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106話 分かちがたいもの

 まさか、こうなるとは思っていなかった。

 城内の一室で待たされていたネアの前に現れたのは、白銀の髪をすっかり隠したフェリシアだった。


 「さて、行きましょうか。お出かけに」

 「……お出かけ?」


 思わず聞き返すと、フェリシアは楽しそうに頷く。


 「ええ。王国のお膝元が今どういう状況にあるのか、教皇である私自身の目で確認したいの」


 そういう理由をでっち上げたのだろう。

 彼女の背後で、護衛の一人が深くため息をついた。


 「……聖下」

 「小言はなし、って言ったでしょ?」

 「……はい」


 護衛は観念したように姿勢を正し、ネアに向き直る。


 「ネア・ブランシュ殿。聖下の要望ゆえ、我々は距離を取ります」

 「えっ?」

 「万一、何かあった場合……そなたに任せるしかありません。頼むぞ、本当に」


 切実だった。途中で真面目な態度が崩れるほどに。

 これだけで、普段どれくらい振り回されているのかがわかる。


 (護衛の人たち……胃が痛そう……。でも、今回は私がフェリシアに振り回されるのか)


 そうして始まったお出かけは、当然のように変装したフェリシアと二人きりでの行動だった。


 「安心なさい。私の護衛は、見えないようについてきてくるんだから」

 「そういう方向の心配はしてないです」

 「ふふっ、怯えてなくて安心した」


 王都の通りは今日も賑やかで、露店の呼び声や、人々の笑い声があちこちから聞こえる。

 少し前に女神教が起こした騒ぎは、所詮は貴族がいるわずかな地域での出来事。

 ほとんどの庶民にとっては、噂話のネタにしかならない。

 なんなら、女神教により貴族が嫌な思いをしたことを喜ぶ者もいる。


 「こういう場所、久しぶり」


 フェリシアは人混みに紛れながら、どこか楽しそうに辺りを見回している。


 (教皇様って、もっと堅苦しい存在だと思ってたけど……)


 隣を歩く姿は、年相応の少女そのものだ。

 その一方で、腰の剣がやけに重たい。物理的なものではなく、雰囲気的に。


 『…………』


 レセルは剣の状態のまま、はっきりとした不機嫌を放っていた。

 言葉は発しないものの、どことなく唸りが聞こえてくる。


 (……怒ってるよね、これ)


 道中、フェリシアが串焼きを買って、そのままネアにも差し出してくる。


 「ほら。食べ歩きは嫌い?」

 「い、いえ……嫌いじゃないです」


 受け取って一口かじる。

 美味しさに口が緩むネアを見て、フェリシアは満足そうに頷いた。


 「次は近くに来て。人混みではぐれると面倒だから」


 促されるまま距離を詰めると、今度は耳元に低い声で話しかけてくる。


 「ねえ、ネア」

 「はい?」

 「あなたの率直な意見を聞きたいの」


 その声に遊びはなく、妙に真剣だった。


 「女神教と魔神教。あなたはどう思っている?」


 完全に予想外の質問だった。


 (え……? 今ここで……?)


