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57話 魔女と弟子

 店を出ようとしたその時、扉の上の鈴が高く鳴った。

 ネアが振り返ると、陽の光を背にして立っていたのは、

 二十代半ばほどの女性だった。

 深い紫の外套に、宝石のついた杖。

 髪は淡い灰紫色で、ふわりと香水のような香りをまとっている。

 見た目は若々しく、どこか妖艶で、堂々とした足取りでカウンターへ進む。


 「ただいま。……リルラ、留守番ご苦労」

 「おかえりなさい、師匠」


 眼鏡の少女──リルラが師匠と呼んだ。

 つまり、この人物こそカイランとリサナが言っていた元・魔神教の者なのだろう。

 師匠と呼ばれた女性は、懐から数枚の紙を取り出すと、カウンター近くにいたカイランたちにひらひらと渡した。


 「これ、お願いできる? 見ての通り、全部希少な品よ。違法な物も混じってるけど、仕入れてくれたら報酬は弾むわ。あんたたち、そういうの得意でしょ?」

 「まあ、得意っちゃ得意ですがね」


 カイランは紙をざっと目で追い、リサナと視線を交わす。


 「……数ヶ月後でいいなら」

 「ええ、それで構わないわ」


 あっさりとした取引。

 しかし、そのやり取りの中で、女性はネアの方へ視線を滑らせた。

 続いて、手元にある本へも。


 「ふうん……独学で魔法の勉強? 熱心ねえ~」


 唇の端を上げ、くすくす笑う。


 「お姉さんが、直接教えてあげようか? ん~?」


 その甘ったるい声に、ネアは思わず固まる。


 「えっと……」


 すぐにカイランとリサナ、そしてリルラへと視線を送る。

 それに気づいたカイランが、ぽんと拳を手のひらに当て、にやりと笑った。


 「おっと、説明しておかないとな。この人、若いだろ? 若さを保つために魔神教に入って、用が済んだらあっさり抜けた“やべー魔女”なんだよ」

 「ちょっと! 師匠がおかしい人に思われる!」


 リルラがむっとしたように言うが、カイランはお構いなし。


 「追っ手が何人も来たけど、全員返り討ちにしたって話だ」

 「まあ、事実だから否定はしないけどねぇ~?」


 魔女な女性は腰に手を当て、胸を張って笑った。

 まさに、高笑いでもしそうな勢いで。


 「強くて美しい偉大な魔女の名前を教えてあげないといけないわねぇ。耳をかっぽじって、よく聞きなさいな!」


 指を突きつけ、どや顔で名乗りを上げる。


 「私の名前はエルフォラ。恐れ多くも、“全知全能の魔女様”よ!」

 「別に様は入れなくても……」


 そして、横でため息をつくリルラを手で指し示す。


 「あ、そこの眼鏡のおちびは弟子のリルラ。覚えなくてもいいわ」

 「師匠っ!」

 「冗談よ冗談。可愛い弟子なんだから」


 リルラはむすっとしながらも、慣れているのかそれ以上は何も言わなかった。

 ネアは、どう反応すればいいかわからず、微妙な笑みを浮かべる。

 そんなネアの心中を見透かしたように、レセルが鞘の中からささやいた。


 『厄介というか面倒な相手に、少しとはいえ関わることになるわね』


 ネアは内心でため息をつきつつも、笑みを浮かべるエルフォラを見上げた。

 魔神教の元信徒で、全知全能を自称する魔女。

 どう考えても、ただ者ではない。


 「……あの、一つ聞いてもいいですか?」

 「なにかしら?」


 ネアは恐る恐る、魔女エルフォラへ尋ねた。

 どこか掴みどころのない笑みを浮かべるその瞳には、軽薄さの裏に底の見えない何かがある。


 「魔神教に入ると……若さを維持できるようになるんですか?」

 「ん~?」


 エルフォラは軽く顎に指を当て、考えるふりをする。

 次の瞬間、唇の端をつり上げ、にやりと笑った。


 「普通の信徒じゃ無理ね。そんな都合のいい恩恵、そこらの信者が貰えるわけないじゃない」

 「じゃあ……」

 「でもね、“肉体が強くなる”とか“魔法が強くなる”とか──その程度なら、割と簡単にもらえるのよ」


 リルラが呆れたように小さくため息をつく。


 「師匠、あんまり正直に話しすぎですよ……」

 「別にいいじゃない。今さら秘密にするほどのことでもないわ」


 エルフォラは肩をすくめ、くるりと杖を回した。

 紫の光が先端に宿り、空気がかすかに震える。


 「特別なものは、そう簡単じゃないの。向こうの偉い司祭とか神官とか。その辺の上の連中に、“こいつにならそれを与えてもいい”って思われるほど働かないとね」

 「……働く?」

 「そう、我慢して。しばらく魔神教のために動いて、ようやく若さを維持する恩恵をもらえたのよ。で、即脱退」

 「……即?」

 「だって、もう用はないもの」


 さらりと言い放つその口調に、リルラが思わず頭を抱えた。


 「師匠、それ人前で言っちゃダメなやつです」

 「でもねえ、今さら取り繕ったって仕方ないでしょ? 抜けたの、だいぶ前だし」


 ネアは思わず唸る。

 魔神教に入り、特別な恩恵を手に入れ、その後さっさと抜けてしまう。

 それは、ただの裏切りを越えている。


 「……抜けたあとも、その力は使えるんですか?」

 「もちろん」


 エルフォラは、愉快そうに指先を弾いた。

 淡い魔法の光が、指先から花のように弾ける。


 「与えられた力や恩恵は、魔神教を抜けても有効なのよ。だからこそ、魔神教の連中は平然と“力をばらまく”の。恩恵を受けた者が抜けても、どこかで力を振るえば、世界のどこかで混乱が起きる。それで存在を示せる」


