42話 狩猟祭の始まり
数日ほど登録を受け付ける日々が続いたあと、ついに祭りが始まる日となった。
王都の広場には相変わらず人の波が絶えず、兵士たちは順番に参加者へとルールを説明していた。
狩猟祭は、魔物を狩る実力を競う試合であると同時に、国の威信をかけた一大行事でもある。
「討伐対象となる魔物には、それぞれ首輪のような“証”が取りつけられている。倒したあとは、その証を外して回収。集めた数と価値で得点が決まる」
説明役の兵士が、板に描かれた図を指しながら続ける。
大量の参加者に合わせ、説明役もこれまた大量にいる。
「最終的に最も高い得点を得た者、もしくはチームが優勝。ただし、複数人で参加した場合は、得点は人数に応じて分散される。一人で倒した場合は十点が入るが、二人で組んでるチームが倒した場合は五点ずつ入るという形だ。例外として、“一人に全得点を集中させる”という申請も可能だ」
ネアは腕を組んで考え込む。
「……つまり、仲間が倒した魔物の分を全部一人に回すこともできるってこと?」
「ええ。結果的に、勝者の名はその一人に残る。栄光も、責任も」
兵士が紙束を配り終えると、周囲の参加者たちは思い思いに作戦を話し合い始めた。
ネアは列から離れ、レセルと並んで通りを歩く。
「……ねえ、これって、他の参加者から証を奪う人も出てきそうじゃない?」
「そうね。狩猟祭は“狩り”であると同時に“競争”でもある。魔物だけが敵とは限らない。そういう部分も含めての祭りなのよ」
ネアは小さく溜息をついた。
「怖いお祭りだね……」
「でも、これが現実よ。誰が最も強く、賢く、美しく──勝者にふさわしいか。みんなそれを見せつけたくてこの場に集まるの」
その言葉に、ネアはわずかに肩をすくめた。
ふと顔を上げると、青空を横切る黒い影が目に入る。
「……ワイバーン?」
数頭のワイバーンが編隊を組み、王都の上空を旋回していた。
鞍には兵士たちが乗っており、手にした長槍が陽光を反射する。
さらに目を凝らすと、遠くにはゆっくりと浮遊する空飛ぶ船の姿も見えた。
「空まで……?」
「空からの監視よ。暴走した魔物の鎮圧、参加者の救助、そして、王国の力を見せつけるためでもある」
レセルは顎に指を当て、わずかに笑った。
「“治安は保たれている、祭りを開けるほどに平和だ”と示すための、最高の舞台装置」
「……政治ってやつ?」
「ええ。けれど、そういう世界でわたしたちは戦うの」
レセルの視線は空の彼方、光を受けてきらめく空飛ぶ船へと向けられていた。
祭り前の王都は、もはや“日常”という言葉からは程遠い。
通りのあちこちでは、鉄格子のついた巨大な檻を載せた馬車が、何台も連なって移動していく。
檻の中でうなり声を上げる影──牙をむく獣、羽をばたつかせる怪鳥、体の一部が光を帯びた魔物。
それらすべてが、狩猟祭のために捕らえられた見世物。
「……これ、本当に街の中で放すんだよね」
「管理された区域とはいえ、王都の内部。最初にこんな危険な祭りを考えた人、なかなかどうかしてるわ」
レセルの感想に、ネアは思わず苦笑する。
「お祭りのはずなのに、なんだか処刑場の準備を見てる気分……」
「狩りと死は、昔から隣り合わせ。──人は、それを祝う生き物なのよ」
そう言うレセルの横顔は、どこか静かな諦めを感じさせていた。
◇◇◇
やがて正午近く。
王都の中心広場には、数千もの参加者と見物人が集まり、地面を覆い尽くしていた。
中央の壇上には、国王の代理として、豪華絢爛な衣装をまとった宰相が立ち、声を張り上げる。
「国王陛下の御名のもとに──狩猟祭の開幕をここに宣言する!」
ざわめきが波のように広がる。
宰相は朗々と続けた。
「この祭りは、我らベルフ王国がいかなる困難にも屈せぬことを示すもの! 民の勇気と、王国の繁栄の証をここに!」
無難で、どこか儀礼的な言葉。
