80話 トラヴァスへの帰還
砂漠の魔物を片付けたおかげで、商隊からは予想以上の報酬が支払われた。
それを見たシャーラは、目を輝かせて尻尾を揺らしながら交渉を行う。
「はいこちら、報酬の受け取りはこの子の代わりに、わたくしが代理でございますわぁ。……あらら、この分は危険手当として計上しておきますわね。おっとっと、こちらは魔物討伐の協力費……まあまあ、なかなか太っ腹ではなくて?」
このような感じで商隊の者たちを手玉に取りながら、ちゃっかり元の倍近い金額を巻き上げていく。
命を助けたからこそ、相手もこれを受け入れてくれる。そうでなければ交渉どころではない。
(ほとんど私が戦ったんだけど……まあいいか)
いろいろ思うところはあるが、声には出さない。
彼女のがめつさのおかげで、本部へ向かうための追加料金を支払えるくらい……いやそれ以上に稼げたのだから。
「ふふん。これで本部までの“旅費”も心配いりませんわね」
帰る途中、シャーラは満足そうに胸を張り、余分に稼いだ分をネアに渡した。
魔物の討伐から戻ったあと、サブアラ支部では上の方の混乱が少し落ち着いたらしく、ネアは呼び出される。
「転移魔法陣で、あなたをトラヴァスまで送り返します」
それなりに立場がありそうな人物のところまで案内されると、このような決定が下された。
異国で孤立無援に近い状況だったネアは、ほっと胸をなでおろした。
「よかった……。これでユニスたちと合流できる」
あとは帰るだけ。
転移魔法陣の前で準備が整うのを待っていたネアだが、ここで少し問題が起きる。
「まあまあ、わたくしもご一緒させていただきますわね?」
シャーラが、ごく自然な顔で割り込んできたのだ。
「え? 一緒に?」
「もちろんですわ。通常、転移は数人まとめて行うのが普通なのが、今回はあなた一人。こんな美味しい機会、逃すわけないじゃありませんか」
そう言いながら、支部から調達したと思わしき運搬用ドレイクが引く荷台に、山のような荷物を積み込みはじめる。
布包み、木箱、壺、巻物、布製の袋、さらには謎の金属製の箱──。
「……全部持っていくの? というかドレイクも?」
「すべて商売道具ですわ。“どこへ行っても利益に変えられる荷物”を常に持っておくのが、商人としての嗜みでしてよ」
「いや、これ嗜みって範囲を越えてる……」
荷物の隙間にわざわざ何かを詰め込みながら、シャーラは話を続ける。
「トラヴァスは国境にある街ですもの。それにソーティ側の品物も流れ込みますわ。向こうでは珍しいサブアラの名産を売り飛ばせば、それだけでもう丸儲け! くふふふ……」
どこかギラギラした商人としての目を輝かせるシャーラに対し、レセルは小声で呟く。
『こういう、違う方向で強い者ってのはたまにいるけど、今回敵じゃなくて良かったわ。味方だと面倒だけど、敵にするともっと面倒だろうし』
「同感……」
少し離れたところで荷物の山を眺めながら、ネアは頷く。
やがて、転移魔法陣の起動準備をしている信徒たちの横で、シャーラは荷物の紐を締め直しながら笑みを浮かべた。
「さあ、ネアさま。出発の準備はできましたわよ。……あとはわたくしの荷物がすべて転移に耐えられるよう、ちょっとした調整をするだけ」
「まだかかるの……?」
「おほほほ、転移したあと荷物の山に埋もれることがあっては大変。それに荷物を積み直す無駄な時間が生まれてしまいます。わたくしにとって、商売できない時間ほどもったいないものはありませんのよ?」
沈みかける夕日が差し込む転移室にて、魔法陣がゆっくりと光を帯びていく。
その光の中で、ネアは思う。
(……これから先、もっと大変な戦いがあるかもしれない。魔神の眷属になってたあの人には勝てた。でも、あれよりも厄介な存在と戦う可能性もあるはす)
