55話 新しい力を求めて
再建途中のオルヴィク家の屋敷。
焼け落ちた部分を含めて一度完全に取り壊され、ある程度形になってきた今は、所々に新しい木材の匂いが残っていた。
まだ家具は少なく、ネアに与えられた部屋はベッドと小さな机だけの殺風景な空間。
ネアはそのベッドに腰を下ろし、じっと天井を見上げていた。
思っていたよりも屋敷は静かだ。
けれど、胸の内だけは落ち着かない。
「……ユニスの魔法、すごかったな」
思い出すのは、あの夜の戦い。
吸血鬼に向けて放たれた、真紅の火球。
彼女の魔法は、生まれつきのものではなく学んで覚えたもの。
「……私にも、できるかな」
ぽつりと呟いたあと、ネアはすぐに立ち上がった。
考えているだけでは何も始まらない。
手っ取り早く聞く相手は、近くにいる。
屋敷の一室。
帳簿を開いていたユニスは、ネアがやって来ると顔を上げて少し眉を寄せた。
「……後天的に魔法を覚えたい、ですって?」
「う、うん。無理なのかな」
ユニスはペンを置き、少し考え込むように指先で唇を押さえた。
「基本的には、魔法学校に入学して勉強するのが前提。授業、実習、理論、魔力制御の訓練……。普通は、何年もかかる」
「何年も……」
その言葉に、ネアの肩が少し落ちる。
狩猟祭を終えた今、時間の余裕はある。けれど、何年も王都で学ぶとなると話は別だ。
ユニスは、そんなネアの表情を見て、ふっと息を吐いた。
「……まあ、独学で覚える方法もないわけじゃない」
「え?」
「理論や魔力の流れを理解できれば、発動までは辿り着ける可能性はある。本屋に行けば、そういう初歩の本も売ってる。もっとも、ほとんどは“参考書”レベルだけど」
「つまり、やってみる価値はある?」
「ええ。退屈しのぎには、ちょうどいいんじゃない?」
その軽い調子に、ネアは思わず笑みを浮かべた。
「じゃあ、行ってくる」
「待って。……あんまり無茶しないで」
「しないしない!」
勢いよく駆け出していくネアを見送りながら、ユニスは小さくため息を漏らす。
だが、その表情にはどこか温かみがあった。
◇◇◇
屋敷の門を出たところで、ネアは剣の形のまま腰にいるレセルに話しかけた。
「ねえ、レセル。魔法を覚えるって、なんだかワクワクしない?」
『ふふ、あなたらしいわね。次から次へと新しいことを考えるんだから』
「だって、できたら強くなるでしょ?」
『強さを求めるのは悪くないけど……無理はしないでね。わたしがついてるんだから』
「うん、わかってる」
そんな会話をしながら門を抜けたところで、屋敷の警備をしている兵士に呼び止められた。
「おーい、嬢ちゃん!」
見ると、かつて屋敷の防衛にあたっていた壮年の兵士が、笑いながら手を振っていた。
「なんだかんだで、貴族の屋敷の仕事を失わずに済んだよ。あんたがいなきゃ、オルヴィク家も俺たちも今ごろ路頭に迷ってた。言うのが遅くなっちまったが、ありがとな」
「えっと……そんな、大したことしてないよ」
「いやいや、命張った奴に言う言葉はひとつだ。よくやった」
どこか誇らしげに笑うその顔に、ネアも小さく笑みを返す。
「ありがとう。……頑張った甲斐があった」
「おう。その調子で、またなんかやらかしてくれ」
「やらかすって言い方やめて」
笑いながら手を振り返し、ネアは王都の通りへと歩き出した。
今日の目的は、本屋。
それは新しい力を掴むための一歩だった。
◇◇◇
王都の通りは、祭りが終わっても人通りが絶えない。
露店が撤収したあとの石畳には、香ばしいお菓子の匂いがまだ少し残っている。
ネアは通りを歩きながら、周囲の視線をなんとなく感じていた。
ちらちらと向けられる目。
だが、近づいてくる者はいない。
──優勝者。
