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38話 進む祭りの準備

 王都の通りを歩いていると、ざわめきがひときわ大きくなった。

 人だかりの向こうで、何かが暴れる音が響いている。


 「──っ、危ないぞ! 下がれ!」


 怒号と共に、金属の檻を積んだ荷車が通りを横切る。

 中には黒い毛並みを逆立てた、獣のような存在が押し込まれていた。

 鋭い爪で檻をひっかき、牙を剥き出しにしながら吠え立てる。


 「……魔物?」


 思わず足を止めたネアに、隣にいるレセルが小さく頷いた。


 「ええ。祭りに備えて、ああして各地から運び込んでいるのね」


 檻の隙間からは涎が飛び散り、近づきすぎた野次馬が悲鳴を上げて後ろに下がる。

 だが護衛の兵士たちは慣れた様子で槍を突き出し、魔物を檻の奥へと押し戻した。


 「なあ、兵士さん。け、結構危ないんじゃないか……?」

 「大丈夫、大丈夫! こっからは俺たちの仕事だ!」


 護衛の一人が群衆を制しながら叫ぶ。

 人々の間では「調教師がいるから安心だ」「祭りまでには牙も爪も抜かれる」といった声が飛び交っていた。


 「……牙や爪を削るだけじゃなくて、調教まで?」

 「人の歓声や武器の音に慣らして必要以上に暴れないようにするんでしょう。……もっとも、完全に従順とまではいかないだろうけど」


 檻の中の獣は、なおも吠え、強烈な獣臭を漂わせていた。

 ネアは思わず買ったばかりの剣に触れたが、レセルの声が耳をかすめる。


 「心配しなくてもいいわ。祭りの日まで、檻の外に出ることはない。もし何かあれば、国の威信に関わるもの」

 「だといいけど」

 「王都に来る前にいた、街でのことを思い出してる?」

 「うん。脱走した魔物と戦ったし」


 檻を押して去っていく兵士たちの背を見送りながらも、ネアの胸の奥には小さな不安が芽生えていた。

 少しして、ざわめきがようやく落ち着きを取り戻そうとした時、どこからか別の声が聞こえてくる。


 「はいはい注目! 狩猟祭に出る者は必見! 公式に許可された区域をまとめた地図だよ!」


 振り向くと、紙の束を抱えた商人の男性が、通りを行き交う人々に声を張り上げていた。

 腰には短剣、肩には油染みのある鞄。

 どこか胡散臭さを漂わせながらも、手にしている紙を次々と広げて見せている。


 「祭りで放たれる魔物は、王都のすべてに散らばるわけじゃない。限られた区画、いわば“舞台”だ。これを知らなきゃ、参加者も観客も痛い目を見る!」


 男性の声に、武器を抱えた若者や、革鎧に身を包んだ兵士崩れのような者たちが集まっていく。

 紙には、王都の地図が描かれ、赤い線で大きく囲われた区域が示されていた。


 「……全域じゃなく、一部だけなんだ」


 ネアが思わず呟くと、隣のレセルが小さく頷く。


 「さすがにね。王都全域に解き放ったら管理できなくなるもの。見物人の安全を確保することも面倒になるから」


 確かに、とネアは思う。

 線で囲まれた区域は、城壁の内側の一部。商館や広場が多く並ぶ一帯だった。

 ここで人の出入りを制限し、兵士が配置されるのだろう。


 「値は張るが、この地図があれば有利だぞ! 隠れやすい路地、見通しのいい広場、魔物が集められやすい場所……ぜんぶ載ってる!」


 商人は誇らしげに紙を掲げる。

 参加を考えている者たちが財布を握りしめ、次々と買っていくのが見えた。


 「……どうする、ネア?」

 

