第5話:辺境の村の農夫
不治の病の少女との出会いで、心に再び希望の光を灯したシャルロッテは、旅を続けた。彼女の次の目的地は、地図にも載っていないような辺境の村だった。
村に近づくにつれ、シャルロッテは驚くべき光景を目にする。一面に広がる黄金色の麦畑。収穫期を迎えた作物は、彼女の背丈をはるかに超えるほど豊かに実っていた。本来であれば、痩せた土地で知られるはずの場所だ。この豊穣は、明らかに自然の摂理を超えたものだった。
村の入り口で、一人の老農夫が満面の笑みで畑を眺めていた。彼の顔には深い皺が刻まれているが、その瞳は希望に満ちていた。
「これほど豊作になったのは、あの魔女様のおかげじゃよ」
農夫は、近づいてきたシャルロッテに気づき、誇らしげに語り始めた。
「わしらはずっと、この痩せた土地で苦しんできた。だが、ある日、一人の旅の魔女様がやってきて、畑に手をかざしてくださった。その時、畑一面が、紫紅色の光に包まれたんじゃ」
農夫の言葉を聞きながら、シャルロッテの左手の紋様が、再び熱を帯びていく。
【フラッシュバック】
荒れ果てた、ひび割れた大地。村人たちが絶望に打ちひしがれている。若いシャルロッテは、その光景を前に、静かに目を閉じた。 「皆の願いを、この大地に…」 彼女が手をかざすと、紋様から溢れ出た紫紅色の光が、大地に吸い込まれていく。光は根となり、大地に命を吹き込んだ。
【現実】
フラッシュバックが終わり、シャルロッテは農夫が語る「魔女様」が自分であることを確信した。
「その時、わしはこう言われたんじゃ。『この大地は、あなたの心に呼応するでしょう。愛をもって育てれば、必ず豊穣をもたらします』と。そして、魔女様は、この村の未来を信じて、立ち去っていかれた」
農夫は、シャルロッテが譲り与えた「豊穣を呼ぶ力」が、単なる魔法ではなく、人々の心と大地を繋ぐ希望であったことを語ってくれた。彼は、シャルロッテが去った後も、彼女の言葉を信じ、村人たちと力を合わせて土地を耕し続けたのだという。
「魔女様はな、この村だけでなく、世界中の土地が豊かになることを願っておられた。それは、お姉様との約束なのだと…」
農夫の口から、再び「姉」という言葉が飛び出した。
「わしらには、その真意はわからん。だが、その願いは、本物であったと信じておる」
シャルロッテは、失われた記憶の断片を、大地と共に取り戻した。それは、彼女がただ人々を救うだけでなく、世界の法則そのものをより良い方向に導こうとしていた、壮大な願いの記憶だった。そして、その願いの根底にも、やはり姉の存在があった。
彼女は、なぜ姉と、世界の豊穣が繋がっていたのか、その答えを求めて、次の旅路へと向かう。彼女の心には、これまでで最も強く、姉の面影が焼き付いていた。




