表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/120

12話 田舎娘から都市の娘へ

 王都の正門前は、まるでちょっとした市場のようだった。

 石畳の道には荷馬車が列をなし、商人が声を張り上げ、巡礼者が祈りを捧げている。

 鉄で補強された巨大な門の前には、兵士たちが槍を手にして検問にあたり、一台ずつ荷を改めていた。


 「ふむ、問題なし。行っていいぞ」


 ネアは列の中で息を呑む。

 村や街とは桁違いの人と物の流れに、心臓が早鐘を打っていた。

 カイランとリサナは別の抜け道を使うと言って消えてしまった。だから今は一人きりだ。

 やがて順番が来る。


 「次の者、前へ」


 鋼鉄の兜をかぶった兵士が、短く命じた。

 ネアはぎこちなく馬車の列を抜け出し、門の前へ歩み出る。

 腰の剣に兵士の視線が止まった。


 「その剣、見せてもらおう」

 「……はい」


 おずおずと差し出すと、兵士は片手で軽々と抜き放つ。

 刃が日差しを反射したが、兵士は一瞥して鼻を鳴らした。


 「ただの古剣か。大したもんじゃないな。通ってよし」


 ぞんざいに鞘へ押し戻し、ネアへ突き返す。

 胸を撫でおろすネアの耳に、剣からかすかな震え声が響いた。


 『はぁ!? なんなのよ、あの無礼な兵士!』


 不機嫌さを隠そうともしない、レセルの荒々しい声。

 幸い、使い手以外に声は聞こえないため、誰も気づかない。

 ネアは慌てて剣を抱え込み、兵士へ小さく頭を下げた。


 「……ありがとうございます」

 「一応言っておくが、王都では安易に武器を抜くなよ。理由なく抜けば拘束される。肝に銘じておけ」


 冷ややかな忠告とともに、兵士は次の検分へと移っていく。

 門をくぐった瞬間、内部の熱気が一気に押し寄せてきた。

 声、音、匂い、色彩──何もかもが、ごちゃ混ぜに押し寄せ、眩暈がしそうなほど。


 『聞いた? わたしを見ての感想が“ただの古剣”ですって。わたしがいったいどれだけの月日を過ごしてきたと──!』

 「ち、ちょっと、そんなに怒らなくても……」


 ネアは慌てて腰に手を当て、小声で諫めながらも人の流れに飲み込まれていく。

 王都の大通りは、まるで祭りの最中のようだった。

 石造りの建物が立ち並び、窓には色鮮やかな布や花が飾られている。

 露店では果物や焼き菓子が並び、子どもたちが歓声を上げて駆け回る。

 荷馬車が石畳を軋ませ、行き交う人々の服装も見たことのないものばかり。


 「……すごい」


 目を奪われ、ネアは思わず立ち止まる。

 その瞬間、背後から軽い調子の声がかかった。


 「やあ、お嬢さん。見かけない顔だな。旅の人かい?」


 振り向けば、愛想のいい笑みを浮かべた商人らしき男性が立っていた。

 つやのない髪を後ろに撫でつけ、片手には布の帳簿のようなものを持っている。


 「王都は初めてだろう? 宿はもう決めてあるか? よかったら安くて安全な宿を紹介するよ。知り合いの宿屋でね、親切で飯もうまい。しかも初めての客なら半額に──」


 矢継ぎ早に言葉を重ねる男性。

 ネアは戸惑いつつも、親切心に思わず頷きかけてしまう。

 その時、腰の剣から鋭い声が響いた。


 『ついていっちゃダメよ。こんなの詐欺に決まってる』


 ネアはびくりと肩を震わせた。


 「えっ……い、いえ、大丈夫です。宿はもう決めてるので!」


 慌ててそう言って頭を下げると、男性の笑顔が一瞬だけ消え、舌打ちが小さく聞こえた。

 すぐにまた人当たりのいい顔へ戻ると、男性は肩をすくめて背を向ける。


 「そうかい、残念だな。じゃ、気をつけな」


 その足はすぐに別の旅人へと向かっていった。

 ネアは胸に手を当て、どっと汗がにじむのを感じる。


 「……あ、危なかった……」

 『危ないどころじゃないわ。あんなのについて行ったら、荷物ごと売られてたに決まってる。ほら見なさい、リサナの忠告は正しかったでしょう?』


 叱るような声に、ネアは小さく頷いた。

