭い目つきだが美しく、動きに無駄がない。
「蒼盾騎士団、副団長、アリシア・ブレンドル」
彼女は騎士らしく礼をしてから、淡々と自己紹介した。
『どう思う?』
「だいぶ強そう」
それがネアの素直な感想だった。
続いて、団長が前へ出る。
まだ若い。
二十代前半の男性。だが、立ち姿は誇り高く、無駄な飾り気がまるでない。
「蒼盾騎士団の団長、ベルクス・リジェルだ。よろしく頼む」
礼儀正しい声。
奥ゆかしさすら感じる。
ネアも一歩進み、礼を返す。
「黄昏の剣騎士団、団長のネア・ブランシュです。こちらこそよろしくお願いします」
ガルドも胸に拳を当て、騎士の礼を取る。
「黄昏の剣騎士団、副団長ガルド・グリムロック。お手合わせの機会、感謝する」
観客席からはひそひそ声が聞こえる。
「ほら、あれが親の七光りって噂の」
「家柄で団長になったんだっけ?」
「実力もあるぞ。ただ若すぎる。まあ、若さでいうと、黄昏の団長なんか女の子なんだが」
「俺は女の子の団長がよかったなー」
しかしベルクス本人はそれらの声をただ聞き流し、表情を崩さない。
嫌味の一つもない。むしろ品がある。
それがネアの第一印象だった。
ガルドが低い声でネアに告げる。
「ベルクス・リジェル……何年か前、団長になる前の彼と手合わせしたことがある」
「えっ、そうなんですか?」
「結果は……完敗であった」
短い言葉に、ネアは目を丸くした。
ガルドの実力を見る機会はそこまで多くないが、実力者なのは確か。
そんな彼に勝ったのなら、蒼盾の団長は若いが本物の実力者であるわけだ。
「では、始めに副団長同士の戦いを」
審判役の文官が声を張る。
ガルドが前に進んだ。
アリシアという女性も剣を抜き、姿勢を整える。
互いに礼をとり、空気が張り詰める。
そしてレセルが静かに言う。
『どちらも強い。だけど、ガルドは堅実、あのアリシアは鋭さを感じる。噛み合えば良戦になるでしょうね』
次の瞬間。
文官の手が振り下ろされる。
「始め!」
ガルドとアリシアは同時に地を蹴った。
刃を潰した剣同士が衝突する音が、訓練場に鋭く響いた。
ガルドが最初に見せたのは、重厚な守りだった。
盾のように剣を構える戦い方。
相手の攻撃を受け止め、最小限の動きで受け流す。
見物人からも感嘆の声が上がる。
「相変わらず硬いな……」
「ガルド隊長の守りは鉄壁って噂だろ?」
「衛兵として街中で活動してたからな。人々を巻き込まないようにってわけだ」
アリシアは細身の練習用の剣を握り、連撃を繰り出していく。
その動きは一切の迷いがなく、しなやかで速い。
レセルが即座に分析を始めた。
『ガルドは、言うなれば守りの職人ね。生半可な攻撃は通じない』
「そんなにすごいんだ……」
『ただし』
そこに被せるように、アリシアの剣筋が鋭く弾けた。
『あの女は速いわ。攻撃の数で押し切るタイプね。ガルドの守りじゃ、全部は防ぎきれない』
その通りだった。
アリシアの剣先が跳ねるように変化し、角度、速度、リズムが一切読めない。
ガルドはそれらを受け止めていくが、一撃ごとに体勢がほんの少しだけ崩されていく。
「うおっ、見たか? あのフェイント」
「副団長であるアリシア殿は、なかなかの技巧派だからな」
見物人の騎士たちも目を光らせている。
しかし、ガルドはただ守るだけの人物ではなかった。
アリシアの攻撃に混じるわずかな癖を見抜き、隙と思える瞬間に反撃の踏み込みを入れる。
ガキンッ!!
重い音が響き、防いだアリシアの体が大きく後ろへ弾かれた。
ネアが思わず声を出す。
「おお……!」
『これがガルドの真骨頂。受けて、受けて、見極めた瞬間だけ反撃する。守りの中に刃を隠してる』
アリシアは驚きにも似た笑みを浮かべていた。
「さすがですね、ガルド隊長。いえ、今は副団長でしたか」
「……褒めても何も出んぞ」
息を切らしながらも、ガルドは一歩踏み込む。
重い一撃が再度アリシアを捉える、かに見えたその瞬間。
アリシアは地面を滑るように後ろへ跳び、そこから一瞬で懐に入り込んだ。
レセルが少し感心したように呟く。
『あら、速い』
ガルドの反撃は優れていたが、アリシアは相手の癖に慣れ始めていた。
ガルドが振り下ろす剣を、すれすれの距離で外へ弾く。
その一撃で、ガルドの重心が一瞬だけ外に流れた。
ほんの、紙一重。
しかし、その差は実力者同士の戦いでは致命的。
アリシアが踏み込み、剣の刃が、ガルドの首元すぐ下、鎧の隙間にピタリと突きつけられる。
観客の騎士たちが一斉に息を呑んだ。
ガルドは抵抗をやめ、静かに剣を下げた。
「……参った。見事だ」
アリシアは礼儀正しく一礼する。
「ありがとうございました。速度の差が、今回は私に運をもたらしました」
「ふーむ……歳を取ると昔よりも反応がな……」
ガルドのぼやきに、見物人たちから小さな笑い声が漏れた。
レセルは肩をすくめるようにネアへ言う。
『惜しかったけど、悪くない戦いよ。むしろあれだけの相手に、よくここまで粘ったと言える。あの女も強いけど、ガルドの技術は本物ね』
以前、負傷して動けない部下たちを守るため、その場に立ち留まったまま吸血鬼相手に戦い続けた。
それほどの実力があってなお、紙一重の差で負けた。
ネアは緊張で強張った手をそっと握りしめる。
「向こうの団長は、副団長より、強いんだよね」
『そうね。だからこそ、勝てばわたしたちのすごさが示されるけど』
次は、団長戦。
蒼盾騎士団の団長はベルクス。
そして、黄昏の剣騎士団の団長は自分。
(次は……私の番だ)
観客席で変装のフードを浅くしてニコニコしているフェリシアの姿が目に入り、レセルがぼそりと呟いた。
『あの銀髪、腹立つほど楽しそうにしてるわね……ほんと節穴だわ、この国の騎士たち』
「……いっそ、戦ってる最中にあそこに女神教の偉い人がいるって明かす?」
『確実に隙を突けるけど、そのあとが怖い。まあ、やるにしても、負けそうになったらで』
一歩進むごとに、ネアの心臓は鼓動を速めていく。
模擬戦はまだ始まったばかりだった。




