45話 通行料を巻き上げる者
太陽が西へ傾き、王都の影は長く伸び始めていた。
遠くからは歓声と爆音が交互に響き、祭りの熱気は衰える気配を見せない。
ネアとレセルは、地図を手に人混みを抜けながら、次の獲物を探していた。
「どこもかしこも小型の魔物ばかりね。高得点を狙うには、もう少し危険なところへ踏み込みたいところだけど」
「でも、危険ってつまり……死にかける可能性も高いってことだよね?」
「そうよ。でも大丈夫。わたしがいるんだもの」
「まあ確かに頼りにはなるけどさ」
「ふふふ、心配ならぎゅっと抱きしめて安心させてあげる」
「うわ、それやめてよ」
そんな軽口を交わしていた時だった。
大通りの向こう側で、異様な光景が目に入った。
「……なに、あれ」
人が密集している。
数十人の傭兵らしき者たちが通りを塞ぎ、手には思い思いの武器。
通り抜けようとする参加者たちを順番に止め、何かを要求しているようだった。
「嫌な予感がするわね。あれは……」
耳を澄ますと、怒鳴り声が聞こえてくる。
「おい、通りたいなら通行料を払え!」
「一人につき証を一つ。ルール違反じゃねえ、あくまで取引だ」
押し問答する声。
威圧に耐えかねた参加者たちが、不満げに証を差し出していく。
彼らを取りまとめているのは、ずんぐりとした巨躯の男性。
鎖帷子の上に厚手の皮鎧をまとい、頬にはいくつもの古傷。
「……誰だろ、あの人」
「たぶん、ザブド・バーンズ。リーベル商会の護衛隊長よ」
「え?」
背後から聞こえた小声に、ネアは振り向く。
建物の陰から顔を出したのは、銀髪の魔法使いの少女ミリアだった。
彼女もここで足を止め、様子をうかがっていたらしい。
「ミリア!?」
「しっ。声を抑えて」
ミリアは素早く指を口元に立て、三人は身を低くする。
「……あのザブドって人、どういう人なの?」
「お金持ちな商会の護衛をまとめてる傭兵上がり。腕も度胸もあるけど、根っからの商売人。優勝は狙わずに、“通行料”で安全に稼ぐ気らしい」
「そんなこと、許されるの?」
「許される。だってルール違反じゃないから。参加者同士の争いは“あり”だから。殺し合わなければ、空から見てる連中も口を出さないわ」
そのまま軽く空を指差す。
緩やかに飛んで巡回する者がいれば、急降下して問題に対処する者もいる。
「……つまり、空の兵士たちも見て見ぬふり、ってこと?」
「そうそう。あれも祭りの見せ場の一つ。勝つための知恵も実力のうち、って理屈」
そう言ってミリアは肩をすくめた。
ネアは考え込む。
これが王都の祭り。ただの娯楽ではなく、強者が弱者を踏み台にする舞台。
「落ち着いて。突っ込むのは危ないわ」
「わかってるよ」
その時だった。
ミリアがふと、眉をひそめる。
「……やば。こっち、見た」
視線の先で、ザブドや配下の傭兵たちがこちらを見据えていた。
鋭い眼光。
彼は何かを悟ったように笑い、部下に手信号を送る。
「おい、そこの連中! 隠れてコソコソなにしてやがる!」
怒号が響いた瞬間、辺りの空気が一気に張りつめる。
逃げ場はない。
ネアは反射的に剣に手を伸ばし、レセルの声が耳の奥を震わせた。
「……見つかっちゃったわね。さて、どうする?」
「どうするもなにも……覚悟を決めるしかない」
武装した傭兵たちが道を塞ぎ、通り抜けようとした者を邪魔する。
そんなの中央に立つのは──リーベル商会の護衛隊長、ザブド・バーンズ。
肩まで伸びた髪は乱雑に束ねられ、頬には傷痕がある。
その存在感だけで、場の空気を支配していた。
「……で、どうしたい? 用件についてはわかりきってるから聞かないが」
低い声が響く。
ネアとレセル、それにミリアは互いに顔を見合わせ、前に出た。
「通りかかっただけです。通行料とか言ってるの見たんですけど」
ネアがそう言うと、ザブドは自らの顎をなで、三人を順番に見ていった。
鋭い目つき。だが、敵意よりも“値踏み”するような色が強い。
「ふむ……嬢ちゃんたちにしては悪くねえ装備だな。それで? 証はどのくらい持ってる?」
「ええと……」
不意の質問にネアは一瞬言葉を詰まらせたが、腰の袋を軽く叩いて答えた。
「そこそこ、です。小型を中心に倒してきたので」
レセルは無言で袋を示す。金属製の証が中で触れ合い、澄んだ音を立てた。
一方のミリアはといえば、あくまで平然と集めた証を見せつつ肩をすくめる。
「量は少ないけど、倒した相手は中型以上ばっかり。得点だけなら悪くないはずよ」
ザブドは少しだけ目を細めた。
何かを計算するように唸り、そして口の端を上げる。
「ふんふん、なるほどな。……なら、通してやってもいい」
「え?」
ネアの声に、周囲の傭兵たちがざわついた。
「隊長、本気ですか?」
「あの若造たちを?」
ザブドは軽く手を振って静める。
