表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/120

18話 嫉妬する魔剣

 石造りの牢屋に差し込む朝の光で、ネアは目を覚ました。

 隙間から射す光は冷たく、簡素なベッドに横になっていた体を淡く照らしている。

 胸元には、昨夜そのまま抱きしめて眠った銀の剣、もといレセルが。


 『……おはよう、ネア』

 「……ん。おはよう」


 頬に触れる刃は冷たいはずなのに、不思議と温かい。

 昨夜、恐る恐る鞘から抜いて抱いたことを思い出すと、頬がわずかに熱くなる。


 『ふふ。よく眠れたでしょう? わたしも幸せだったわ』

 「……牢屋でそういうこと言われても困る」


 小声でぼやいたその時、鉄格子の外から重い足音が響いた。

 姿を現したのは、相変わらず眉間に皺を寄せたガルドだった。


 「ふむ。起きておるな」

 「……はい」


 ネアは慌ててレセルを鞘に収め、ベッドから立ち上がる。

 ガルドは堂々と胸を張り、力強く言い放った。


 「約束通り、迎えに来た。お嬢様の屋敷まで案内するぞ!」

 「……ありがとうございます」


 返事をしながらも、ネアは胸の奥がきゅっと強張るのを感じた。

 これから会うのは、ほんの短い間しか行動を共にしていない少女ユニス。

 だが彼女の背後には、重苦しい貴族社会の影が広がっている。

 牢屋を出ると、すでに数名の衛兵が馬車を用意していた。

 隊長たるガルドの号令でネアはその中央に乗せられ、両脇に兵士が並ぶ。


 「うわ……完全に囚人の護送だね」

 『大丈夫よ。昨日のうちに約束してくれたでしょう? わたしたちはあの子の屋敷まできちんと届けられる』


 レセルの声に小さく頷き、ネアは腰に手を添えた。

 馬のいななきと共に車輪が石畳を鳴らし、王都の大通りを進み始める。

 目に映るのは、昨日歩いて回った雑踏とはまるで違う光景だった。

 高い建物、華やかな装飾、行き交う人々の衣装はどれも豪奢。

 旅人の群れや露店のざわめきとは一線を画す、上流の通り。


 「……すごい」


 思わずこぼれた呟きに、兵の一人が苦笑した。


 「嬢ちゃん、王都は広いんだ。昨日見たのはほんの入り口ってわけさ」


 車輪はゴトゴトと石畳を転がり、やがて一際立派な門の前で止まった。

 高くそびえる鉄の格子門、その奥には深い庭と白壁の屋敷。

 門の両脇には鎧を着た門番が立っている、


 「ここが……ユニスの家……」


 緊張が胸を締め付ける。

 王都での新しい一日が、今まさに幕を開けようとしていた。

 馬車が止まると、門の前で待っていた門番が警戒の目を向け、槍を構えて鋭い声を上げる。


 「止まれ! ここはオルヴィク家の邸宅。何者だ!」


 だが、馬車から降り立ったガルドは一歩も引かず、胸を張って名乗った。


 「グリムロック隊を率いているガルド・グリムロックである!」

 「む、王都の治安管理に関わってるグリムロック隊とは……!」


 貴族相手だろうと容赦のないガルドのことは王都に広まっているのか、門番の顔が一瞬引きつる。

 そのガルドは、眉間にさらに皺を寄せ、門番を睨み据えた。


 「昨夜、貴家の令嬢が賊に襲われた。救助の折に同行していたこの娘を一時的に拘束したが……本日、約束した通り令嬢の下へ送り届けに来た」

 「な、なんと……! そ、それは──」


 言い淀む門番の背後から、澄んだ声が響いた。


 「門を開けて。私の客人です」


 門が軋みを上げて開かれる。

 そこに立っていたのは、長い金髪を朝日になびかせたユニスだった。

 銀の瞳は毅然と輝き、外では完璧な“貴族の娘”の顔をしている。


 「ご苦労でした、ガルド隊長。約束を果たしてくれたことに感謝します」


 ユニスの声は貴族らしく整えられていたが、その瞳の奥には、かすかな安堵が揺れていた。


 「……うむ。約束は約束であるからな」


 ガルドは腕を組み、唸るように答える。


 「だが忘れるな。貴族だからといって特別扱いはせん。王都の秩序を乱すなら、誰であれ牢に入れるのみ」


 その言葉に、門番や周囲の兵たちは青ざめた。

 だがユニスは顔色ひとつ変えず、むしろ涼しい笑みを浮かべて返した。


 「肝に銘じておきます。……さあ、ネア。中へ」


 銀の瞳がネアに向けられる。

 昨日の路地裏とは違う、堂々とした令嬢としての顔に、ネアは思わず背筋を伸ばした。


 「……うん」


 庭の奥にそびえる豪勢な屋敷。

 まずは門をくぐった瞬間、ネアは息を呑んだ。

 整えられた石畳の道、手入れの行き届いた庭木、そして使用人たちが整列している。

 しかしその視線は、ユニスとネア、どちらに対しても冷ややかで、表面的な礼だけが並んでいた。


 『……なるほど。これが“貴族の家”というものね』


 レセルの声が、腰の鞘からかすかに響く。

