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26話 捕らえた者の尋問

 オルヴィク家の屋敷、その奥まったところにある一室。

 分厚い布で覆われた窓は外の光を遮り、灯された燭台だけが明かりを揺らしている。

 長机と椅子が二つ、そして縄で縛られた捕虜が一人。

 空気は湿った石の匂いに満ち、緊張で張り詰めていた。


 「……さて」


 低く唸るように声を上げたのは、衛兵隊長ガルド・グリムロック。

 彼は机の端に立ち、腕を組み、捕らえられた人物を睨みつけている。

 男性は血と汗にまみれ、膝を折ったまま椅子に縛りつけられていた。


 「尋問は我ら衛兵の務め。そうであろう?」


 ガルドの視線は、机の向こうに座るユニスへと向けられた。

 彼女は深緑のドレスを纏い、表情を崩さぬまま静かに返す。


 「ですが、命を狙われたのは私。直接聞く権利はあるはず」

 「……理屈はわかる。しかし……」


 眉間に皺を寄せ、渋るガルド。

 その横で、ネアは緊張に喉を鳴らした。

 銀に染めた瞳にまだ慣れきれず、視線を落としたまま腰の剣にそっと触れる。


 (……これから始まるのは、ほんとの尋問……)


 村にいた頃には想像すらできなかった場面。

 ただ黙って見ているだけでも、背中に冷たい汗がにじんでいく。


 「安心して。私は感情的になったりはしない。ただ、答えを引き出すだけ」


 ユニスが淡々と告げると、ガルドは渋々腕を組み直した。


 「……よかろう。ただし、危険な真似をすればすぐに止める」

 「ええ。ぜひそうして」


 ユニスの銀の瞳が、縛られた捕虜を射抜く。

 その無表情な冷たさに、ネアはぞくりと背筋を震わせた。


 『ふふ……さて、どんな風に口を割らせるのかしらね』


 鞘の中から、レセルの甘やかな声が響く。

 だがネアには、どうしても試すような色を強く感じられて仕方なかった。

 捕虜の男性は縄に縛られたまま、頭を垂れている。

 だが、ユニスが机越しに冷たい声を投げかけても、怯えた素振りはまったくない。


 「命を狙った理由を答えなさい。誰の指図で動いたの」


 銀の瞳に射抜かれながらも、彼は薄笑いを浮かべる。


 「へっ……綺麗なお嬢様に詰め寄られるのは悪くねえ。けどなあ、俺ら下っ端にゃ、どこの貴族がどうだとか、知るはずもねえんだ」

 「……とぼけるつもり?」

 「とぼけちゃいねえ。ただ事実を言っただけだ」


 挑発めいた声音に、ガルドが机を叩いた。


 「ぬぅぅぅ……! 命を狙った理由も言えんと? ならば獄中で骨の髄まで後悔することになるぞ!」


 怒声が響いても、肩をすくめるだけ。


 「脅しは慣れてんだよ。衛兵の牢屋がどうだろうと、やることやった時点で長生きできるはずもねえ。……どうせ“口封じ”されるのは目に見えてる」


 その飄々とした言葉に、ネアはぞっとした。

 仲間に殺されることを、あっさり口にしている。

 だが同時に、その諦め混じりの態度は言葉を引き出す余地でもあった。

 ユニスが姿勢を正し、静かに問い直す。


 「……では、あなたが従っていた“相手”について。名前はなくともいい。どういう集まりかだけでも」


 男性は鼻で笑い、わずかに目を細めた。


 「……お嬢様も耳にしたことあるだろう? “魔神教”ってやつを」


 その名が出てきた瞬間、部屋の空気が張り詰めた。

 ガルドが眉を吊り上げる。


 「やはりか……!」


 男性はその反応を楽しむかのように口角を吊り上げた。


 「悪いことして稼ぐなら便利な看板さ。奴らは混乱や災厄を望む。こっちはこっちで、腕っぷしや命を使って稼げりゃそれでいい。お互い様ってやつよ」


 ネアは堪えきれず、つい問いかけた。


 「……どうして、そんな相手と組むの?」

 「どうして、ねえ……」


 男性は口の端をゆがめ、縄に縛られた体を揺らす。


 「貴族様の庇護を受けられる身分じゃねえ。真っ当に働いたって、飯を食うのさえやっと。なら……“混乱”の方が、よっぽどチャンスに満ちている」


 淡々と告げられた言葉に、ネアは胸を締めつけられた。

 自分の村を滅ぼした存在が思い出される。


 「確かに、ね」


 もし、あの吸血鬼により混乱が起きなければ、生贄にされてとっくに死んでいた。

 混乱の方がチャンスに満ちている。

 これを否定することはできない。できるはずがない。

 話を聞いていたユニスは目を細め、机越しに身を乗り出した。


 「……つまり、あなたは魔神教の“下請け”。誰が貴族かどうかも知らない。ただ命令を受けて動いていた」

 「ご明察。俺みてえな小物は、その程度さ」


 その声は皮肉めいていたが、否定する気配はまるでなかった。

 縄で縛られた男性は、飄々とした笑みを崩さない。


 「いっそ、魔神教に金を払って聞いてみりゃいいんじゃねえか?」

 「……何を言って」


 ユニスは険しい表情を浮かべる

 すると男性は肩をすくめ、喉の奥で笑った。


 「誰が仕組んでるかなんざ、俺たちにゃわかりゃしねえ。けど、金を積めば耳打ちしてくれるかもな。“お前を狙ってるのはあの家だ”とか、“今度はここを焼く”とかよ。そういうもんだろ?」