けれど、群衆は歓声を上げる。
いくつもの旗が振られ、紙吹雪が舞い、喧噪が空に吸い込まれていった。
開始まであと一時間と告げられると、参加者たちはそれぞれ散っていく。
準備を整える者、作戦を練る者、祈りを捧げる者。
ネアとレセルは人混みを避け、屋台の並ぶ通りへ足を向けた。
「せっかくだし、ちょっとだけ食べよっか」
「“ちょっとだけ”で済むかしらね?」
レセルはからかうように笑い、串焼きや揚げ菓子を次々に選んでいく。
ネアは苦笑しながらも受け取り、二人で並んでベンチに腰かけた。
香ばしい肉の匂い。子どもたちの歓声。
遠くで魔物のうなり声が響くたびに、街の熱がひときわ高まる。
「ねえ、レセル。こうして食べてると、普通のお祭りみたいだよね」
「あなたといる時点で、わたしにとっては特別な祭りよ」
「そういう言い方、そろそろやめない?」
「どうして? 本当のことを言っただけなのに」
「はいはい」
ネアは呆れ顔で串をかじる。
けれど、心の奥ではほんの少しだけ笑っていた。
食事を終えると、二人は石畳の片隅で地図を広げた。
王都の一部が赤い線で囲まれ、そこが狩猟区域として示されている。
「ここが東区、こっちは運河沿い。……どこから行く?」
「中心に近いほど魔物の数も多いけど、危険度も高い。まずは外縁部を回って、魔物と参加者の動きを見たほうがいいわ」
「了解。じゃあ最初は、今いるここから一番近い南側から」
「ええ。あなたが地図を読む姿、なんだか頼もしいわね」
「そりゃもう、道に迷ったら命取りだし」
二人の笑い声が、小さく響いた。
遠くの空では、ワイバーンが低く旋回し、空船の影が王都の屋根をゆっくりと横切る。
あと一時間。
熱気に満ちた都市の内部は、血生臭い狩りの舞台へと変わろうとしていた。
◇◇◇
地図を片手に外縁部を歩いていると、すでにあちこちで人の群れができていた。
広場や通りの高台には即席の見物席が組まれ、そこから内側の区域を見下ろせるようになっている。
屋根の上や塀の影、路地の入口には、大量の人、人、人。
どこもかしこも、祭りを見届けようとする観客で溢れていた。
「すごい……人の波」
「狩猟祭は、見る方が楽しいお祭りでもあるから」
レセルが肩を並べて歩きながら、淡々と答える。
ネアはふと耳を澄ます。
人々のざわめきの中に、さまざまな声が混じっていた。
「いいなあ、あっちの住人。家の窓から見られるんだってよ!」
「こっちなんて朝から場所取りだぞ、背伸びしても見えやしない!」
「ははっ、でも家が潰れでもしたら笑えねえけどな!」
笑い声とため息が入り混じる。
中には、肩をすくめて安堵する者もいた。
「うちの区画が選ばれなくてよかったよ。去年なんか、魔物が暴れて壁が崩れたってのを知り合いから聞いたしな」
「見るのは楽しいけど、自分の家が巻き込まれるのは勘弁」
その言葉に、ネアは思わず足を止めて振り返った。
どこまでも賑やかで、どこまでも無責任な声の渦。
この祭りが娯楽である一方で、実際には血と危険の上に成り立っていることを、改めて実感する。
「……ねえ、レセル。みんな、なんでこんな危ない祭りを楽しめるんだろう」
「人はね、他人の戦いを見て安心するのよ。“自分は安全な側にいる”ってことを含めて」
その声は淡々としていたが、どこか悲しげでもあった。
レセルは群衆の向こう、祭りの舞台となる区域を見つめる。
「でも、あなたは見られる側になる。だったら、見せつけてやればいいじゃない。誰よりも美しく、強く、そして──誇らしく」
ネアは少しだけ目を細めた。
「またそうやって、格好いいこと言う」
「事実よ。あなたは、見られるに値する人間だもの」
返す言葉が見つからず、ネアは小さく息を吐いた。
外の喧噪が遠ざかり、王都の中心へと続く道が目の前に広がる。
もうすぐ、祭りが始まる。




