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62話 金の髪と銀の瞳をした副隊長

 ブランシュ隊は、名ばかりの部隊だった。

 王城に用意された部屋には机と書類だけが並び、兵の姿はひとりもない。

 整えられたはずの詰所も、まるで空き家のように静まり返っている。


 「……あのさ、これで本当に隊って呼べる?」


 窓辺に腰をかけたリュナが、退屈そうに頬杖をつく。

 肘は膝の上にあり、結構姿勢が悪い。


 「まあ、ぎりぎり呼べる……はず。今のところ、隊員は私たち二人だけとはいえ」


 ネアはため息をつきながら、手元の紙を眺めた。

 宰相から渡された任命状には細かい指示など一切なく、ただ王命により設立、とだけ記されている。


 「宰相からの連絡もなし。……どうする?」

 「ぶらぶらしてるしかないかもねえ。隊長さん、衛兵の手伝いでもする?」

 「それも悪くないけど……」


 二人の間に気だるい沈黙が流れた。

 その時、部屋の扉が静かに開く音がした。


 「失礼させてもらうけど、少しいい?」


 入ってきたのは、金の髪と銀の瞳を持つ少女。

 整った立ち姿に冷静な眼差し。

 オルヴィク家の当主であるユニスだった。

 まさかの来客にネアは思わず立ち上がる。


 「ユニス……どうしてここに?」

 「この部隊に入るため」


 あまりにあっさりした言葉に、ネアもリュナも何度かまばたきする。


 「……それって冗談?」

 「冗談じゃないけど」


 ユニスはまっすぐ歩み寄り、机の前に立つ。

 外套を外し、その下にはどこから調達してきたのか軽鎧を着ていた。


 「バゼム・グラニエ……あの人から“決してオルヴィク家と敵対しない”という確約を取りつけた。これは正式な魔法契約。それも破れば死ぬ類の」


 淡々とした口調で、それが単なる比喩ではないことを告げる。

 リュナが低く口笛を吹いた。


 「へえ、ずいぶんと物騒な契約……」

 「後顧の憂いを断つためでもある」


 ユニスは続ける。


 「オルヴィク家の今後を考えるなら、どこかで大きく動く必要がある。だから、私はこの部隊に当主として加わるつもり。動けるのは私しかいないという事情もあるけど。……ついでに、副隊長の席をもらう」


 言い切る口調は揺るぎない。

 ネアはしばし言葉を失い、それから苦笑した。


 「強引だね。……でも、わかった。お願いするよ、副隊長」

 「ええ、よろしく。ネア・ブランシュ隊長」


 わずかに口元を緩め、ユニスは椅子に腰を下ろした。

 その所作には、もう貴族としての迷いはない。

 言葉には少しわざとらしい部分があるものの。


 「それで、宰相はあなたに何を命じたの? 今回の件、事前に裏で何かやりとりしたでしょ?」

 「命じたというほどでも……ただ、地方の治安維持を名目に動いてもらうって」

 「ふーん。治安維持、ね」


 ユニスは目を細めた。


 「便利な言葉だけど……つまり、王都の目が届かない場所を見てこい、という意味でしょ?」

 「そんなふうに聞こえた?」

 「私の耳には。宰相があなたをどう使うつもりなのか、少しずつ見えてきた気がする」


 窓の外、王都テルディにある塔が日光に照らされていた。

 三人だけの部隊。

 だが、その影は確かに動き出していく。


 ◇◇◇


 その日の午後。

 ブランシュ隊の詰所に、宰相からの使いが現れた。

 整った軍装に身を包み、封蝋付きの書簡を持って。


 「宰相閣下より伝達。ブランシュ隊へ初任務が下る」


 ネアは思わず背筋を伸ばした。

 使いの者は淡々と文を開き、読み上げる。


 「王都南方の街道沿いにて、通行人および商隊を妨げる魔物の群れが出没。被害は軽微ながらも、早期の対処を求む。任務区分は実地慣行。対象の討伐、または除去を済ませることで任務は完了となる」

