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2話 焼け跡と甘い声

 夜が完全に明けきる前、ネアは焼け落ちた村に戻っていた。

 森の影から、黒く焦げた屋根や倒れた柵が見える。

 煙はもう薄くなっていたが、灰の匂いはまだ鼻を刺した。


 「……何か使えそうなもの、残ってるかな」


 レセルは剣の姿で、ネアの背中にあった。

 布を何重にも巻きつけて、簡易的な鞘の代わりにしている。

 その中から、声が響く。


 『危ないから、できる限り急ぎましょう? 野犬とか、魔物とかが来たら面倒。それにあの吸血鬼が、仕返しのためにこっそりついてくるかもしれない』

 「わかってるよ。でも手ぶらで街まで歩くのはさすがに避けたい」


 家々の焼け跡を回りながら、食料になりそうな干し肉や、少し焦げた水袋、まだ使える毛布などを拾う。

 崩れた家の片隅で、木箱を開けると、金貨や銀貨が数枚。

 ネアはそれも躊躇なく袋に入れた。


 「お金は……あればあるほど助かるし」

 『ふふ、頼もしいわね。ねえネア、あなたって、こういう状況でも怖がらないの?』

 「怖がる暇なんてないでしょ。生き残る方が先」


 そう答えると、レセルが少し笑った気配がする。

 布越しに伝わってくる声は、どこか嬉しそうだ。


 『わたし、こんな風に一緒に動ける人をずっと探してたの。……すごく長い間』

 「長い間って……どれくらい?」

 『……数百年、かしら。わたしは生まれた時から剣で、誰もわたしの声を聞けなかった。一時的に持つ者はいても、そのうち拒絶されて、捨てられて……。気づけば、あちこちを放浪していたの』


