第3話:裏切りの魔術師
騎士との別れから数週間後、シャルロッテは商業都市にたどり着いた。活気に満ちた街の片隅で、彼女は一人の男の噂を耳にする。
その男は、かつては天才的な魔術師だったが、今は禁忌の魔法に手を染め、街の人々から恐れられているという。彼は自身の研究のため、あらゆる魔力を吸収し、制御できずに暴走を繰り返しているらしい。
「この街の魔力の流れ…まるで、無理やり歪められているみたい」
シャルロッテはそう呟き、左手の紋様が、またしても熱を帯びているのを感じた。この歪な魔力の波長は、間違いなく彼女の魔法の痕跡だった。
街の中心にある、かつて魔術師たちが集う学び舎だった建物は、今や禍々しいオーラを放ち、誰も近づこうとしない。シャルロッテは迷わずその扉を叩いた。
「誰だ…」
扉の向こうから聞こえてきたのは、憎しみと苦しみに満ちた、耳覚えのある声だった。
「…リリエッタ、なのか?」
男は、シャルロッテをかつての名前で呼んだ。シャルロッテは、その声が過去の記憶の断片と重なることを感じていた。
【フラッシュバック】
まだ幼い男の子が、興奮した様子でシャルロッテに話しかけている。 「僕も、紫紅姫様みたいになりたい!」 「あなたは、この世界で最も偉大な魔術師になれる。だから、この力で、たくさんの人を救ってあげて」 シャルロッテは、男の子の頭にそっと手を置く。紋様から溢れる力が、男の子の体に流れ込んでいく。 「この力は、あらゆる魔法を吸収し、操る能力。使い方は一つだけ。心の赴くままに…」
【現実】
フラッシュバックが終わり、シャルロッテは男の前に立っていた。かつて無邪気だった少年は、今はその顔を苦痛に歪ませ、憎しみをむき出しにしていた。
「紫紅姫!お前は俺を裏切った!『心の赴くままに』…その言葉のせいで、俺は力を制御できず、街を焼き、多くの命を奪ったんだ!」
男の言葉は、シャルロッテに鋭く突き刺さった。彼女が善意で与えた魔法が、悲劇を生んでいた。
「あなたを苦しめたのは、この私…」
シャルロッテがそう謝罪すると、男は嘲笑した。
「今さら謝られても、何も戻らない!だが、お前の力なら、この苦しみから解放されるかもしれない。お前の魔法、すべて吸収させてもらうぞ!」
男は、暴走した魔法の力を放ち、シャルロッテに襲いかかってきた。シャルロッテは、彼の暴走した魔力に耐えながら、心から彼を理解しようと努めた。
「あなたを救いたかった…ただ、それだけだった。あなたが憎んでいるのは、私ではない。あなたを救えなかった自分自身を、憎んでいるんでしょう?」
シャルロッテの言葉が、男の心にわずかに届いた。彼の放つ魔力が弱まり、一瞬の隙が生まれた。シャルロッテは、その隙を逃さず、彼の心に直接語りかける。
「…心を、落ち着かせて。その憎しみの力は、私がすべて引き取るわ」
シャルロッテは男から、暴走した魔力と、それにまつわる記憶を吸収した。男は意識を失い、倒れ込む。彼の顔から苦痛の表情が消え、代わりに安らかな寝顔が浮かんでいた。
シャルロッテは、再び一つ、記憶の断片を取り戻した。それは、姉を守るため、自分自身の魔法の使い方を教えようとしていた、過去の自分の姿だった。しかし、彼女はまだ、姉を守るために何をしたのか、なぜ記憶を失ったのか、その全貌を知ることはできていない。
新たな記憶の断片を胸に、シャルロッテは次の旅路へと向かう。彼女の心には、善意が必ずしも良い結果を生むとは限らない、という苦い教訓と、姉の面影が、深く刻まれていた。