 ネアは緊張に喉を鳴らしながら、一歩、また一歩と屋敷の中へと足を踏み入れる。

 天井まで届く大理石の柱、豪奢な絨毯、壁には絵画や飾り皿が整然と並ぶ。

 村の暮らしとは比べものにならない華やかさに、胸が圧迫されるようだった。


 「……すごい」

 「ふふ、目が回りそうだったりする?」


 ユニスが横で小さく微笑む。

 その声は軽いが、銀の瞳はどこか冷えて見えた。

 廊下の端々では使用人たちが控えていたが、礼をする動作は整っていても、その視線には温かみがない。

 形式だけ、という空気がひしひしと伝わってくる。


 『……やれやれ、歓迎されてないのがはっきりわかるわ』

 「うん……」


 そんな空気の中、重い扉の前を通り過ぎる。

 そこから漂う薬草とお香の匂いに、ネアは足を止めかけた。


 「ここは……?」

 「父の部屋。寝たきりだから、別の機会に会わせる」


 ユニスは表情を変えず、扉を横目に素通りする。

 言葉の端にある硬さに、ネアはそれ以上問いを重ねられなかった。

 やがて案内されたのは、客室として用意された部屋。

 寝台と机、窓から見える庭。

 詰所の牢屋と比べれば、まさに天と地の差。


 「ここを使って。着替えや食事も運ばせるから」

 「……ありがとう」


 短い会話を交わし、ユニスは扉を閉めて去っていった。

 残された部屋に静けさが満ちる。


 『……あの子、ここで孤立しているのが伝わってくるわね』


 ネアは返す言葉を見つけられず、ただ剣の柄を握りしめた。


 ◇◇◇


 夜。

 静かな客室に灯されたランプの光が、淡い影を揺らしていた。

 食事を終え、簡素な机に座っていたネアの前に、ユニスが現れる。

 昼間の凛とした貴族の顔ではなく、外套を脱ぎ、素の表情を浮かべていた。


 「ネア。来てくれて、ありがとう」

 「こっちこそ助けられた部分はあるから」


 ネアがそう返すと、ユニスは窓辺に立ち、夜の庭に視線を落とす。

 銀の瞳が、月明かりを受けて淡く輝いた。


 「今のうちに言っておく。私の立場は微妙。貴族の娘として迎えられたけれど、もとは貧民窟の生まれ。使用人たちは形式的に仕えているだけで、心から私を受け入れてはいない」


 ネアは言葉を失い、黙って聞くしかなかった。

 ユニスは小さく息を吐き、振り返る。


 「だから……力を貸してほしい。私が生き残り、この家に立っているために」


 その言葉は、冗談でも気まぐれでもなく、切実さを帯びていた。

 ネアは戸惑い、腰の剣にそっと手を置く。


 「……私の力なんて、大したものじゃ」

 「いいえ」


 ユニスの視線が、鋭くネアの腰へ注がれる。

 より正確には、そこに収められた剣を。


 「その剣は……魔剣のはず」

 「っ……!」


 ネアは目を見開き、息を呑む。

 ユニスはまっすぐに目を見据えながら続けた。


 「あの時、人の身を超えた動きをこの目で見て確信した。あれは普通の剣じゃない。違う?」


 答えに窮するネアの沈黙を肯定と受け取り、ユニスは口調を緩めた。


 「報酬は用意する。お金でも、装備でも。それなりのものを払える。だから、私を守ってほしい」


 淡々と告げる声の奥には、必死な響きが隠されていた。

 ネアは唇を噛み、しばし考え込む。

 厄介事の塊ではあるが、相手は貴族。

 報酬には期待できるだろうし、場合によっては様々な場面で後ろ楯になってくれるかもしれない。

 それは、田舎の村娘という何も持たない身からすれば、この上ない好機

 やがて小さく頷いた。


 「……わかった。できることはやってみる」


 その答えに、ユニスの表情がわずかに和らぐ。


 「ありがとう。……今夜はもう休んで。明日、さらに詳しいことを話す。私が無事に戻ってきたことで、いろいろと騒がしくなるはずだから」


 それだけ告げて、ユニスは扉を閉め、去っていった。

 残された部屋に静けさが戻る。


 『……ふぅん』


 腰の方からレセルの声が響いた。

 その声には、明らかに拗ねた色が混じっている。


 『さっきの子、ずいぶんと踏み込んできたわね。魔剣のことまで……気安く口にして』

 「……まあ、危ないところを助けたんだし、頼られるのは当然かも」

 『ふぅん……でもわたしは、あなたが誰かに“力を貸す”の、あまり好きじゃない』


 嫉妬と独占欲を隠そうともしない声。

 ネアは苦笑し、剣の柄に軽く手を添えた。


 「大丈夫だよ。……私が一番信じてるのは、レセルだけだから」

 『……本当に?』

 「本当。それに、貴族相手に恩を売れる貴重な機会だよ?」


 少しの沈黙のあと、レセルはふっと息を吐くようにささやいた。


 『打算も込みなら、いいわ。信じてる』


 その甘い声に包まれながら、ネアはベッドへと身を横たえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