 「なるほど、つまり“どうにかしてこい”ってわけね」


 リュナが肩をすくめる。

 傭兵としての経験から、ある程度のことは予想できているようだ。


 「徒歩では数時間を要すため、王立厩舎よりワイバーンを一頭のみ貸与。少人数を輸送するための箱を備え付けてあるので、そこに搭乗せよ。……以上」

 「ワ、ワイバーン!?」


 ネアは思わず声を裏返した。

 初めて王都を訪れた際、空を飛びながら罪人の入った檻を運ぶワイバーンを目にした。

 その時の衝撃は忘れられない。

 使者は淡々と頷く。


 「ええ、そうですとも。通常の馬車よりは素早くて安全であるかと。……ただ、風が強い時は揺れるので、酔わないようご注意を」


 そう言い残し、軽く一礼してから去っていった。


 「……空、飛ぶんだって」


 わずかな静寂のあと、ネアは紙を見つめながらぽつりと呟く。


 「いやあ、いきなり凄い話だねえ。うんうん」


 リュナは何度も頷き、ユニスは小さく眉をひそめる。


 「直属の部隊の“慣らし”にしては、なかなかに豪快だけど」

 「ま、試されてるんでしょ。宰相の性格的にさ。隊長に副隊長、頑張ろう」


 やがて、王城の近くにある特別な飛行場へと向かう。

 王都内部にありながら、ほとんど高い建物のないそこは、庶民からは見えないよう他の建物を壁にして隠されるように存在していた。


 「話は聞いております。皆様、こちらへ」


 案内された先には、巨大なワイバーンが灰色の鱗を光らせながら鎖で繋がれている。

 背には木製の箱があった。人が三人ほど入れる大きさのものが。


 「え……まさか、これに……?」


 ネアは青ざめて立ち止まる。

 その背中に、そっと温もりが触れた。


 「大丈夫よ、ネア」


 少女の姿をしたレセルが微笑み、後ろから抱きしめる。


 「落ちる前に、わたしがちゃんと受け止めるから」

 「いやいや、落ちないのが一番大事でしょ!?」

 「念のため、よ」


 からかうような声に、ネアの頬がわずかに赤くなる。

 ユニスとリュナは、その様子を見て顔を見合わせた。

 ユニスは無言でため息。

 リュナは苦笑いを隠しきれず、ぼそりと呟く。


 「……こりゃ、副隊長の出番はなさそう」

 「そういう問題ではないわ」


 やがて箱が固定され、三人が乗り込むと、ワイバーンが翼を広げた。

 地面が揺れる。

 一瞬の浮遊感……そして、王都がみるみる下へ遠ざかっていく。


 「きゃあっ……!」


 思わず悲鳴を上げるネアを、レセルがしっかりと抱き留めた。


 「見て、ネア。雲がすぐそこにあるわ」

 「そんなこと言われても……!」


 風を切る音。遠くには石材で作られた塔。見下ろせば混沌とした街並み。

 わずかな恐怖と、それを上回る興奮が胸に満ちる。


 「これが……空の旅」

 「ま、慣れれば悪くないかも」


 リュナが隣で足を組みながら言う。


 「でも、“どうにかしてこい”って命令、地味に面倒だと思わない?」

 「たしかに」


 ユニスは頷く。


 「討伐なら剣を振るったり攻撃魔法を使えば済むけど、除去となると厄介」

 「ユニスの気持ちはわかるけど、まずは見てから考えよう。情報足りないし」


 そう言いながらネアが苦笑したその時。

 ワイバーンが旋回し、眼下の森を抜けた先──街道の上に、何か巨大なものが蠢いていた。


 「……うん? あれ、なに?」

 「遠くてわかりにくいわね。スライムみたいだけど……大きさがおかしいわ」


 目に映ったのは、道を完全に塞ぐほどの巨大なスライム。

 まるで地面に倒れ込んだ粘液の山。

 馬車も人も遠巻きに避けており、陽光を受けてぬらぬらと光っていた。

 リュナが額を押さえる。


 「あちゃー、“どうにかしてこい”の意味、やっとわかったかも」

 「あれは、どうしようか」


 ネアは苦笑いしつつ、レセルを見る。

 白い髪をした魔剣の少女は、楽しげに微笑んだ。


 「初仕事にはちょうどいいわ」

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