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86話 聖都と呼ばれる場所

 リセラ聖教国。

 その中心にある大都市は、噂に違わず人で溢れていた。

 そこは聖都カルセラと呼ばれ、リセラという国の心臓部でもある。

 露店で並べられた香辛料と布、宗教的な装飾品、そして巡礼客向けの菓子。

 祈りよりは商売の声の方が大きい。

 それはどの国でも見慣れた光景で、ネアは拍子抜けすら覚えた。


 (……もっと堅苦しい場所かと思った)


 街の賑わいは、どこもそう変わらない。

 ただ、よそ者に向ける視線がわずかに鋭い。

 だがそれも、警戒というよりは値踏みのようなもの。

 異国の者は物珍しく、そして財布になる。

 人混みに紛れてしまえば大した問題ではない。

 ネアは歩きながら、ここへ来るまでの道のりをふと思い返した。


 (直接来たら二ヶ月以上……だけど)


 最初にトラヴァスからサブアラへ転移。

 そこから走竜たるドレイクが引く竜車で一週間近く移動。

 日差しと砂によって、着くころには服も髪もパサパサになった。


 (竜車の揺れって、馬車よりずっと激しいんだよね……お尻がしばらく痛かった)


 そんな苦労を経て国境に着いたあと、シャーラの軽快な交渉によって通過できた。

 狐の獣人である彼女の言葉には、妙に人を丸め込む力がある。

 そして今、ついに聖教国の大都市へ。

 国境を抜けた瞬間だけ、胸がひりつく感覚を覚えた。

 それは国を越えたという実感、そしてどこか暗い予感。

 レセルが静かに言う。


 『気を張りすぎないで。ここは戦場じゃないわ。どんと構えていなさい』

 「言うのは簡単だけど、実際にするのは難しいというか」

 『どうしてもと言うなら、わたしがあなたの体を動かしてしまうという手もあるわ』

 「それはさすがに勘弁して」


 シャーラはと言えば、周囲の街並みに目を輝かせていた。


 「ふふふ、ここは儲かる匂いしかしませんわね! 信仰心と財布は比例するものですのよ!」


 その横で、荷物持ちとしてフードを深くかぶったユニスとリュナが、完全に商人の随行として溶け込んでいる。


 「私もああいう風に振る舞うべきかしら?」

 「いやあ、貴族のお嬢様がするのはやめておくべきでしょ」

 「当主に訂正して。誰かさんの雇い主が差し向けた存在のせいで、父が死んだから」

 「しかし、その雇い主と君は手を組んでる」

 「だって貴族だから。敵対していても、手を組むことは当たり前」

 「貴族様は大変だね。まあ、こっちも魔剣に乗っ取られた身だしあまり言えないけど」


 二人は少し仲良くなったのか、聞いていると心配したくなる内容の話をするも、不仲という感じではない。

 ネアは歩き続けた。

 目的はただ一つ。

 聖都カルセラにある、魔神教と女神教が利害で繋がる大事な金庫に近づくこと。

 そして、資金を盗む。

 まだ、この都市はただの観光地のような顔をしている。

 しかし、奥には国を揺らす秘密が眠っているはずだ。

 ネアは剣の柄を握り直し、深く息を吸い込んだ。


 (まだ入ったばかり。むしろここからが本番……)


 喧騒に紛れ、計画の第一歩が静かに踏み出される。

 カルセラは広かった。

 ただ広いのではない。

 教会、商人街、巡礼路、市場、職人区、地下道の入口。

 そのどれもが、信仰と商売と政治の匂いを抱えている。

 ネアたちは観光客を装い、日ごとに役割を変えて各地を巡った。


 『まずはここね』

 「空飛ぶ船、あんなにたくさん……」


 まず向かったのは、空飛ぶ船が停泊する巨大な塔。

 装飾の彫刻は擦り減り、手すりの金属はやけにしっかりと磨かれている。


 (人が多い……脱出時は迷ってたら置いてかれそう)