 心の準備どころか、考えをまとめる余裕すらない。

 ネアは思わず、ぽろっと口にしてしまった。


 「……似た者同士、ですかね?」


 言った瞬間、しまった、と思った。

 けれど、フェリシアは何も言わなかった。

 ただ、くすくすと笑うだけ。


 「ふふ……」


 笑う声は柔らかいのに、どこか底が知れない。


 「面白いこと言うのね、あなた」


 そして、何気ない調子で呟く。


 「所詮、どちらも神の手駒。使われる者でしかない」


 足を止め、人の流れを眺めながら続ける。


 「違いがあるとすれば……その枠の中で、どう振る舞い、どう楽しむか、くらいかしら」


 意味深な言葉だった。

 ネアの背中を、ぞくりとしたものが走る。


 『……ネア』


 レセルの声が、剣の中から低く響いた。


 『あまり、あいつに心を近づけすぎないで』


 フェリシアは再び歩き出し、振り返らずに言う。


 「さ、次はどこに行こうか。せっかくだもの、もう少し見て回りましょう」


 その背中を追いながら、ネアははっきりと感じていた。

 この“お出かけ”は、ただの気まぐれでも視察でもない。

 ──試されている。

 自分と、そしてレセルとの関係そのものを。

 やがて人通りの少ない脇道に入ったところで、

 フェリシアがふいに足を止めた。


 「……こっち」


 導かれるまま進んだ先は、陽の差し込まない静かな路地裏。


 「え、あの……?」


 振り返る間もなく、フェリシアは距離を詰め、柔らかな声でささやく。


 「そんなに身構えなくてもいいじゃない。ただ、少し話がしたいだけよ」


 視線が近い。

 あまりにも近すぎる。


 (ちょ、ちょっと……護衛の人たちどこ。止めてほしい)


 フェリシアは、からかうようにネアの前髪に触れ、意味ありげに微笑んだ。


 「あなた、こうして近くで見ると可愛い。守ってあげたくなるタイプ。いえ、もっと言うなら、閉じ込めて、保管しておきたくなる感じかも」

 『……このあばずれは、どこまでわたしを苛立たせたら気が済むの』


 剣が、声が、震えていた。

 これ以上ない、はっきりとした怒りによって。


 『ネア、下がって』


 次の瞬間、レセルが人の姿となり、ネアとフェリシアの間に割って入った。

 白い髪が揺れ、赤い瞳が鋭く光る。


 「……これ以上、わたしの使い手に近づかないで。ネアは、お前のものじゃない」


 フェリシアは驚くどころか、興味深そうに目を細めた。


 「まあ……。魔剣であるあなたは、使い手をそれほどまでに愛しているの?」


 レセルは一瞬も迷わなかった。


 「当然よ」


 きっぱりと断言した。

 するとフェリシアは、楽しげに首をかしげる。


 「なら……私の目の前で、証明してくれる? 護衛が見ているかもしれない。通行人に見られるかもしれない」


 明らかな挑発だった。

 試すための言葉。

 レセルの表情が歪む。

 今まで溜め込んでいた苛立ちと、焦りと、独占欲が、一気に噴き出す。

 そのまま振り返ると、ネアを強く抱きしめた。


 「……っ、レセル!?」


 答える代わりに、レセルはネアの唇に、自分のそれを強く重ねた。

 逃がさないように腕を回し、見せつけるように、長く。

 息が詰まるほど、確かな温度。

 思考が追いつかないまま、ネアはただ抱きしめられる感覚に身を委ねていた。

 やがて、ゆっくりと唇が離れる。

 レセルはフェリシアを睨みつけたまま言う。


 「これで、満足?」


 フェリシアは数秒近く、何も言わなかった。

 そして、ふっと小さく息を吐く。


 「……なるほど」


 どこか納得したように頷く。


 「分かちがたい関係、ね。ええ、これは……本物だわ」


 赤い瞳と銀の瞳が、静かに交わる。


 「なら、きっと……」


 その先は言葉にせず、フェリシアはくすくすと笑った。


 「ごめんなさい。ちょっと意地悪しすぎたわ」


 軽く手を振り、踵を返す。


 「今日は、もう帰りましょう。十分、面白いものを見せてもらったから」


 そう言って路地裏を抜けていく。

 残されたネアとレセルは、しばらく動けなかった。


 「……なに、今の……?」

 「……さあね」

 「というか、いきなりあんなキスは」

 「あいつが挑発してきたのが悪い」


 レセルは視線を逸らしつつ、まだ少し震える手でネアの手に触れる。

 二人の胸に残るのは、試されたという感覚と、それでも壊れなかったという確かな実感。


 (……いったい、何を確かめられたんだろう)


 けれど、答えはまだ見えないままだった。

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