 視線の先で、人混みの波に紛れていく男性の背中が、ひどく不気味に見えた。


 ◇◇◇


 人混みを離れ、少し落ち着いた通りに入ったところで、ネアはとある露店の前で立ち止まった。

 布地を山のように積んだ店で、仕立て済みのワンピースやマント、靴が所狭しと吊り下げられている。

 リサナの忠告を思い出し、ネアは自分の着ている旅装を見下ろす。


 「……やっぱり、このままじゃどこからどう見ても田舎者って感じか」


 意を決して、服の山に手を伸ばす。

 けれど、値段も種類も見慣れないものばかりで、どれがいいのかまるでわからない。


 『それはダメ。色が沈んでて、あなたがもっと小さく見えるわ』

 「そ、そう……? ならこっちは……」

 『こっちは論外。安っぽすぎて、着ると余計に狙われる』


 腰の剣、もといレセルの声が矢継ぎ早に飛んでくる。

 ネアは慌てて辺りを見回した。周囲の喧騒に紛れているのが幸いで、誰もこちらに気づいていない。


 「そもそも、私が着るやつなんだから……そんな細かく言わなくても」


 思わず小声で反論する。だが、レセルはまるで譲らない。


 『あなた、似合う似合わないが全然わかってないじゃない。ほら、奥の藍色のやつ。落ち着いた色だけど華やかさもある。マントなら、この薄い茶色のを重ねれば街の人に見えるわ』


 ネアはため息をつきながらも、言われた服を取り上げる。

 鏡代わりの金属板に映る自分の姿を見て、思わず目を見張った。

 地味すぎず、派手すぎず。

 確かに、王都の人々と並んでも違和感がなさそうな仕上がり。


 「……ほんとに、これでいいのかな」

 『もちろん。あなたはもっと堂々としていいのよ』


 支払いを済ませ、店先で着替えると、ネアは不思議な感覚を覚えた。

 自分ではない誰かに生まれ変わったような──少しだけ、王都の喧騒に混じれるような気がした。


 「うーん……」


 買ったばかりの服に袖を通したネアは、肩をすくめた。

 大通りを行き交う人々の視線が、先ほどよりも幾分か軽く感じる。


 『どうしたの?』

 「……やっぱり、リサナの言った通りだったんだな、って。ちょっと複雑な気分」


 うろうろしているうちに夕暮れが近づき、街の喧騒はさらに増していく。

 露店の灯がともり始め、香ばしい匂いや酒の匂いが風に混じる。

 足は疲れきっていて、ネアはようやく宿を探す気になった。

 通りの外れにある、木造二階建ての宿。

 質素な看板が掲げられ、門前のベンチでは旅人たちが談笑している。

 中へ入ると、暖炉の火とパンの焼ける匂いに迎えられた。


 「空いてる部屋を一つ」

 「はいよ。これ鍵ね。食事は別料金だから、お腹空いたら向こうの食堂で注文して」


 軽い説明のあとお金を支払い、部屋を借り、階段を上がる。

 通された部屋は狭いが、清潔なベッドと机があり、窓から夕暮れの王都を見渡せた。


 「……やっと、落ち着ける」


 ベッドに腰を下ろすと、どっと力が抜ける。

 これまでの緊張が、波のように押し寄せてきた。

 その時、剣の鞘がかすかに光り、白い髪と赤い瞳の少女となったレセルが姿を現した。

 無言でベッドに腰掛けると、ネアの隣に座る。


 「今日は大変だったわね」

 「……うん。人が多すぎて、息が詰まりそう。街も多かったけど、ここはそれ以上だもん」


 ネアが弱音を漏らすと、レセルは柔らかく微笑んで、茶色い髪を優しく撫でた。

 一度ではなく何度も。


 「でも、よく頑張ったわ。わたしがずっとそばにいるから。安心して」


 その声に、胸の奥の緊張が少しずつ解けていく。

 ネアは視線を落とし、握った手をそっとレセルの手の上に重ねた。


 「……ありがとう。ほんとに、レセルがいてくれてよかった」

 「膝枕してあげましょうか?」

 「いや、それはさすがにちょっと……」


 窓の外から、王都のざわめきが夜風に乗って流れ込んでくる。

 その音を背に、二人はしばし黙って寄り添い、長い一日を終えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