 レセルがささやく。

 ネアは視線を落とし、束の間の沈黙のあと、地図を持つ商人の男性をじっと見つめた。

 狩猟祭の舞台。その全容が、少しずつ明らかになっていく。

 ネアは小さく息を吐き、決意して歩み寄った。


 「一枚ください」


 銀貨を差し出すと、商人はにやりと笑い、赤い印の入った地図を手渡してくる。


 「ありがとさん! 健闘を祈るよ!」


 受け取った紙を広げると、王都の中心部を囲むように赤い線が引かれており、広場や路地、運河沿いの倉庫地帯には印が打たれていた。


 「……かなり広いけど、やっぱり制限されてるんだ」

 「ええ。でも狭い場所も多いわ。正面から戦うだけじゃなく、逃げ道や隠れる場所を見ておくのも大事ね」


 二人は地図を手に、実際に歩き始めた。


 ◇◇◇


 街路を巡ると、あちこちで同じように地図を片手に歩く人々の姿が目についた。

 肩に大剣を担いだ大男が仲間と談笑しながら広場の大きさを確かめ、革鎧の一団は路地の奥を指さして声を交わす。


 「ここなら追い込みやすいな」

 「いや、観客席から丸見えだ。もっと派手にやれる場を選べ。あまり凄惨な光景は、観客からの評価が下がる」


 そんなやりとりが耳に入る。

 中には、見知らぬ者同士が立ち止まり、地図を突き合わせながら言葉を交わす姿もあった。


 「そっち、弓は得意か?」

 「まあな。お前は?」

 「剣だ。……一時的に組むか?」

 「いいだろう」


 ごく自然に、即席の協力関係が生まれていく。

 狩猟祭は個人戦でありながら、舞台の広さと魔物の数を考えれば、一人で挑むのは不利。

 多くの者が、こうして一時的に手を組むのだ。

 ネアはその光景を横目で見ながら、胸の奥に小さなざわめきを覚えた。

 参加するなら。さらに誰かと組むべきなのだろうか。


 「……わたしがいるでしょう? わたし以外は必要ない。違う?」


 耳元に甘い声が落ち、ネアは思わず地図を握り直す。

 地図を手に歩きながら広場を確かめていると、不意に声が飛んできた。


 「おい見ろよ、子どもが遊びに来てやがる」

 「ははっ、こんな嬢ちゃん二人で狩猟祭に参加するつもりか?」

 「せいぜい観客席で菓子でも食ってるのがお似合いだ」


 粗末な革鎧を身につけた、大声で笑う三人組の男性。それは、ありふれた荒くれ者。

 からかうような言葉に、ネアの眉がぴくりと動く。


 「……っ」


 むっとして言い返そうとしたその瞬間、横にいるレセルが軽く手を上げた。


 「ここはわたしに任せて」


 小声でそうささやくと、白い髪の少女は一歩前に出た。

 そして、にこやかに微笑みながら口を開く。


 「なるほど。あなたたちは、見た目も態度も“雑魚そのもの”を忠実に再現しているわけね。生きる見世物としては立派だと思う」

 「……は?」

 「わざとでなければ気の毒すぎるけど。無駄に大きい声と安っぽい武器で、自分を強く見せるのは大変でしょう?」


 甘やかな声色に乗せられた、徹底的に冷たい言葉。

 三人組の顔が一瞬で真っ赤に染まる。


 「……ああ? テメェ!」

 「嬢ちゃん、調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 一触即発の空気が広場に満ちた、その時だった。

 群衆の中から誰かが、ひょいと木の剣を数本放り投げてきた。


 「ほらよ! 金属はご法度だろ? やるならそれでやんな!」

 「木なら、うるさい衛兵も文句を言えねえ」


 三人組のうち、一人が転がった木剣を拾い上げ、にやりと笑う。

 残る二人もそれに続いた。


 「上等だ。おい、嬢ちゃん、後悔させてやる!」


 だが、レセルは一歩も引かない。

 同じく木剣を拾い上げ、まるで舞うように構える。


 「ネア、下がっていて。これは、わたし一人で十分だから」


 その声は甘く、けれども絶対の自信に満ちていた。

 こうして、木剣を手にしたレセルと、三人の荒くれ者たちとの戦いが幕を開けた。

 最初に飛び込んでくるのは、体格の大きな者から。


 「うおおっ!」


 木剣を大上段に振りかぶり、力任せに叩きつけてくる。

 だが──。

 カンッ、と乾いた音。

 レセルは軽く横に身をずらし、振り下ろされた木剣を自分の持つ木剣の背で弾いた。

 その勢いのまま相手の懐に踏み込み、木剣の柄で脇腹を突く。


 「ぐっ……!」


 巨体が横に弾かれるように崩れた。


 「次は誰かしら?」


 涼やかな声と共に、レセルは白い髪を揺らしてくるりと振り返る。

 二人目が横合いから突きを放ったが、その剣先は彼女に届かない。

 ひらりとかわし、逆に木剣の切っ先で相手の手首を軽く叩く。


 「痛っ!」


 思わず手を離し、武器が地面に転がった。

 最後の一人が歯噛みしながら斬りかかってくる。

 だが、レセルは軽やかに後退しながら、その勢いを利用して相手の足元に木剣を滑り込ませる。


 「っ──!」


 バランスを崩した相手は派手に転がり、石畳に背中を打ちつけてうめいた。

 決着まで、わずか十数秒。

 レセルは息一つ乱さず、三人を地に転がしていた。


 「……なんだよ、こいつ……」

 「ふざけんな……女のクセに……」


 うめく荒くれ者たちに、レセルは小首をかしげ、にっこりと微笑む。


 「女のクセに? なるほど。なら、あなたたちは“男のクセに”ずいぶん情けないのね」


 丁寧で柔らかな声音のまま、鋭く突き刺さるような罵倒。

 三人組は顔を真っ赤にしたが、立ち上がる気力はすっかり削がれていた。

 群衆の中からどっと笑いと拍手が湧き上がる。


 「嬢ちゃん強ぇ!」

 「三人まとめて子ども扱いかよ!」


 ネアは、呆気にとられて立ち尽くしていた。

 人の姿になる機会は少ないのに、これほどまでに強いなんて。


 「さて、ネア。次はあなたの番よ?」


 レセルは木剣をくるりと回し、まだ呆然と立ち尽くしているネアへと差し出した。


 「……え、いや、私はいい」


 思わず両手を振って首を横に振る。

 人々の視線が集まる中、木剣を握る勇気など出てこなかった。


 「そう?」


 レセルは肩をすくめ、あっさりと木剣を地面に置いた。


 「残念。あなたが並んで立ってくれたら、もっと格好よかったのに」


 その甘い言葉に、群衆からは笑い声が漏れる。


 「照れてやがる」

 「仲良しかよ」


 からかい混じりの言葉に、ネアは思わずむっとしたが、それ以上何も返せなかった。

 地面に転がった三人組は、仲間に支えられてよろよろと退散していく。

 衛兵が現れることもなく、騒ぎは小さな余韻だけを残して収束した。

 レセルはそっとネアの隣に戻り、腰を寄せてささやく。


 「……ね? わたしに任せて正解だったでしょう?」

 「……うん」


 ネアは溜め息まじりに答え、視線を逸らす。

 けれどその胸の奥では、ほんの少しだけ誇らしい気持ちがあった。

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