101話 騎士団、正式発足
模擬戦から一夜明け、黄昏の剣騎士団の宿舎には、朝から活気が満ちていた。
広い訓練場の脇に集まったのは、昨日まで仮所属だった団員候補たち。
今日ようやく正式加入となる面々だ。
「ほんとに……王都の、騎士団に……っ!」
「うおおおおっ、俺、やっと親に胸張って言える……!」
「うちの村の連中、腰抜かすぞ……へへっ!」
田舎から来た者、もともと別の騎士団にいた者、冒険者崩れ、孤児院出身……と、立場は様々だが、誰もが目を輝かせ、気合に満ちている。
ネアは思わず微笑んだ。
横ではガルドが腕を組み、いつもの渋い顔で咳払いを一つ。
「こほん。貴様らが喜ぶのも理解はするが、浮かれすぎるな。王都の騎士団というのは、地方よりも給金が高い代わりに、求められる責任も大きい」
団員たちは一斉に姿勢を正した。
ガルドは長年の衛兵隊長らしい落ち着いた口調で続ける。
「住居は王都内での提供となる。治安維持に関しても我々が担うこととなるため、日々、緊張感を持って任にあたれ」
「はいっ!」
力強い返事が響く。
レセルは鞘の中でくすくす笑っている。
『みんな素直で良い子たちじゃない。扱いやすそうね』
「そういう部分で人を見るのはよくないよ……」
ネアがこっそり小声で返すと、ガルドが団員たちへ手短に説明を締めくくった。
「教育や訓練は、基本的にはグリムロック隊が担当する。不安があれば私に直接聞け。では、以上だ」
ざっと解散したあと、宰相の使いが現れ、ネアへ一枚の書状を渡した。
「団長殿。さっそくですが、初任務が下りました」
「もう……ですか?」
「宰相殿のご意向です。新設の騎士団は、早めに実績を積むべきだと」
去っていく文官を見送りながら、ガルドが眉間に皺を寄せた。
「宰相殿は急いでおられるな」
ネアも同じ疑問を抱いていた。
「……これって、近いうちに何かあるから?」
「おそらくは。教皇来訪というだけで、王都の空気はすでに不安定。宰相ほどの人物が焦りを見せるのは、ただ事ではない」
ガルドは腕を組み、低く唸る。
「新設の騎士団を早期に動ける状態にしたい。つまり、王都で何かが起こる可能性が高まっている、ということだ」
ネアは無意識にレセルの柄を握った。
「……何が起こるんだろう。魔神教? それとも、女神教……?」
『どっちが原因でも構わないわよ。敵なら、斬れば済む話だもの』
「そんな軽く言わないでよ。大変なことになるって」
だが、レセルの不用意な言葉が、かえってネアの緊張を少しだけ解いてくれた。
ガルドが書状を読みながら告げる。
「任務の詳細は……午後に発表されるようだ。団長殿、準備をしておかれよ」
「うん。わかった」
こうして、きちんと形になった黄昏の剣騎士団 は、初めての任務に向け動き始めるのだった。
◇◇◇
午後。
宰相から伝えられた最初の任務は、治安維持のために王都を巡回するというもの。
「それだけですか?」
ネアが思わず問い返すと、文官は頷いた。
「はい。団員たちに王都の地理、そして集団での行動を覚えさせる狙いがございます。危険な仕事ではありませんが、広い範囲を回っていただきますので、決して油断なさらぬように」
ガルドも横で納得した様子で腕を組む。
「妥当であるな。新入りたちには良い経験だろう。王都は人が多いぶん、些細な揉め事は尽きない」
衛兵隊長としての経験からか、どこか苦労がにじむ言葉だった。
そして巡回を始めてすぐ、ネアたちは王都の“日常”を次々と見ることになった。
「おい兄ちゃん、詐欺だろそれ!!」
「詐欺じゃねぇよ! 値切りすぎなんだっての!!」
どこかでは客と商人が口論していた。
「財布がねぇーー! 今絶対誰か抜いただろ!」
「知らねぇよ! こっち見るなよ!」
別の通りではスリ騒ぎ。
幸い、すぐに捕まえることができた。
「やめなさい! ここで殴り合ったら騎士団が──ってほら来た!!」
たまに仲裁を頼むような視線が飛んでくることも多い。
団員たちは最初こそ落ち着かない様子だったが、ガルドが淡々と指示を飛ばすことで徐々に動きが安定していった。
「三名は周囲の見張り。二名は当事者の事情聴取。ネア団長、こちらを確認願う」
「あ、はい!」
ガルドの指揮の見事さに、ネアは内心で感心しっぱなしだった。
(ふう……ガルドさんが副団長でよかった。自分一人じゃ絶対無理だった。これ、まとめきれないって)
鞘の中から、レセルが小さく笑う。
『団長だからって全部やる必要はないわよ、ネア。得意な者に任せるのも才能のうち。規模が大きくなればなるほど、団長は書類仕事で忙しくなるから』
「うーん、書類仕事も誰かに任せるというのは?」
『ダメに決まってるでしょ』
「だよね」
そんな巡回の途中、鼻をくすぐる香ばしい匂いと、どこか懐かしい笑い声が聞こえた。
「いらっしゃいませぇ〜……って、あら?」
振り向いたネアの視線の先にいたのは、ふさふさの尻尾をゆらしながら商人用の荷車を整理している、狐の獣人の女性。
「シャーラ、さん?」
シャーラはぴたりと動きを止め、次の瞬間、顔を輝かせて大げさに両手を広げた。
「まぁ〜〜〜! ネア様ではありませんかぁ!!」
周囲の団員たちが思わず身構えるほどの勢いで近寄ってくる。
「今や噂の “黄昏の剣騎士団” の団長様! しかも団員を従えて堂々と王都を歩くお姿……最高でございます!」
『やれやれ、ここまであからさまに媚びを売ってきてるということは、何か企んでるわよ』
レセルからわずかな注意がされる。
「お、おだてないでよ……」
「いえいえ、おだててなど……いえ、少しおだてていますが!」
ぶんぶん尻尾を振りながら、シャーラは続ける。
「ところで団長様ぁ〜、騎士団にはですねぇ、御用商人という伝統がありまして」
「そんな伝統あったっけ……?」
「無いなら作りましょう! さあ! さあ!」
とんでもないことを言ってきた。
今までのお世辞は、もはやこの話題を出すためといっても過言ではない。
「ぜひぜひ、このシャーラを! 騎士団専属の商人としてお使いになりませんこと!? 武具! 食料! 情報! なんでも扱えます! 騎士団御用達の商人がいれば、いざという時に便利でございますわよぉ〜?」
『……図太いわね、こいつ』
レセルの冷静なぼやきに、ネアは苦笑した。
しかし、シャーラの目は本気だ。
魔神教が溜め込んでいた資金を狙い、それゆえに魔神教を裏切り、危険な立場になっているのに、こうして堂々と商売を続けているのだから肝の据わり方は相当なものだ。
「と、とりあえず、考えてはおきます。今すぐはちょっと……」
「ありがとうございますぅ! あっ、それならまずはお近づきの印として、こちらの商品を特別に割引を」
「なんともまあ、商売っ気がすごいな」
「団長とは、どういう知り合いなんだ?」
団員たちからは首をかしげられるも、シャーラは満足げに尻尾を揺らした。
ただの商人としてチマチマ活動するよりも、騎士団の専属になれば安定して大きく稼げるため。
こうして巡回任務の初日は、王都らしい騒がしさと、再びの出会いと共に幕を閉じていく。




