第6話:森の狩人
豊穣の村を後にして、シャルロッテは深い森へと足を踏み入れた。森の木々は天高くそびえ、日差しが届かないほど鬱蒼としていた。そんな中、彼女は獣の唸り声と、それに怯える一人の男の声を聞いた。
声のする方へ向かうと、年老いた狩人が、巨大な熊と対峙していた。男は弓を構えているが、その手は震え、矢を放つことができない。熊は、男を獲物ではなく、ただの異物として排除しようとしているようだった。
「どうして、こんなことに…」
男が絶望に満ちた声で呟いた瞬間、シャルロッテの左手の紋様が、またしても淡く光った。
【フラッシュバック】
森の中で、怪我を負った子鹿を抱きかかえる若いシャルロッテ。その横で、一人の若い狩人が悲しげな顔をしている。 「森は、もう僕らに獲物を恵んでくれない。獣たちも、人を恐れている…」 シャルロッテは子鹿を優しく撫でながら、狩人に語りかけた。 「森の声を聞いてごらん。彼らは、あなたを恐れてはいない。ただ、理解してほしいと願っているだけ」 彼女が手をかざすと、紋様から溢れ出た光が、狩人の体に流れ込んでいく。狩人は、光の中で子鹿の心を感じ取り、その瞳に宿る温かい感情に、涙を流した。
【現実】
フラッシュバックが終わり、シャルロッテは目の前の狩人が、かつて獣と心を通わせる能力を譲り受けた人物だと確信した。
シャルロッテはそっと、熊と狩人の間に立った。
「怖がらないで。彼は、あなたを傷つけようとしているわけじゃない」
シャルロッテの言葉を聞いた熊は、驚いたように一瞬動きを止めた。狩人もまた、彼女の声にハッとした表情で彼女を見た。
「その声…紫紅姫様…?」
狩人は、震える手で弓を下ろした。シャルロッテは、彼に語りかけた。
「あなたは、獣の声を聞く能力を持っているはず。なぜ、その心を忘れてしまったのですか?」
狩人は、悲しげに俯いた。
「この能力を手に入れてから、俺は森の生態系を乱すほど、多くの獣を狩ってしまった。いつしか、彼らの声を聞くのが怖くなって、耳を塞いでいたんだ…」
狩人は、再び獣の声を聞く力を失ってしまっていた。しかし、シャルロッテの言葉に心を動かされ、彼は再び、静かに耳を澄ませた。そして、彼の心の奥底に眠っていた能力が、ゆっくりと蘇っていく。
「ああ…怖がっているんだ…この森を守ってほしいと、そう願っているんだ!」
狩人は、熊に向かって深く頭を下げた。すると、熊は静かに唸り声を上げ、森の奥へと去っていった。
「紫紅姫様…あなた様は、ただ能力を与えるだけでなく、その能力をどう使うべきか、その心までも教えてくださった。それは、お姉様との約束であったと、そう仰いました」
狩人は、シャルロッテが譲り与えたのは、獣と心を通わせる能力だけでなく、自然との共存という壮大な願いであったことを語ってくれた。そして、その願いの根源に、再び姉の存在があった。
シャルロッテは、失われた記憶の断片を、森の匂いと共に取り戻した。それは、姉と共に、この世界のすべての生命が平和に共存することを願っていた、優しい記憶だった。
彼女は、なぜ姉が、世界の生命の共存と結びついていたのか、その答えを求めて、再び旅路へと向かう。彼女の心には、姉の優しい笑顔が、より鮮明に焼き付いていた。