サブアラの砂の匂いを残したまま、転移魔法陣は音もなく発動を始めた。
魔法陣の光が収まると、ネアは見慣れた屋内に立っていた。
「ふう……戻ってこれた」
トラヴァスにある魔神教の施設。その中にある、転移魔法陣が用意された一室。
異国サブアラの熱気と砂の匂いはもうなく、ここには冷たい夜風の気配が漂っている。
シャーラはというと、到着するなり狐の尻尾をふりふりしながら、運搬用ドレイクの手綱を握っている。
「では、わたくしは明日の商売の準備がありますので! ご挨拶はまた今度ということで!」
そう言って、どこかへ去っていく。
「いやもう、本当に行動が早いね、あの人」
『あの図太さは、部分的には見習うべきかもしれないわ』
ネアは肩の力を抜き、そのままナランのいるトラヴァスの街の騎士団本部へ向かう。
◇◇◇
夜の本部は静かだった。
だが、ナランはなぜかまだ執務室の灯りをつけていた。
扉を叩くと、すぐに返事が返る。
「どうぞ」
中へ入ると、ナランは書類の束を片付けながら顔を上げた。
少し疲れているのか、猫の耳はわずかに垂れ下がっている。
「戻ってきましたか。まさか今日のうちに帰還するとは思いませんでしたよ」
「はい。……いろいろあって、早めに戻れました」
ナランは手を止め、ネアの目をじっと覗き込む。
「いろいろ、とは?」
(そりゃまあ……聞かれるよね)
ネアは軽く息を整え、できるだけ冷静に──しかし核心は避けつつ語った。
「ジェーンさんが……向こうの支部から宝石を盗み出した盗人たちを追いかけ、戦って、相討ちになりました。その後の処理は向こうの信徒が行うと言ったので、それで……」
ナランの眉がわずかに動く。
「魔神教の幹部が一人、減ったと。サブアラは少し騒がしくなるでしょうね……」
返ってくるのは、驚きよりもどこか淡々とした反応。
だが、その目の奥は何かを測るように冷たかった。
「あなたが無事で良かった。しかし、相討ちですか。あのジェーンという女が、そんな簡単に死ぬとは思えませんが?」
ネアは心臓が跳ね、わずかに握った拳が震える。
(やっぱり……簡単には信じないよね)
だが、レセルの声がネアの耳にだけ届いた。
『落ち着いて。核心を言わなければいいわ』
ネアは微笑みを作る。
魔神の眷属だった彼女を自分が倒したとは言えない。
「……そこは私にもよくわかりません。でも、確かに爆発がありましたし……あの人は爆発に巻き込まれて姿が見えなくなってて、それ以上確認しようがありませんでした」
少し間が空く。
ナランは視線をネアから外し、机の端にあるランタンの火を軽く揺らした。
「……まあいいでしょう。戻ってきたのなら、改めて任務の続きにあたってもらいます」
息をつく暇もない。
ナランは淡々と続けた。
「明日の昼頃、こちらへ来てください。話すべきことがいくつかあります」
「はい。わかりました」
ネアが退出しようとすると、背中に声が投げられた。
「おかえりなさい、ネア・ブランシュ隊長」
ネアは一瞬だけ振り返り、軽く微笑み返して部屋を出る。
その背中を見送りながら、ナランは何かを小さく呟いた。
外に出たネアは、遠くで積み荷の整理をしている狐の影、もといシャーラを見つける。
「……あの人、明日にはもう商売始めてるよね」
『ああいう強い生命力、嫌いじゃないわ』
「レセル、それ褒めてるの?」
『呆れ半分、褒めるの半分。わたしの使い手であるあなたが、ああいう鬱陶しい者じゃなくてよかったと思う程度には』
「それ、なかなかひどいこと言ってる」
苦笑混じりに宿舎へ戻ると、ユニスとリュナが少し驚いた様子で出迎える。
その日のうちに戻ってくるとは思ってなかったようだ。
何があったか、ナランにしたのと同じ説明を手短に伝えると、二人とも納得した様子でいた。