そう噂されてはいるが、実際に姿を直接見た者は少ない。
結局は毎年ある狩猟祭の一つ。
一目見ると満足し、日常へ戻っていく者がほとんど。
「……思ってたより静かかも」
『あなたがあまりに可愛げがあるから、騒ぐのももったいないんじゃない?』
「はいはい、そういうのいらない」
軽くため息を吐きながら通りを抜け、書店を探して歩いていると、
背後から聞き覚えのある声がした。
「おーい、ネア!」
振り返ると、赤褐色の髪を風に揺らしたカイランが、手を振りながら近づいてくる。
隣には、スカーフで髪をまとめたリサナの姿。
「なんだ、相変わらず地味な格好だな」
「そうかな?」
そんなやりとりを交わす間もなく、カイランが小声で笑う。
「賭けで大儲けさせてもらったぜ。優勝してくれて感謝してる」
「……賭けてたの?」
「もちろんだ。勝つ方に銀貨一枚。それが銀貨百枚になった」
横で腕を組んでいたリサナが、どこか呆れ顔で口を挟む。
「まあ、あたしは金貨百枚だけど」
「そんなに賭けに突っ込んでたの?」
「だって、ネアは人になれる剣と組んでたわけだし」
カイランが頭をかきながら苦笑する。
「これなら俺も金貨を賭けとけばよかったぜ……という後悔はある」
そんな軽口を交わしたあと、彼はふとネアの腰にある剣へと視線を向けた。
鞘の中のレセルをちらりと見て、口元を歪める。
「で、二人じゃなく一人で出歩いてるってことは、何か用事あるんだろ?」
「うん。魔法を独学で学びたくて、本を探してるんだ」
その答えに、カイランは露骨に眉をひそめた。
「独学? ……おいおい、それ、王都じゃぼったくられるぞ。例えば、“特製魔法理論書”とか“即日習得マニュアル”とか、怪しいもんを買わされる。まずまともな代物は少ない」
リサナも頷く。
「そうそう。魔法学校を出てない子が手を出したら、ただの紙束を高値で売りつけられるだけ」
「……そんなにひどいの?」
「この王都、表も裏も“商売上手”な奴らが多いからな」
そう言ったあとカイランは周囲を見回し、手招きした。
「ちょいと、こっち来てくれ」
人通りの少ない裏路地に入ると、声を落として続けた。
「独学で魔法を覚えたいってんなら、紹介できる奴がいる」
「誰?」
カイランは少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。
「元・魔神教の奴だ」
その言葉に、ネアは目を見開く。
レセルの声が、腰のあたりで低く響いた。
『……ねえ、ネア。どうするの? 怪しすぎるわよ』
カイランは両手を上げ、苦笑いを浮かべる。
「安心しろ。“元”だ。魔神の信者じゃない。魔法理論の知識は本物だ。あいつが書いた指南書、魔法学校でもこっそり参考にされてるって噂もある」
「うーん……怪しすぎるけど、実力はありそう」
『同意はしないけど、否定もできないわね』
ネアは少し考え、真剣な眼差しでカイランを見上げた。
「その人、どこにいるの?」
「お、乗り気か。……いい心がけだ」
カイランはニヤリと笑い、指先で王都の裏通りを指し示した。
「この先の古本屋だ。“表向き”は普通の本屋。だが、奥の帳簿の裏口を叩くと、別の世界が見える」
「別の世界……?」
「まあ、見てみりゃわかる」
そう言って、彼は背を向けた。
リサナがネアに視線を向け、軽く肩をすくめる。
「兄貴の言うこと、半分は信用していいけど、半分は疑った方がいいわ」
「覚えとく」
そう答えたネアの声に、レセルが溜息を混ぜてささやいた。
『……また面倒な方向に進みそうね』
「でも、興味あるでしょ?」
『あるけど、認めたくないわ』
そのやり取りを背に、ネアは古本屋へと歩き出した。
次に何が待っているのか。
胸の鼓動は少しだけ高鳴っていた。