 塔の係員に声をかければ案内はしてくれたが、その手つきの雑さに、金さえ払えば怪しい者でも乗れそうだと悟る。

 レセルがぼそりと言う。


 『金の匂いが強い場所は、いざとなれば逃げ道にもなる。正解ね』


 別の日、ネアはワイバーンの厩舎がある地区を見た。

 出てくるのは、腰の低い飼育員とやたら筋肉質な調教師。

 翼竜の咆哮が響くと、見学に来ている学生らしき子どもが、怯えながら見学を続けていた。


 「ワイバーンは常に記録されます。泥棒に備えてですね。その貴重さゆえに、飼育は大変なのです」

 「危ないので不用意に近づかないように」


 説明を受けながらネアは理解した。


 (ここからの脱出は難しい。でも……外部の目が届かないところとして上手く利用できるかも)


 厩舎は管理されすぎていて、逆に闇に紛れやすい場所になる。

 皮肉にも、戻ることを考えないならそれは有力な脱出ルートだった。とはいえ、いろいろ難しい部分は残るが


 「次に向かうのは……んん?」


 巡る先々で、ネアは偶然を装う手口に遭遇した。

 階段にいる時、目の前に落とされた果物を拾ったお礼に混ざる紙片。

 市場で受け取った飴玉を包む薄い紙。

 雑踏で誰かにぶつかった際、袖に入れられていた紙片。

 そのどれもに、短く刻まれた情報が挟まっている。


 【脱出地点となる船の発着時間】

 【金庫の位置:東の聖堂地下】

 【女神教内部にも敵あり】


 宰相の目は、この国のあちこちに潜んでいた。

 しかし、誰とも接触はできない。

 様々な手口でこっそり紙を渡すだけだ。


 「……必要最低限だけ渡してくるって感じだね」


 レセルは小さく笑った。


 『深入りしすぎると疑われる。だから彼らは、直接話さずにこっそりと教えてくれる』

 「こういうことできるほど人がいるから、あっさりとシャーラさんの計画を受け入れたのかな」


 ネアたちは日々別々に、そして自然に動いた。

 ユニスやリュナがいない間、ネアはただの旅人になった。

 香り高いパンを食べ、教会前の大道芸人に拍手し、占い屋の怪しいカードに笑い、信者向けの土産物店で、微妙に安っぽい装飾品を触ったりする。


 (……普通の場所、なんだよね)


 誰もが信仰に生き、誰もが生活に追われ、魔神だの女神だのは直接関わらない人もいる。

 その日常に、戦争の資金が、国を割る陰謀が隠れている。

 普通すぎる日々だからこそ、鋭い違和感があった。

 レセルがささやく。


 『油断しないで。ここは信仰の国というより、信仰が道具の国よ』


 ネアは、握りしめた手に自然と力を込めた。

 目的は変わらない。

 戦争資金を盗む。そして無事に逃げることも大事だ。

 そのための情報が、少しずつ揃い始めていた。


 ◇◇◇


 西日が差し始めた頃、ネアは人通りの少ない区画へ足を踏み入れた。

 その奥に佇むのは聖堂。

 情報の書かれた紙に、金庫は東の聖堂地下とあったため、立ち寄ってみたのだ。

 中央の大きな聖堂ほど華美ではないが、妙に厳かな雰囲気をまとっている。

 入口には、紋章が刻まれた長い槍を持つ兵士たち。

 信者よりも、兵士の方が多い。


 (……普通の教会と違って、誰でも出入りできる雰囲気じゃない)


 試しに、ネアが入りたいと申し出ると、兵士は淡々と告げた。


 「内部は改装中だ。入場手続きは数ヶ月先まで休止している」


 壁際には布がかけられ、足場のようなものも組まれている。

 しかし、工事の音はしない。作業する者たちのざわめきも。


 (改装してるなら、こんなに静かなはずない……)


 埃の匂いも、材料の運び込みもない。

 兵士の靴だけが、清潔な床に冷たく響いていた。

 まるで工事中という名目で、何かを隠しているように。


 『……きな臭いわね。中に何かがあると言っているようなものよ、これ』


 レセルの言葉にネアは表情を変えず、軽く頭を下げて聖堂を離れた。

 今は手を出すべきではない。

 この場所の情報を得ただけで十分。


 (焦らない……まだ準備の段階。目星は付いた)


 振り返れば、聖堂の兵士たちが視線をこちらに向けている。

 ネアは軽く息を吐くと、混雑した巡礼路へと紛れ込んだ。

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