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83話 お祝いの中での盗み聞き

 お披露目の儀式が終わると、大広間はまるで別物のように活気づいていた。

 祭壇の前では神妙な面持ちで祈りを捧げる者がいる一方、奥の方では豪華な料理や酒が並べられ、信徒と幹部はそれぞれ場所を分けて談笑をしている。

 一般の信徒同士、幹部同士といった具合に。


 「……不思議な空気の混ざり方」


 ネアは小皿を手に、焼いた肉とスープを受け取りながら呟いた。

 緊張と興奮、そして不気味なほどの日常的な雑談が混ざっている。

 シャーラはというと、すでに大量の料理皿を抱えて近くの机へ向かっていた。


 「美味しいものは先に確保しますわよ。ここでしか味わえないものは特に!」

 (……まあ、あの人が目立ってくれる分にはいいか)


 ユニスとリュナも、荷物係のふりをしつつ目立たない程度に食べ物を取る。

 緊張する彼女たちを横目に、ネアは食器を持ったまま移動した。

 その視線は、幹部の集まりに向いている。


 『もしかして聞きたいの?』

 「うん」

 『なら、手伝ってあげるわ。耳の強化ね』


 レセルが鞘の中でささやくと、ネアの耳に音が流れ込んできた。

 周囲のざわめきに混じる、遠くにいる幹部らしき面々の声。


 「……器が予想よりも耐えられていない」

 「あれでは、数年ほど命を保てるなら上出来といったところでしょうな」

 「次の依り代候補は? まだ幼すぎると言っていたが」

 「育てながら使うしかない。しかし方針が決まった以上、出番が早まるかもしれぬ」


 器の少女が運ばれていった方向を見ると、そこにあった薄い不安が言葉として形になっていた。


 (……やっぱり、かなり無理してた)


 さらに別の声が続く。


 「女神教と正面切って争うなら、勝ったあとが問題だ」

 「ふむ。戦後の統治を考えるなら、最低でも数年の猶予が欲しいところだが」

 「だが“告げられた”以上、動かざるをえない」


 勝利したあと。

 その言葉は、戦よりも重い意味をもって響いた。


 (魔神教は……国を取る気なんだ……)


 ネアは小皿を持つ手に力が入り、スプーンの先がわずかに震えた。

 その時、別の幹部が低い声で付け足す。


 「……ただ、一つ問題がある」

 「なんだ?」

 「まだ鍵が見つかっていない」

 「器は揃ったのだ、あとは時間の問題だろう?」

 「違う。器は媒介するだけに過ぎん。魔神の意思や声をこちらに伝えるだけのものでしかない。復活には、鍵こそが必要なのだ。復活のための魔力は用意しているが、鍵がなくては……」


 少しだけ、話している者たちの空気が変わった。


 「鍵……?」


 ネアが思わず呟くと、レセルの声が静かに耳を刺す。


 『黙りなさい。興味を持っていると思われると危険よ。盗み聞きしてるのだから』

 「……うん」


 手元のスープで口を覆い、誤魔化すように飲み込む。

 幹部たちは小声で続けた。


 「その鍵を探し、奪うだけの戦力が今はない」

 「女神教にも“鍵候補”はいるのだろう?」

 「だからこそ、備えを急げ……ということだ」


 その会話は、かすかな笑い声とともに霧散していく。

 まるで、この先の血の匂いさえ楽しみにしているかのように。


 (……鍵っていったい……)


 ユニスとリュナは小声で文句を言い合い、シャーラは別の信徒を交えて料理談義に夢中だった。

 そのどれもが、この場の異様さをより際立たせた。

 レセルが静かに告げる。


 『ネア、これから注意しないといけないのは器じゃない。鍵の方よ。盗み聞きした内容から想像する限りでは、だけど』


 こうして、ネアは魔神教の重要視してるものに気づく。

 ──鍵。

 それが何なのかはまだわからない。

 だが、きっと魔神復活の核心になる。


 ◇◇◇


 幹部たちの会話を盗み聞きしてから、しばらく時間が経った。

 ネアは控えめに料理をつまみながら、周囲の声と視線に気を張っていた。

 そんな彼女の肩を、突然ぽんっと指先が叩く。


 「あら? 顔に疲れがにじみ出ていますわよ?」


 振り返れば、皿を三枚持ったままのシャーラが笑っていた。


 「表向きだけでも、楽しそうなお顔をなさいませ。でないと、儀式に不満があるのかと怪しまれますから」

 「……なるほど、気をつけます」


 ネアはぎこちなく微笑み、それだけで周囲の視線が気にならなくなる。


 (……形だけでもいいんだな)