 軽薄な調子の中に、吐き捨てるような現実味がにじんでいた。

 ネアは少し険しい表情を浮かべる。

 魔神教は情報まで商売にするというのか。


 「──っ!」


 その時だった。

 遠くから「火事だ!」という大声が響いた。

 直後、窓の外に赤い光が走る。

 ざわり、と室内の空気が一変した。


 「火……?」


 ネアは思わず立ち上がり、窓辺へ駆け寄って布を取り払う。

 屋敷の一角から黒煙が立ちのぼり、火の粉が風に舞っているのが見えた。

 兵士たちが慌てて走り出し、怒号が次々と重なった。


 「な、何者だ!? 放火か!」

 「水を運べ! 急げ!」


 辺りは一気に慌ただしくなる。

 ガルドは即座に剣を抜き、部下に怒鳴った。


 「半分は守りを固めろ! 残りの者は消火と敵の確認、急げ!」


 捕虜の男性もまた、火の光に目を細め、妙な顔をした。


 「へえ……昼間に、だと? おかしいな……」

 「何がおかしいのだ?」


 ガルドが鋭く問いただす。

 男性は肩を揺らし、くつくつと笑った。


 「いやな、放火や奇襲は夜にやるのが筋なんだよ。暗がりで混乱させて、慌てふためくのを楽しむ。それが連中のやり口だ。……なのに昼間にやるなんざ、らしくねえ」


 その言葉にユニスの表情が固くなる。


 「……つまり、別の意図がある」

 「かもな」


 煙がさらに濃くなり、屋敷の廊下を慌ただしい足音が駆け抜ける。

 ネアは胸の奥に冷たいものを抱えながら、剣の柄を強く握った。


 (──これはただの放火じゃない。何か、仕掛けてきてる)


 屋敷の奥から怒号が響いた。


 「敵襲! 敵襲だ!」

 「バラバラになるな! 奴ら、手強いぞ!」


 廊下を駆け抜ける兵の声は焦りに満ちていた。

 外からは炎の爆ぜる音、鉄と鉄がぶつかる衝撃音が混じり、屋敷全体が震えているように思える。


 「……もう来たか」


 ユニスは低く呟き、銀の瞳を細める。

 すぐさまネアも剣を抜き、腰を落とした。


 『気をつけて。煙と混乱で視界が乱されるから危ないわ。これは明らかに陽動と襲撃の両方を兼ねてる』

 「うん」


 レセルの警告に、ネアは強く頷いた。

 次の瞬間、部屋の扉が外から叩き破られる。

 黒布で顔を覆った数人の刺客が雪崩れ込み、火の粉を背負って一斉に刃を振るった。


 「守れ! あのお嬢様に敵を近づけさせるな!」


 ガルドが剣を振り上げ、兵士たちが即座に応戦する。

 火花が散り、血が飛び、戦場の怒声が狭い室内を震わせた。


 「くっ……!」


 ネアもすぐさま一人を弾き返し、壁際へ追い詰める。

 敵の剣筋は鋭い。素人ではない。


 (……これは、ただの放火犯じゃない!)


 激しく刃を交える中、ユニスは机の向こうに立ち、声を張り上げた。


 「捕虜を守って! 彼が今のところ唯一の手がかり!」


 だがその叫びとほぼ同時に、背後から忍び寄る一つの影があった。

 火煙に紛れ、低く身をかがめた刺客は、拘束された捕虜の背へと素早く刃を突き立てる。


 「──っ!」


 鈍い音と共に、捕虜の体が椅子ごと揺れ、喉から短いうめきが漏れた。

 血が迸り、机の上に散る。


 「やめろ!」


 ネアが叫ぶより早く、刺客は窓へ身を翻し、煙の中に消え去った。

 捕虜の男性は縛られたまま、血に濡れた口を吊り上げて笑う。


 「ぐ……やっぱり……口封じ、か……」

 「ち、治療を」

 『致命傷だから無理よ』

 「……魔神教……深入り、すんなよ。あいつらは……はは……」


 最後の笑いと共に、全身から力が抜けた。

 その瞳から光が消え、部屋には炎の爆ぜる音だけが残る。


 「くそ、やられた……!」


 ユニスの唇がわずかに震えた。

 ガルドは剣を構え直し、燃えさかる外を睨みつける。


 「敵の狙いは証言の抹消……! これは偶然ではない!」


 ネアは血に濡れた机を見つめ、喉の奥を強く締めつけられる思いだった。


 (せっかく掴みかけた情報が……全部、消された)


 炎と混戦の中、オルヴィク家の屋敷はさらなる混沌へと沈んでいく。

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