84話 戦争資金の強奪計画
個室に広がる静けさの中、シャーラは土の床に指先で簡易的な図を描いた。
砂漠の商人らしい、素早く無駄のない線。
「魔神教の戦争資金は、まず各地の支部で集められます。その後、まとめて金の保管を専門に行う支部へ移されますの。そして、そのお金は最終的に本部に集まりますが、本部に来た時点で完璧な警備の下、手出しは不可能となりますわ」
シャーラは尻尾を揺らし、笑みを浮かべた。
「だから狙うのは──最終的に本部に届く直前。つまり、お金を扱う専門の支部」
リュナは小声で質問する。
「あのー、その専門の支部って、どこなの?」
シャーラはため息まじりに言った。
「……場所は、リセラ聖教国ですわ」
まさかの答えに空気が止まった。一瞬だけだが呼吸も。
「聖教国……って、女神教の?」
「ええ。女神教の総本山。国ごと宗教と思って差し支えない場所。その国に、魔神教専用の金庫があるわけです」
ユニスは信じられないといった顔になる。
「どうして敵の国に……?」
「敵? それは建前ですわ。正確に言えば女神教の一部が魔神教と繋がっているということ」
ネアは眉を寄せた。
「ただ繋がっているんじゃなくて……?」
「魔神教の一部が、女神教を利用している。あるいは、女神教の一部が魔神教に利権を与えている。見方次第で変わりますわね」
床に描いた図の横に、二つの矢印が引かれる。
【女神教】⇄【魔神教】
「利害関係で繋がってる双方ですの。荷物の一部、資金の一部、情報の一部を流し合う。本気で殺し合う前に、双方が共通の利益で繋がっている状態」
ネアは深々と息を吐いた。
(……これ、ただの争いじゃなくて、もっと泥沼な何かだ)
シャーラは両手を打ち鳴らし、にんまりと笑う。
「だから楽しいんですわ。盗んでも“どちらの責任”か曖昧になるんですものねえ!」
レセルが呆れ声でささやく。
『この狐、信仰心が皆無ね……』
(うーん……逆に言えば、この人には利害しか見えてないからある意味信用できる、のかな)
ユニスが冷静にまとめた。
「つまり、戦争資金の行き場所が、女神教と魔神教の“境界”にあるということ」
「そうですわ」
シャーラが指先を叩く。
「境界となる場所では、盗みやすい。責任の所在が曖昧になるから、騒ぎになりにくい」
三人と一振りが息を呑む中、シャーラは悪戯っぽく笑った。
「戦争資金の強奪。これって十分、現実的だと思いませんこと?」
こうして狙いは決まった。
目的地は聖教国。
狙うは魔神教の金庫。
戦争の火種を、金庫ごと盗み出す計画が動き出す。
とはいえ、計画は決まったものの動く前に情報が必要。
四人と一振りは個室を離れ、再び大広間へと戻った。
「では、全員怪しまれないようにお願いしますわね?」
そこではまだ祝宴が続いており、器に憑依した魔神からの宣言が響いてから、人々の熱は冷めるどころか高まっていた。
杯が重なり、祝福の声が飛び交い、同時にあちこちで準備の噂が漏れる。
『持ち込む物資は数倍に』
『器が保つうちに攻勢をすべきでは』
『いやいや、若い器を守る戦力強化を急げ』
『資金輸送の時期は早めるべきだ』
ネアは聞きながらも表情を変えず、スープの皿を交換したり、肉や野菜などを挟んだパンを受け取ったりしながら歩く。
リュナは自由人らしく、タダ飯を満喫している。
ユニスは、それを白い目で見つつ必要な情報を拾う。
シャーラは、別の商人らしき人物と食材の交渉をしていた。
金になる話に夢中になりつつも、耳だけは鋭く、周囲の会話を拾っているのがわかる。
剣のレセルは、ネアにだけ届く声でささやいた。
『……この空気、どこか狂ってるわね。戦争前夜を楽しんでいるような宴の匂い』
「確かに……何かが壊れる前の高揚感みたい」
黒い熱気が漂う中、ネアたちは怪しまれることなく、必要な断片を拾っていった。
やがて時が進み、宴の終わりが見え始めた頃、自然な流れで退出し、転移魔法陣を使ってトラヴァスへ戻った。
戻ってすぐ、ナランが静かに部屋を用意してくれた。
騎士団本部の一室、そこは重厚な扉の先にある会議室。