 言葉の一つ一つが軽いのに、重みを帯びていた。

 “世界のどこかで混乱を起こす”。

 魔神教はそれを意図して、魔神の恩恵を利用しているのだ。


 「……怖いですね」

 「怖い?」


 エルフォラは小首をかしげ、笑う。


 「それを怖いと思えるのはいいことよ。でも、恐れるだけの人間は、永遠に振り回されるだけ。私はね、振り回す側でいたいの」


 彼女はそう言って、指を軽く鳴らした。

 空気がぴんと張りつめる。

 まるで、世界が一瞬だけその言葉に従ったかのようだった。


 「そういえば、あなたの名前は?」

 「あ、えっと……ネア、です」

 「ネア、ね」


 エルフォラは口の中で名前を転がすように繰り返した。

 そして、いたずらっぽく笑う。


 「ネアちゃんは、魔神教のこと、どう思う?」

 「どう……って?」


 ネアが戸惑うと、エルフォラは軽く杖を床に打ちつけた。


 「私はねえ、女神だろうが魔神だろうが、力や恩恵をくれる神が良い神だと思ってるの。でも、組織の一員として縛られるのは退屈で面倒でしょ? だから抜けたの」


 リルラが呆れながらも、苦笑を漏らす。


 「ほんと、師匠らしいです」

 「わがまま過ぎると思った?」


 ネアが一瞬言葉を詰まらせると、エルフォラは片目を細め、笑った。


 「でもね、ネアちゃん。わがままを押し通す力があると、世界はいくらでも違う選択肢を見せてくれるのよ」


 その言葉は、冗談めかしているのに、どこか冷たく響いた。

 “力があるから、わがままでいられる”。

 その裏には、無力では選べない現実がある。

 ネアは黙って頷いた。

 そして、気づかぬうちに、自分の剣であるレセルの柄を握りしめていた。


 『……なるほどね。全知全能とかふざけたことを自称するだけはあるみたい』

 「わがままを押し通す力……」


 好き勝手に生きる──それを、誰にも咎められない強さ。

 エルフォラの笑みは、そんな自由そのものに見えた。

 魔法談義が一段落し、空気が少し緩んだその時。

 ネアの中で、ふとした疑問が浮かんだ。


 (……そういえば)


 眼鏡の少女リルラは、自分とそこまで年が違わないように見える。

 けれど、その師匠のエルフォラは──どう見ても若すぎる。

 魔神教の恩恵で若さを保っているという話もあったが、いったい実年齢はどれくらいなのだろう。


 「……あの、もう一つ聞いてもいいですか?」

 「なぁに、ネアちゃん?」

 「えっと……エルフォラさんって、実年齢は」


 その瞬間、空気が止まった。

 カイランは一瞬で顔をひきつらせ、リサナの腕を掴む。


 「……リサナ、帰るぞ」

 「うん、今日はもう長居しすぎたし」


 二人は見事なまでの早足で店を出ていった。

 リルラはというと、椅子からずり落ちそうになりながら、口をぱくぱくさせる。


 「……そ、それを、よりによって……いま、聞くんですか……?」

 「えっ?」


 ネアが首をかしげるのと、同時だった。

 エルフォラは、にっこりと笑っていた。

 いや、笑っているように見える顔。

 口元だけが笑っているのに、瞳はまるで氷のように冷たい。


 「わかる、わかるわぁ~……」

 「え、あの……?」

 「若いエルフとかの長命な種族を見るとねぇ、つい実年齢いくつなの?って聞きたくなるもの。でもねぇ」


 笑顔のまま、杖の先がカウンターをこつんと叩く。

 空気がびりっと震えた。


 「──そういうことを、会ったばかりの相手に聞くのは、よくないことだと思わない? うん? うん?」

 「……す、すみませんでした……!」


 ネアは即座に姿勢を正して頭を下げる。

 隣でリルラが、青ざめた顔で小声を漏らす。


 「師匠、顔、笑ってません……」

 「笑ってるわよ。ほら、にっこにこ」

 「こわいです……」


 ネアは思わず助けを求めるようにレセルの柄を握ったが、

 返ってきたのは、面白がるような声だった。


 『少しは勉強になったでしょう? 世の中には積極的に触れてはいけない話題があるのよ』

 「……ほんとに、そうみたい」


 エルフォラはようやく息を吐き、表情を戻した。

 そして、杖を肩にかけながら軽くウインクをする。


 「ま、せっかくだから教えてあげるわ。私、百年以上は生きてるの」

 「ひゃ、百年……!?」

 「厳密には数えるのをやめたのよねぇ。でも、この若さを維持してるってことは──魔神の恩恵って、なかなか素敵だと思わない?」


 リルラは苦笑しながら呟く。


 「……師匠の場合は若さの維持というより悪あがきというか」

 「なにか言った?」

 「い、いえっ、なんでも!」


 エルフォラの瞳がわずかに光を帯びた気がして、ネアは思わず一歩下がった。

 魔神の恩恵で若さを保ち、百年以上を生きる魔女。

 なるほど、全知全能を自称するだけのことはある。

 ネアは改めて心に誓った。


 (この人には、あまり軽口を叩かないようにしよう……)

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