表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/120

78話 胡散臭い狐の女商人

 サブアラの支部へ戻ると、空気はひどくざわついていた。

 しかし、ざわめいているのは上層部だけ。

 廊下を歩けば、耳を澄ませずともひそひそ声が漏れ聞こえる。


 「ジェーン様が?」

 「ここの所属ではないから、正式な報告筋が……」

 「責任の所在が面倒な……」

 「だが消えたのは事実だろう。となると──」


 ネアが近づくと、皆そろって話題を切り替える。

 あからさまではないが、どこかよそよそしい。


 (サブアラの人たちからすれば、私は外部から突然来た新人でしかない)


 しかも、ジェーンが消えた現場にいたのも自分。

 尋問されてもおかしくない状況だが、幸いネアに火の粉は飛んでこなかった。

 それはただ単純に、ジェーンがサブアラの所属ではなかったからだ。


 『国が違えば、同じ組織でも実質的には別の組織みたいなもの』

 「……寂しいね。あの人は、裏でいろいろ動いてたのに」


 自分たちの部下や上司が死んだわけではない。

 そのため、混乱は魔神教の上の方で起きており、サブアラの支部は命令待ちの状態で比較的静か。

 とはいえ、ネアにとっては別の意味で深刻な状況だった。


 「……この国で、完全に孤立してる、よね?」


 誰に問うでもなく呟く。

 剣であるレセルが鞘の中で応じる。


 『ええ。あなたをここに連れてきた張本人は、もういない。今のあなたは、砂漠の真ん中で置き去りにされた旅人みたいなものよ』

 「言い方が……重い」

 『でも事実でしょ?』


 サブアラの乾いた空気が、やけに遠く感じられる。

 そんな不安定な状況を理解しているらしい支部の幹部代理たちは、ネアに対してやたら丁寧だった。

 ジェーンという幹部が、わざわざ連れてきた者というのが影響してるのだろう。


 「……転移陣の再調整が必要でして」

 「その、旅費を渡して陸路で帰っていただくのも検討していますが……」

 「上で話がまとまるまでは、どうか待機を……」


 つまり、帰る方法はあるが、どれを選ぶかが決まっていない。

 その板挟みの中、ネアは宙ぶらりんのまま放置される形になった。


 「……異国にある魔神教の支部で足止め、か。どう考えても、良くない状況だよね……」

 『でも、逆に言えば、堂々としていれば今回の混乱に紛れ込める』

 「堂々とって……気持ちが追いつかないよ」

 『そのためにわたしがいるじゃない』


 少し嬉しそうな、頼もしいような、やや歪んだ声にネアは苦笑した。

 その後、しばらく待機をという指示が下された。

 やることもなく、行く宛てもない。


 (話がまとまるまで、うろつくしかないか……)


 ネアは支部の内部を歩き始めた。

 石と砂で造られた迷路のような建物。

 行き交う人々は異国の衣装を身につけ、言葉の訛りも王国とは大きく異なる。

 まるで、別の世界に来たようだ。

 しかしその中で、ネアの知らぬ視線が、何度か背中に刺さっていた。


 「……気のせい?」

 『違う。誰かが見てるわね。あなたを“ジェーンの後釜候補”だと思っている者がいる』

 「えぇ……それ、本気で困るやつ……」

 『幹部がわざわざ、一人だけ同行させてる者とくれば、そういう目で見られてもおかしくはないわ』


 ネアはため息をつきながら、支部の奥へと歩みを進めた。

 サブアラ支部の市場区画は、どこか怪しげな熱気に満ちていた。

 王国とは違う香辛料の匂い、乾いた風、異国の衣装を着た信徒たちが取引の話をしながら行き交っている。


 (支部っていうか……市場みたい)


 そんな感想を抱きつつ歩いていると、耳の先が尖り、ふさふさした尻尾を揺らす狐の獣人の女性が、とある露店の陰からひょいと顔を出した。


 「まあまあ、そこのお嬢さま。少しお顔が強ばっていらっしゃいますわ? 異国でのお一人歩きは、緊張しますものねえ」


 柔らかい声。

 言葉の端々にどこか商人めいた余裕があり、しかし過度に押しつけがましくもない。


 「あなたは?」

 「わたくし、シャーラと申しますの。商人をしながら魔神教にもお仕えしている者ですわ。困ったときの相談役……といったところかしら」


 商人にしては目が鋭い。

 しかし愛想はよく、腹の底を見せない──どこか危険と安全の中間みたいな雰囲気をまとっていた。

 よりわかりやすく言うなら、胡散臭い。


 (一応話が通じそうな相手……かな)


 ネアは思い切って尋ねる。


 「魔神教について……いろいろ聞いてもいいですか? 支部があるなら、本部ってどこにあるんです?」


 シャーラはぱちりと目を瞬かせると、すぐさまにっこりと微笑んだ。


 「もちろん、教えてさしあげてもよろしくてよ。ただし、情報には値段がつくものですの」

 「……お金で?」

 「ええ。わたくしは商人ですから」


 ネアは少し悩んでから財布を開き、手持ちの中からいくらかを差し出した。

 シャーラはそれを受け取り、指で軽く弾くと心地よく笑った。


 「では、お話いたしますわ。魔神教の本部は、大陸のどこにもありませんの。厳密には──大陸の地下にございますのよ」

 「地下……?」

 「地下洞窟に広がる大規模拠点ですわ。そこへ至るには、転移魔法陣を使うほかありませんの。徒歩では決して辿り着けない、というわけですわねえ」


 そのままシャーラは話を続ける。


 「そしてもう一つ。より値の張る情報がございますの」


 そこで言葉は止まり、手が何かを催促するように動いていた。

 続きが聞きたいなら払うものを払えという意味だ。


 (……払うしかないか)


 さらに金を渡すと、シャーラは狐の耳をぴんと立てて言う。


 「近々、本部にてお披露目が行われますの。新しい魔神の器となる者の、ね」

 「お披露目……」


 レセルが鞘の中で不快そうに震えた。


 『器……またその話……』


 シャーラは指を揺らしながら楽しげに続ける。


 「ちょっとしたパーティーになりますわ。皆さま、お祝いだお祝いだと、タダ飯やタダ酒を狙って集まるものでして。お嬢さまも、お好きでしょう?」

 「そりゃ、タダで飲み食いできるのは嫌いじゃないけど……」


 シャーラはふさふさしている尾を揺らしながら、さらにささやく。


 「追加料金を払ってくだされば、わたくしのお導きで“本部”へお連れできますの。それだけの立場はありますのよ、わたくし」


 それはまさかの提案。

 だが、ネアは財布を見て青ざめた。


 「……足りない」


 財産のほとんどは王都に置いてある。

 サブアラに来るつもりなどなかったのだから当然だ。

 シャーラは視線を動かし、ネアと、その腰にある剣を見比べた。


 「まあまあ、お困りなのね? でしたら一つ、お仕事がございますの」

 「お仕事……?」

 「魔物討伐ですわ。交易の邪魔になるものが少々。お嬢さまほどの腕があれば、ちょちょいと片付くはずですもの。わたくし、こう見えて人の“素性”は調べるのが早い方ですのよ?」

 「……わかりました。受けます」

 「では、お任せいたしますわね──狩猟祭の優勝者である、ネア・ブランシュさま」


 狐の目は、どこか楽しげに細められた。

 異国から来たばかりの者だろうと、その素性をすぐに調べられる。

 それだけの力があると、暗に匂わせてきていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