「細かい動きはまだ報告しなくて結構。まずは、あなたたちの“見たまま”を聞かせてほしい」
ナランの声は落ち着いているが、彼女の猫の耳は緊張するようにかすかに揺れている。
ネアは息を整え、本部の様子、器である少女、幹部たちの会話を順に話していく。
ユニスが簡潔に補足をし、リュナはリュナなりの視点で戦の空気を語り、剣であるレセルは、人の姿になると要点だけ伝えた。
そして、最後にネアは口にした。
「……戦争のための資金は、聖教国の支部に集まってて、そこに魔神教の金庫が……あるそうです」
ナランは、わずかに目を細めた。
「聖教国に……魔神教のお金が? なるほど」
それは驚愕でも怒りでもなく、繋がりを確かめたという静かな反応。
ネアは思わず問う。
「……知ってたんですか?」
ナランは首を振った。
「噂程度なら。しかし、確証はありませんでした。外から見る者の報告で、それが初めて現実になる。だから、あなたたちが必要なのです」
その静かな言葉とともに、ナランは小さく手を打った。
「では、続けましょう。そちらにいる狐の獣人である彼女が提案した、戦争資金を盗むという話について」
ユニスが咳払いし、リュナはにやりと笑い、シャーラは荷物の袋を抱えながら尻尾を揺らす。
ネアは覚悟を決めるように頷いた。
こうして、戦争の火種は盗まれることを前提に、さらに深い策が語られようとしていた。
「率直に行きますわ。計画に協力を」
ネアが何か言う前に、シャーラは勢いよく手をあげた。
「わたくしたちは命をかけて盗み出して差し上げますわ。その代わり、支援が必要ですの! 人員、情報、そして撤退経路!」
図太い、なんて言葉では足りない。
まるで当然の権利のように要求してくる。
「それから偉い方も呼んでくださいまし。こちらも命を賭ける以上、責任ある立場の方と契約しておきたいのですわ」
ナランの尻尾がぴくりと跳ねた。
頬がひきつり、言葉の刃が出そうになっているも、喉元で止まっている。
(怒ってる……よね?)
ネアが内心で目をそらし、ユニスは絶句する。リュナは少し感心していた。
ナランは深く息をつき、低い声で告げた。
「少し、待っていなさい」
そして扉の向こうへ消える。
それから数分後。
扉が再び開かれ、ナランは頭を下げた。
その後ろには、沈黙をまとった人物が立っていた。
彼は、王国の宰相。
王都の政を握る人物。
「自己紹介は不要だろう……この計画、検討しよう」
シャーラは狐の耳をぴんと立てて、満面の笑みを浮かべる。
「まあ、ようこそ! こんな下町の会議においでいただけるとは! 身に余る光栄でございますわ、宰相閣下」
おべっかを受けて、宰相はわずかに笑う。
「戦争資金の強奪。成功すれば、魔神教の計画は大幅に遅れ、大きな痛手を与えられる。ついでに、女神教側の腐敗した者も炙り出せる」
ユニスの表情がわずかに変わる。
貴族の当主として女神教との繋がりを深めている立場上、耳が痛いのだろう。
宰相は続けた。
「ただし、参加する者はブランシュ隊としてではなく、個人として行動してもらう。失敗すれば、切り捨てられる」
その言葉には、一切の情が無い。
だが同時に、逃げ道を確保することも語る。
「脱出用の飛行船、およびワイバーンを、聖教国の複数地点に密かに用意させよう。成功しようが失敗しようが、生きて戻る可能性を作る」
レセルがネアにささやく。
『太っ腹なのか、冷酷なのかわからないわねぇ』
(たぶん……両方)
宰相は、ネアたちをそれぞれ見た。
「命を賭ける価値がある仕事だ。とはいえ、やるかやらないかを、改めて問わねばならない」
その問いに、まずシャーラが手をあげる。
「やりますわ!」
ネア、ユニス、リュナ。
それぞれ事情も覚悟も違うが、視線を交わし、頷いた。
「……行きます」
宰相は小さく頷く。
「では決まりだ。存分に荒らして盗んできたまえ。我々は、それを影ながら支援する。……ただ、あまり人を殺さないでくれると後始末がしやすい」
その言葉は、祝福ではなく命令でもなく、歴史に残る行動に対して背を押す言葉だった。




