61話 ネア・ブランシュ
王城の一室。
白い大理石の床には深紅の絨毯が敷かれ、壁際には紋章旗が等間隔に立てられていた。
その中心で、宰相がゆるやかに手を上げる。
「では、これより、新設する特別部隊の任命式を執り行う」
ざわめいていた貴族たちが一斉に沈黙し、視線が一点に集まる。
宰相の近くにいるのは、茶色の髪と茶色の瞳を持つ年若い少女ネア。
その傍らに立つのは、白い髪に赤い瞳の少女の姿をした魔剣レセル。
「……着替えが用意されたのは、大がかりな式のためだったとか。やられた」
「似合っているわよ」
ネアは用意された正装に着替えるも、まるで初めての舞台に立たされた役者のような気分だった。
城での式など場違いにもほどがある。
だが宰相の用意したこの場は、王国中の注目を引くための演出だった。
わざと貴族を呼び、噂を広げさせるために。
宰相は一歩進み出ると、朗々と声を響かせる。
「ネア、君は王国のために剣を振るい、狩猟祭では優勝の栄誉を勝ち取った。また、王都を揺るがした吸血鬼を討ち取った実力者でもある。この事実は、バゼム・グラニエ伯爵からの報告によるものだ」
その名が出た瞬間、列の後方で立っていたバゼムが穏やかに会釈する。
横にいたユニスは、複雑な表情を浮かべたまま沈黙していた。
宰相は続ける。
「ゆえに王国は君の忠義に報い、小規模ながらも特別な任務を帯びた部隊を創設する。君をその隊長に任ずる」
言葉に合わせて、銀の徽章が載った小箱が差し出された。
王家の紋章を模した意匠に、剣と翼を組み合わせた新しい印。
それが“証”だと理解し、ネアは静かに受け取った。
「なお、諸君ら貴族に伝えておく。この新部隊は私の直轄であり独立行動を許されるが、諸侯への命令権は持たぬ。ゆえに──安心したまえ」
宰相の皮肉まじりの言葉に、室内の貴族たちは顔を見合わせる。
反論する者は一人もいなかった。
ネアは沈黙の重さに息を詰まらせる。
──想像していたよりもずっと大仰だ。利用されている、と感じざるを得ない。
そんな彼女の肩を、そっとレセルがつつく。
「ねえ、ネア。向こうはわたしたちを利用する気でいるわ。……だったら、こっちも利用してしまえばいい」
レセルは長く白い髪を揺らし、微笑を浮かべる。その眼差しには、剣のときと変わらぬ光──純粋で、同時に冷静な強さがあった。
宰相はその視線を感じ取ったのか、一瞬だけレセルに目をやる。
そして、何か考え込むように目を閉じたあと、再び全員に向き直った。
「さて、隊を設立するにあたり、名が必要だ。ネア、君はすでに立場を得た。村娘としての名だけでは不便だろう。新たな姓を望むなら、今ここで決めるがいい」
予想外の問いに、ネアは言葉を失う。
貴族たちの注視する中で決めるなど、あまりにも急だ。
だが、その時レセルがそっとささやいた。
「ブランシュ。ネア・ブランシュ。……わたしの髪の色に、似合うでしょ?」
ネアは驚いてレセルを見る。
白。それは清らかで、何も背負わない色。
そして重すぎる愛を向けてくる魔剣の少女の色でもある。
今の自分にふさわしい気がして、思わず頷いた。
「……はい。ネア・ブランシュで」
宰相は満足げに笑い、重々しく宣言する。
「よろしい。では、ネア・ブランシュを隊長とするブランシュ隊の設立を、ここに正式に認める!」
拍手が静かに広がる。
その響きの奥で、ネアは胸の奥に生まれた予感をひとまず押し殺した。
これは、始まりにすぎない。
名目上は王国のための部隊であるが、ある程度は自分自身のために動かせる。
村が滅び、レセルと出会い、ここまで来た。
未来は想像しにくいが、それでも悪いものにはならないだろうという確信はあった。
◇◇◇
任命式が終わって間もなく、王城の別室で隊員選抜の場が設けられた。
そこにいるのは、宰相を始めとする数名の高官、そして野心を隠さない貴族たち。
その中央に、ネアとレセルが立たされていた。
「ブランシュ隊の構成について、提案のある者は?」
宰相の言葉に、すぐさま何人かが立ち上がる。
「当家の近衛兵を数名、ぜひ!」
「王都防衛に長けた者をお役立ていただきたい」
「若く将来有望な息子が……」
どいつもこいつも、笑みの裏に打算を隠している。
彼らにとってブランシュ隊は、宰相直属の新たな権勢の器。
そこに自家に繋がりがある者を送り込み、恩を売る──それが狙いだった。
ネアは居心地の悪さに肩をすくめる。
レセルは静かに周囲を眺め、呆れたようにため息をつく。
「なるほどね。あまりにも露骨だわ」
そんな中、涼やかな声が割って入る。
「いやはや、皆さん躍起になっておられる。……これでは私としても、誰かを送らねばなりませんが」
声の主は、バゼム・グラニエ。
伯爵たる彼は悠々と立ち上がり、手にした杖を軽く床に打つ。
場が静まるのを見計らい、彼はゆっくりと続けた。
「もっとも、魔剣使いには魔剣使いを。そう思いまして、一人推薦したい人物がいます」
すると扉が開く。
黒い髪に黒い瞳、簡素な服に身を包んだ若い女性が入ってきた。
その歩き方は兵でも貴族でもない。
かつての傭兵──リュナ・アルヴェール。
一礼した彼女は、必要以上に言葉を交わさない。
ただ、目が合ったネアに小さくウインクを送る。
その仕草が、どこか演技めいて見えた。
(……口数が少ないのは、芝居? まさか、伯爵の指示?)
ネアの胸に警戒が走る。
だがバゼムは平然と笑い、場をまとめるように言った。
「希少な魔剣使いを派遣するのは惜しいですが、彼女ならブランシュ隊の任務にふさわしいでしょう」
その一言で、他の貴族たちは沈黙する。
魔剣の名が出た瞬間、誰も対抗できなくなったのだ。
宰相は満足げに頷き、会合を締めくくる。
「では、そのように。隊員探しについては隊長殿に一任する。あまり多くいても出せる資金はないので、集める際は頭の片隅に入れておくように」
円卓を離れたあと、ネアのもとへリュナが軽く歩み寄ってきた。
「よろしくね、隊長さん」
にこやかに言いながら、いきなり腕を回してくる。
「うわ、いきなり腕組むとか」
「ほらほら、力抜いて。緊張してるでしょ?」
その柔らかな調子に、ネアは困惑を隠せない。
レセルが横からむっとした表情で睨みつける。
すると、リュナが腰に帯びた黒い剣──ヴァニティアが、ざらついた声で呟いた。
『……まだ修復途中だが、駆り出されたぜ。あの伯爵殿が、他の貴族を黙らせるためにな』
ネアは目を瞬かせる。声は確かに聞こえるが、剣は微動だにしない。
リュナが肩をすくめて笑う。
「普通は使い手にしか聞こえないけど、意識を向ければ、剣のままでも声が届くんだって。便利でしょ? 努力したらしいよ」
ヴァニティアは乾いた笑いのような音を立て、低く唸る。
『……退屈はしなさそうだからな。よろしく頼むぜ』
ネアは無言のまま、その剣を見つめた。
白と黒──レセルとヴァニティア。
まるで新しい物語の幕開けを告げるように、二つの魔剣の気配は並び立っていた。