 少し会話を交わしたところで、シャーラがふと目線を横に向けた。

 遠くにある幹部たちの席の方へ。


 「あ〜……なるほど。はいはい、理解しましたわ」

 「何を?」

 「こちらへ。見せたいものがありますの」


 そのままネアの手首を引き、ユニスとリュナにも目で合図すると、一行を引き連れて大広間から離れていく。

 案内されたのは、飾り気のない小部屋だった。

 床に敷物があるだけで家具はない。

 酔った者や食べすぎて動けない者が寝転がるための場所らしい。

 殺風景さが、逆に別の使い方がされている気配を感じさせた。


 「ふぅ……食べすぎましたわ。無料だとついつい食い意地が張ってしまいますわねえ」


 腰を下ろしたシャーラは、膨れたお腹をさすりながら息を吐く。

 ユニスは呆れ、リュナは笑う。

 ネアも息を吐いて肩の力を抜いた。

 すると、シャーラが声を潜める。


 「さて──面白い話をして差し上げましょう。先ほど、器の子や戦争の話が出ていましたでしょう?」

 「あの会話……聞いてたの?」


 驚いたネアに対して、シャーラは小さく笑うと、自らの狐耳を指でつまむ。


 「誰が何を喋っていたか、わたくしぐらいになりますと、料理より簡単に拾えますの。なにしろ、狐の獣人ですので」


 そして、一切の冗談をまじえずに言った。


 「戦争の準備が始まる。つまり、大金が動きますわ」


 空気が変わった。

 魔神、その器、女神との戦い……どれも重い話だったが、シャーラの声はそれらより冷淡で現実的だった。


 「戦争資金の問題。器の子をどうするかという不安。女神教に勝ってもその後どうするのかという不安。……それらすべて、とある方法で解決できますわ」

 「とある方法?」


 シャーラのふさふさとした尻尾がゆっくり揺れる。


 「戦争資金を強奪することですのよ」


 一瞬で、三人の目が丸くなる。


 「えっ!?」

 「……ここ、魔神教の本部だけど」

 「まさか盗む気?」

 『……この女狐、狂ってるんじゃない?』


 ついでに一本は辛辣な言葉を吐く。

 シャーラは、嬉しそうに笑う。


 「戦争を始めようとする組織が、戦争するためのお金を失えば? 器の子を無理に使い続ける意味はなくなるでしょうし、戦争の計画も大きく遅れます。そのお金はどうなるか? もちろん──」


 ぽんぽんと財布を叩く仕草。


 「わたくしの……んん、わたくしたちものになり、それぞれの未来を守る資金となるのですわ~」


 ネアは、気づいたら笑っていた。


 「あの、魔神教の信徒がやっていいことじゃない気がするんだけど」

 「信仰は大事ですわ。ですが、わたくしにはお金の方が大事でして」


 シャーラの言葉は、魔神の信徒が持つ狂気とは別方向の、あまりにも現実的な狂気だった。

 ネアは小さく息を吐いた。


 「……一応、協力するよ」


 その瞬間、シャーラの尻尾が勢いよく揺れた。


 「まあっ! 商機を理解できる方は好きですわ!」


 レセルは呆れた声でささやく。


 『こんなのに味方するなんて、苦労するわね……。効果的なのは、とりあえず認めるけど』


 ネアは剣の柄を握る。

 戦争を止めるためでもある。

 器の少女を守るためでもある。

 そして何より──貴族や魔神に踊らされない未来のため。


 「悪くない選択だとは思う」


 個室の空気は重くも熱を帯び、次の動きへと向かっていく。

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