 その声は甘いけれど、少し寂しさを含んでいた。

 ネアは、拾った荷物を肩にかけながら、ため息をつく。


 「だからって、いきなり“あなたはわたしのもの”って言うのはどうかと思うけど」

 『……でも、そう思ったの。本能みたいに。だって、やっと手に入れたんだもの。失いたくない』


 剣の柄がわずかに震え、ネアの背中に寄り添う感触が強くなる。

 まるで抱きしめられているようで、少しむず痒い。


 「……もう、わかったから。とりあえず荷物集め終わったから行こう。ここに長居すると面倒だし」

 『ええ。行きましょう、ネア』


 朝日が村の残骸を照らし、灰の中に伸びた影は、ゆっくりと森の外へ向かっていった。

 村を出てから半日ほど歩くと、木々が途切れ、石畳のある街道が見えてくる。

 予算の問題か、石畳の間隔はだいぶ空いていたが。


 『びっしり敷かれてないと不恰好ねえ』

 「まあ、田舎だし」


 道の両脇には、旅人や商人のための古びた標識が立っている。

 西へ行けば街、東へ行けば隣国との交易路。

 ネアは拾った荷物と、背中の剣──レセルを背負い直す。

 日が昇るにつれて気温も上がり、額に汗がにじむ。


 『……ねえ、肩、痛くない? わたし重い?』

 「剣一振りくらいで文句言うなら旅なんてできないよ」

 『ふふ……優しいのね。じゃあ、もう少し背中に寄りかかってもいい?』

 「もう寄りかかってるでしょ……」


 布で巻かれたレセルは、見た目こそ普通の荷物だが、定期的に声が耳に響く。

 通りすがりの旅人がいたら、きっとネアが独り言をぶつぶつ言っているように見えるだろう。


 『そういえばネアって、どんな魔法を使えるの?』

 「え、今それ聞く? ……まあ、使えるってほどでもないけど、水を弾くやつ」

 『水を……弾く? なんだか可愛いわね』

 「可愛いって……実用性はほぼないよ。雨の日に少し助かるくらい。戦闘じゃ意味なし」

 『でも、この世界の人は誰でも何かしら一つは魔法を持ってるわ。あなたのは生活向きってことね』

 「だね。強い魔法なら軍や騎士団に引き抜かれるんだろうけど……そういうのとは縁遠い」


 この世界の人々は、誰もが一つだけ、生まれついての魔法を持っている。

 ただし、その力は人によって大きく異なり、向き不向きがはっきりとしている。

 だからこそ、勉強すれば確実に習得できる魔法の方が、世の中では広く使われていた。


 『ふふ、でも今はわたしがいるもの』

 「……それもそうか」


 その時、道の脇に小川が見えた。

 陽光を反射してきらめく水面が、涼しげに流れている。

 ネアは足を止めると、しゃがみ込んだ。


 「ついでに水を汲んでいこう。……あ、ちょうどいいや、見せてあげる。布は外しておく?」

 『必要ないわ。剣の時は、人の目とは違う形で周囲を見ているから』

 「へー」


 水袋を小川に沈めながら、ネアは魔法を発動する。

 手元で水が弾け、袋の外側は乾いたまま。

 中にだけ水が満ちていく。


 『……本当に弾いてるのね。面白いわ』

 「だから生活向きって感じ。戦いにはどう使えばいいのやら」

 『でも使い方次第では防御に使えるかもしれない。たとえば血や毒を弾くとか……』


 レセルは少し考えるような声を出すと、急に楽しげな調子でささやいた。


 『そうだ、せっかくだから剣の握り方、少し練習しましょうか。人目もないし』

 「練習ねえ?」


 ネアは少し迷ったが、布をほどき、レセルを抜き放つ。

 白銀の刃が日光を受けて輝く。


 『いい? 腰はもう少し低く、柄はこう……そう、わたしをもっとしっかり抱きしめるように』

 「抱きしめるって……剣の持ち方の話でしょ?」

 『ふふ、そうよ。でも抱きしめてくれた方が嬉しい』


 数度の素振りで、ネアは昨日の戦いで感じた重みや感覚を少し思い出す。

 レセルの声が一振りごとに近くなる。

 それはまるで剣術指南というより、恋人に耳打ちされているようだった。


 「……はいはい、もう十分でしょ。行くよ」

 『残念。またあとでね』


 街道の向こう、低い丘が見えてくる。

 そこを越えれば、街まで半日の距離だ。


 『ところでネア、街に着いたら何をするの?』

 「まずは宿。そしてお風呂と食事。それあとに仕事探し」

 『仕事? じゃあ、置いていかれずにずっと一緒ね』


 その声は嬉しそうで、同時にどこか独占欲がにじんでいた。

 ネアは小さく息をつきながら、足を速める。

 丘を越える頃、日は沈み始めていた。

 街まで行くにはあと数時間かかる。

 夜道は獣や盗賊、時には魔物も出るため、無理をせず街道の近くにある林で野営することに。


 「ええと火打ち石は……」


 たき火を用意し、拾った干し肉を温める。

 布に包まれたレセルは、剣の姿のまますぐそばに置かれている。


 『ねえ、やっぱり人の姿になってもいい? 今なら誰も見てないわ』

 「別にいいけど……あんまり長くはダメだよ。疲れるんでしょ?」


 剣が淡く光り、白い髪と赤い瞳の少女が現れる。

 たき火の明かりに照らされる肌は滑らかで、瞳は柔らかく細められる。


 「こうして顔を見ながら話す方が、落ち着くの。もう少しこっちに寄って」


 レセルは何のためらいもなくネアの隣に腰を下ろし、毛布を半分奪うようにして肩を寄せた。

 その距離の近さに、ネアは小さくため息をつく。


 「……で、もし今夜あの吸血鬼が来たら?」

 「わたしが全部斬るわ。今度は逃がさない。完全に息の根を止める」


 その言葉は甘くもあり、鋭い刃のようでもあった。

 ネアは黙って干し肉を口に運び、火が小さく爆ぜる音を聞く。

 やがてレセルの頭が肩に預けられ、細い息がかかる。


 「……寝てる?」

 「いいえ。あなたのそばで目を閉じてるだけ。わたし、眠る必要がないの。だから、何かあれば起こしてあげる」


 夜はそのまま静かに更けていった。


 ◇◇◇


 翌朝、空が白み始めるとすぐに出発した。

 小さな丘をいくつか越え、午前のうちに街の外壁が見えてくる。

 灰色の石造りで囲まれた城壁の前には、大きな門と人の列があった。


 「うーん、人が多い。入るのに少しかかりそう」

 『人前では、剣のままの方がいいわね』

 

 ネアは頷き、布で包んであるレセルを背負い直す。

 列に並ぶと、すぐ前に白い衣をまとった男性がいて、彼は振り返った。

 胸元には、光と闇を示してるのか、白と黒、二つの宝玉がついた飾りがある。


 「旅の方ですか? よろしければ、待つ間、女神教の教えをお読みになられますか?」


 柔らかな笑みと共に、男性は小さな冊子を差し出す。

 列に並んでいる間、特にすることがないのでネアは受け取った。

 その中には、光と闇の女神と、死後に選べる二つの道について書かれていた。

 再び生まれる光、永遠の眠りとなる闇。

 人はどちらかを選ぶことができる、と。


 『……ふうん。女神教って結構広まってるのね。見ず知らずの相手に冊子を渡せるなんて』


 背中からレセルの声が小さく響く。

 魔剣の使い手となったネアだけに聞こえるささやき。

 紙はそこまで安くない。

 冊子にしたものを簡単に渡せるということは、それだけ組織の規模が大きく、動くお金もかなりのものというわけだ。


 「まあ、こういう勧誘は珍しくないよ。嫌なら断ればいいし」

 『あなたは、光と闇、どっちを選ぶのかしら……』

 「……死ぬつもりはないから、どっちも選ばない」


 問いかけには適当に答えたあと、ネアは列が進むのを待った。

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