「いいか、祭りってのは見世物だ。盛り上がらなきゃ意味がねぇ。どうせ証を取るなら、見込みのない奴から取る。逆に上位に食い込めそうな奴なら、残しておいたほうが儲かるんだよ」
「儲かる?」
「そうだ。盛り上げてくれりゃ、上から追加の金が出る。祭りを長引かせるのも、俺たちの仕事のうちさ」
なるほど、とネアは小さく息を呑む。
つまり、この男性は“商売”として祭りを動かしている。
「……雇われてる身だから、雇い主のために工作してるのね」
レセルが耳元でささやく。
「この祭りの出資者の一つが、たぶんリーベル商会。そう考えると筋が通るわ」
ネアは小さく頷いた。
確かに理屈はわかる。
けれど、それを当然のように語る彼の笑みに背筋がぞくりとした。
ザブドは棍棒を肩に担ぎ、にやりと笑う。
「ただし──どのくらいやれるかは見せてもらうぜ」
「やれるか……?」
「逃げ回りながらコソコソ集めてただけかもしれないだろ? こっから先、終盤の戦いは実力がないと話にならねぇ。刃物は使わねえさ。怪我はしても死にはしねぇ程度で、ちょっと手合わせしてもらおう」
ごつん、と棍棒が地面を叩く。
音が重く響いた瞬間、周囲の傭兵たちが距離を取る。
ザブドの一歩一歩が、まるで地面を踏み鳴らすように響いた。
「さあ、どっちから来る?」
挑発的な笑み。
空の上では、ワイバーンの影が陽光を切り裂いていた。
通りを塞ぐ傭兵たちの視線が、三人に集まる。
ザブドが棍棒を肩に担いだまま、にやりと笑う。
「私からで!」
「じゃあ、そっちの魔法使いな嬢ちゃんからだ」
「ミリアよ」
「名乗りは結構だ。ほら、来い」
その言葉を最後まで言い切る前に、ミリアはすでに詠唱を終えていた。
「──燃えろ!」
光が弾け、火の矢が三連続で放たれる。
轟音とともに地面が抉れ、熱風が通りを薙いだ。
傭兵たちが慌てて距離を取る中、煙の向こうからザブドが現れる。
「おいおい……いきなりぶっぱなしてくるとはな」
顔をしかめながらも、焦げた皮鎧を手で払う。
ほとんど無傷──だが、視線だけは鋭く光っていた。
「よし、合格だ。そっちの魔女嬢ちゃんは、やる気充分と見た」
「魔女嬢ちゃんて呼ぶな!」
怒鳴るミリアに、ザブドは大笑いを返す。
その笑い声が収まるよりも早く、彼は棍棒を地面に突き立て、次の標的を見た。
「次は……お前たちだな」
ネアとレセル。
二人は顔を見合わせ、小さく頷く。
「行こう、レセル」
「ええ。あなたが前、わたしが援護」
ネアが駆け出す。
靴底が石畳を蹴り、棍棒と剣がぶつかる。
金属同士がぶつかり合う衝撃音が、周囲に響いた。
「ほう、悪くねえ」
ザブドが笑いながら棍棒を振るう。
その一撃は、重い。
剣越しに腕が痺れるほどの威力。
だが、ネアは受け流さない。
滑るように身を捻り、棍棒の軌道を避ける。
「っ……!」
振り下ろされた棍棒が石畳を砕き、砂埃が舞った。
ネアは少し下がると、レセルの声を聞く。
「右へ!」
その瞬間、レセルの手に握られた剣が砂埃を切り裂いた。
鋭い一閃。
ザブドはとっさに棍棒を水平に構えて受け止める。
「チッ……見事だ」
後退するザブドの靴底が、石畳をきしませた。
ネアはその隙を逃さず、レセルと息を合わせて踏み込む。
「はあぁっ!」
剣先が走る、連撃。
一撃ごとに刃は傷むが、躊躇することなく振るい続ける。
「なるほど……若いが、勢いは本物だな!」
ザブドの棍棒が再び振り下ろされる。
ネアは受けずに滑り込み、地を転がって懐へ。
「今よ!」
レセルの声が響く。
ネアは咄嗟に剣を握り直し、振り上げた。
金属音が聞こえてくると、その後は棍棒が弾かれ、ザブドの動きが止まる。
「おお……!」
周囲の傭兵たちからどよめきが上がる。
ザブドは一瞬目を見開き、そしてふっと息を吐いた。
「……降参だ。こりゃ、通してやるしかねえな」
そう言って棍棒を拾い、肩に担ぎ直す。
額には汗が光り、その表情は満足げだった。
「いい動きだった。こいつは本物だ。なあ、嬢ちゃんたち」
「なに?」
「もしかすると、優勝を狙えるぜ。……せいぜい派手に暴れてくれ」
ネアは警戒を解かずに睨みつけ、それから剣を下ろした。
ザブドは笑いながら背を向け、部下に合図を送る。
「通してやれ。こいつらは“見せ場”を作れる連中だ」
傭兵たちがざわめきながらも道を開ける。
ネアとレセル、そしてミリアは通り抜けながら、わずかに息を整えた。
「……お二人さん、さっきのどう思う?」
「うーん、明確な悪人って感じじゃない。でも、怖いかも」
「同感ね。力と利で動くタイプ。金を積めば軽々と悪事に手を染められるでしょうね。敵にしたくはないわ」
日がさらに傾き、王都の空が少しずつ朱に染まっていく。
通行料という名の試練を越え、三人の歩みは再び狩猟祭の中心へと向かっていった。




